技術的な可否

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 ──技術的な可否



 ジークムントとガブリエラたちはタイタン実験場の会議室に通された。


「それでお聞きになりたいこととは?」


「ある装備について実用化が可能かどうかを尋ねたい」


 そこでヘルムートがガブリエラの方を向く。


「お尋ねしたいのは、今の巡航魔甲騎兵の速力を可能な限り維持しつつ、巡航魔甲騎兵の装甲と火力を強化することは可能かということです。それがまず一件」


「ふむ。重巡航魔甲騎兵というものですかな?」


「それに近いです。ただ、攻守のバランスがよく、これまでのように歩兵・巡航魔甲騎兵というカテゴリーを越えて作られる魔甲騎兵になります」


「技術的にそれが可能かどうかと」


 ジークムントは少し考え込む。


「不可能ではありません。人工筋肉技術は前大戦のころから大きく進みました。人工筋肉は今や遺伝子改変された海洋哺乳類から採取されるものです。より強靭で、より高い力のある人工筋肉が生み出されているのです」


 機動力の要となる人工筋肉はあるらしい。


「装甲についても近年の圧延鋼板ならば大きな防御力を期待できるでしょう。ただ、我々としては鋳鋼装甲によって丸みを持たせることによって、量産性を高めたいと思っているのです」


「しかし、それでは防御力に劣るのでは?」


 圧延鋼板には生成過程で不純物が生じにくく、強固だが加工に手間取る。その点鋳鋼装甲は不純ツが混じるものの、思ったような形にしやすい。


「確かに鋳鋼装甲は圧延鋼板に比べて防御力に劣りますが、量産性には優れるのです。特に今の丸みを帯びた魔甲騎兵の装甲を作るには圧延鋼板を加工するよりも鋳鋼装甲を使った方が作りやすい」


「分かりました。では、こうしましょう。車体そのものは基本的に丸みを無視して平面で。ただし正面装甲は丸みを帯びた鋳鋼装甲で、かつその下には圧延鋼板を使用する」


「ハイブリッドですか。確かに防御力としては期待できそうですが……」


「丸みを帯びさせるのは避弾経始が目的でしょうが、車体全体が脆いのは許容しかねます。丸みを持った鋳鋼装甲と傾斜させた圧延鋼板の装甲ではどちらが丈夫ですか?」


 ジークムントはガブリエラの言葉に考え込む。


「装甲を傾斜させるだけでも避弾経始は望めるかもしれません。ですが、こればかりはテストしてみないことには。鋳鋼装甲は確かに不純物が混じり、均質な防御力を発揮できない可能性があります」


 ジークムントの答えはこうだった。


「量産性については圧延鋼板を使うならば些か低下しますが、従来の歩兵・巡航魔甲騎兵を一本化するならば、量産効果で価格も抑えられ、かつ量産性についても問題はないでしょう。ただし、本当に一本化するならばですが」


 どうやらジークムントは歩兵・巡航魔甲騎兵のカテゴリーを撤廃できるか疑問視しているらしい。


「間違いなく撤廃されるだろう。博士、あなたの作る魔甲騎兵次第によって」


 ミヒャエルはそう言い切った。


 よくもまあ、何の合意も取れていないのにそこまで言えるものだとガブリエラは少しばかりその度胸に感心した。


「そう言われたからには努力しなければなりませんな。最近では圧延鋼板も材料科学の進歩によって高強度と高靭性が確保されていますので、装甲として有力です」


 ジークムントはそう言った。


「火力についてはどれほどを想定して?」


「長砲身75ミリ砲を。敵の魔甲騎兵についての防御はどれほどで?」


「ルーシニア帝国の魔甲騎兵は謎に包まれていますが、ガリア王国とブリタニア連合王国についてはある程度。ガリア王国の歩兵魔甲騎兵に対して我が軍の巡航魔甲騎兵では手が出ません。全ての攻撃が弾かれる可能性があります」


 ジークムントははっきりとそう言った。


「歩兵の装備している37ミリ対装甲砲でも、今の巡航魔甲騎兵の46.5径37ミリ砲でも、何十発撃ったところで敵の魔甲騎兵には無意味でしょう。42口径50ミリ砲ですら、効果は怪しくなっています」


 ただし、とジークムントは付け加える。


「敵の魔甲騎兵も鋳鋼装甲です。貫通を狙える可能性があります。もっとも軍隊としてそのような確率に賭けるのは、非合理的だと思いますが……」


 そこでミヒャエルが突然机を叩いた。


「これがツケだ。これまで魔甲騎兵を塹壕を越える歩兵のための兵器としてしか見てこなかったことへのツケだ。こちらの巡航魔甲騎兵が敵の歩兵魔甲騎兵を撃破できなければ、追撃など望めるはずもない」


「落ち着け、ミヒャエル」


「落ち着いてられるか。今の状況で敵と戦闘をするのは部下に死んで来いというのと同じことだぞ。俺はどんな状況でもそんなのはごめんだ」


 ヘルムートが宥めるのにミヒャエルは怒り冷めやらぬ様子だった。


 ガブリエラはミヒャエルとそう長い付き合いというわけではないが、いつも飄々としている彼でも熱くなるときがあるのかと、人は意外な面があるものだと思った。


「もちろん、共和国陸軍もこの状況は憂慮しています。短砲身75ミリ砲向けの対装甲榴弾の製造。それからまさに長砲身75ミリ対装甲砲が開発されつつあるのです」


「それは本当ですか?」


「ええ。ですが、まだ計画だけで影も形も存在しませんが。ですが、主砲として利用するならば、西側の全ての魔甲騎兵を撃破可能なこの砲を採用するべきでしょう」


 主砲とするとなると駐退機や閉鎖機を再設計しなければなりませんが、砲身そのものは共通で利用できますとジークムントは述べた。


「ちなみにその砲の砲身は?」


「48口径。3615ミリ。帝国ではより高性能の魔甲騎兵が作られていると聞きます。将来的にどれほど戦力差が離されるのか……。より強力な主砲と装甲を持った巡航魔甲騎兵、いやそちらで言われる主力魔甲騎兵は必要だとは以前から思っておりました」


 ジークムントは素直にそう言った。


「では」


「ええ。試作機を作ってみましょう。我々は仮想敵国に囲まれ、唯一の味方である同じ価値観を持つコロンビア合衆国とは西方で勝たなければ手を結べません」


 そうであるが故に西側の全ての魔甲騎兵を撃破できる攻守のバランスが整った魔甲騎兵を、とジークムントは言った。


「西で勝利すれば、コロンビア合衆国の援軍が得られるか。現実がそこまで甘いものだとは思わないが、大統領閣下はコロンビア合衆国にご友人が多いらしい」


 ミヒャエルは疑問を呈しながらも、コロンビア合衆国なしではブリタニア連合王国への上陸作戦は上手くいかないことも理解していた。


 コロンビア合衆国──眠れる巨人と言われるこの巨大国家は次世代の覇権国家としての存在感を示しつつあった。


 前大戦には参戦しなかったが、前大戦を終結させるための講和交渉の仲介役を務めたのは彼の国だ。合衆国が参戦していれば泥沼の塹壕戦はより混迷を深めただろう。それだけの工業力があの国にはあるのだ。


 共和国との関係は国家の成立──ブリタニア連合王国からの独立戦争当時から友好的で、同じ民主国家としてパートナーシップを有している。


 前大戦後は共和国から飛行機や魔甲騎兵を輸入し、少数を製造して配備している。軍備は脆弱に見えるが海軍力は海軍国家として名高い敷島皇国とブリタニア連合王国に並び、空母の運用も始まっている。


 陸軍力も予備役を動員すれば共和国ほどではないが、大軍勢を動員でき、そして重要なのはそれを支えられる工業力を有しているということ。


 合衆国ではモータリゼーションが共和国並みに進み、多脚重機も大量生産されている。それが軍事力に割り振られれば、本格的な戦争に耐えられるだろう。


「ともあれ、他国を当てにした戦略は破綻しやすい。まずは西方、次に東方だ。奴らは同時に仕掛けてくるぞ」


 ミヒャエルはそう言って苦い表情を浮かべた。


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