噂になってますけど
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──噂になってますけど
どうやらガブリエラが来る前からミヒャエルは問題児だったらしく、ガブリエラを強引に少尉に任命し、自分の副官として連れ歩ていることに反発が生じていたようだ。
長年陸軍省に勤務する将校は『陸軍省は婚活会場の場ではない』と嘆き、同じ陸軍婦人部隊の隊員からは『玉の輿狙いだったんじゃないかしら。ブロニコフスキー伯爵家って相当なお金持ちって話じゃない?』と噂をする。
何はともあれ、副官というよりも愛人と思われていることは間違いなさそうだと、カールにあった翌日、登庁したガブリエラはあちこちで囁かれる噂話を聞いて、ガブリエラはうんざりした気分になった。
「聞きましたか、噂」
「俺は噂なんぞ気にせん。前に俺に関する噂話を聞いたら『あの男は精神病院を抜け出した来たのだ』と言われておったぞ」
「それは酷い」
「まあ、タイプライターどもはあれこれと噂話をするのが仕事だと思っている節がある。特に将校同士の付き合いについてはな」
そう言ってミヒャエルが自分でコートを脱いでハンガーにかける。彼はガブリエラを副官にしたが、身の回りの世話をさせる様子はない。
彼には副官とは別に従兵がおり、そっちがあれこれと世話を焼いているようだ。従兵は軍曹だったと記憶している。
「陸軍婦人部隊も平時で採用件数が減ったが、参謀本部には改正農地法を逃れた貴族もいる。そういうのを狙ってい奴はひとりふたりではなかろう。それは妬まれるものだ」
「いいんですか?」
「いいか。連中は喋るタイプライターだと思っておけ。それ以上でも、それ以下でもない。俺は女だからと言う理由で見下しはせんが、能力以上のことをしようとしたり、望んだりする連中は嫌いだ」
ミヒャエルはそう言って席についた。
「私のこと、最初は『女には分からん問題だろう』と言って見下してませんでした?」
「それは貴様が実に女らしい格好をしていたからだ。これから夜会に行くお嬢様のような、な。そんな奴にあの問題が解けると考えるか?」
「それはそうですけど」
やはり外見かとガブリエラは思う。
ミヒャエルはよくよく見れば男前だ。美的なハンサムというよりも、軍人的なマッチョというべき顔立ちだが、見てくれは悪くはない。
それでいて伯爵家であり改正農地法の影響を──どういう魔法を使ったのか分からないが──逃れた貴族とあっては女性にはよくモテたことだろう。
それが今やポッと出のどこの骨ともわからぬ女にご執心なわけだから、それは陸軍婦人部隊の面々も腹立たしく思うはずだ。
だが、ガブリエラとしてはそういう噂は勘弁してほしい。男性に失望して家出したのにまた男性関係のトラブルに巻き込まれるのはごめんである。
是非ともミヒャエル・フォン・ブロニコフスキー共和国陸軍大佐殿にはご家庭を持って貰いたいものだが、これだと喫茶店の女給が噂していたように嫁の当てはなさそうだ。
「それで、今日もカールと話し合いだ。共和国の次世代の装甲師団、装甲部隊のあるべき姿について話し合わなければならん。共和国の未来がかかっておるのだ」
「クライスト大佐は今日も?」
「ああ。奴も貴様に興味津々だぞ。奴に貴様はやらんとはいってあるがな」
ミヒャエルは意地悪そうにそう笑った。
「本来のお仕事は?」
「これが本来の仕事だ。俺が遊んでいるように見えるか?」
「いいえ。ですが、装甲部隊の編成に口出しできるお立場なので?」
「そんなもの、実績さえあればどうとでもなる。今はその実績が必要なのだ」
そろそろカールが来るとミヒャエルが言った。
予定時刻の5分前丁度にカールはやってきた。
「ミヒャエル。あれから考えたが、やはり歩兵・巡航魔甲騎兵をなくすことには賛成だ。装甲部隊は集中運用するべきだ。その上で他に必要なものについて知りたい」
「だ、そうだ、ガブリエラ」
ミヒャエルがガブリエラの方を見る。
「師団の編成表を見させていただきました。自動車化歩兵を随伴させるというのは良いアイディアだとは思います。魔甲騎兵と歩兵が共同で作戦を実行すれば、魔甲騎兵は対装甲砲のような脅威を避けることができ、かつ歩兵の肉薄攻撃を回避できます」
「うむ。そのような目的の自動車化歩兵部隊だ」
共和国陸軍装甲師団の編成は2個装甲連隊と1個自動車化歩兵連隊を中核としている。これに砲兵や高射砲部隊、オートバイ捜索部隊、通信部隊などが随伴する。
「ですが、自動車化歩兵は敵の砲弾に耐えられるでしょうか? 装甲のない自動車化歩兵は砲撃の破片を浴びただけで行動不能に陥ります。必要なのは魔甲騎兵とともに行動する歩兵」
ガブリエラが図を描く。
「まず装甲部隊が突破し、この時点で敵の砲兵は狙いをここに定めるでしょう。それによって魔甲騎兵と歩兵の連携が切り崩される危険があります。砲弾が直撃するようなことは滅多にないとは言えど、破片の持つ破壊力は無視できません」
「そうだな。自動車化歩兵ではこの時点で切り離され、連携が行えなくなる。そうなるとその後に控えている対装甲砲の脅威に魔甲騎兵が晒される」
「そうです。それから機動力の面においても自動車化歩兵は問題を抱えています。自動車化歩兵の使用するトラックでは不整地踏破能力は低いものです。これは最近導入が進んでいるハーフトラックでも同様」
ハーフトラック──半装軌車。トラックのタイヤと無限軌道で動き回る路上も移動でき、オフロードも移動できると謳われた兵器である。だが、実際はオフロードの踏破能力は魔甲騎兵に劣る。
「つまり君は……魔甲騎兵と同じ仕組みで動く装甲化された兵員輸送能力が必要だと、そう示唆しているのか?」
「そういうことです。多脚輸送車。歩兵支援のために機関砲や対装甲戦闘能力があれば文句はありません。最低でも敵の自動車化歩兵を撃破する能力は必要です」
「なるほど……」
カールが絵に描かれた歩兵と魔甲騎兵の関係図を前に唸る。
「さしずめ多脚歩兵戦闘車とてもいうべきものだな。軍では装甲化されたハーフトラックのことを装甲兵員輸送車と呼んでいる。だが、これは魔甲騎兵とともに砲兵の穿ったクレーターを乗り越え、そして魔甲騎兵とともに戦うものだ」
「そうですね。区別は必要でしょう」
それから、とガブリエラは続ける。
「この多脚歩兵戦闘車をベースに自走化され、装甲化された迫撃砲や榴弾砲が利用できないかと考えています。これも一種のファミリー化です」
ファミリー化。ここでもガブリエラはそれを持ち出した。
「ハーフトラックの方では試作されているようですが、もっと前線に近い位置で火力支援を行うには、砲兵も装甲化されている方が望ましいし、量産化の効果も望めます」
ガブリエラが真に意図することは軍が多脚歩兵戦闘車を予算の無駄遣いとして却下しないようにすることだった。そのためにはファミリー化してコストを削減するし、かつ多用途に使用可能なことを示す必要がある。
「自走榴弾砲というわけか。砲兵が魔甲騎兵に随伴できるのはありがたいな」
「ええ。対砲兵射撃にも一定の防御力を持たせますが、恐らくはまだ技術上の問題からオープントップになるでしょう。それでも歩兵を運べ、火砲を運べる、この車両は役に立つはずです」
「まさにだ。では、技術的問題の解決だな」
カールは立ち上がり、ミヒャエルも立ち上がった。
「ええっと。今から何を?」
「貴様の言っていることが本当にできるかを検証しに行く。トート・ライン社にコネがある人間がいると言っただろう。そいつから当たる」
「今からですか?」
「善は急げというだろう」
ガブリエラはそう言われて陸軍省から連れ出された。
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