多脚歩兵戦闘車

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 ──多脚歩兵戦闘車



「合衆国の力なしでは、ブリタニア連合王国本土への上陸作戦はならないだろう?」


「確かにそうだ。合衆国という眠れる巨人が持つ圧力はブリタニア連合王国に現存艦隊主義を取らせるかもしれない。だが、期待していいのはそこまでだ」


 ヘルムートが言うのにミヒャエルがそう返す。


「その話はここまでにしよう。外交は政治家の仕事だ。俺たちがするべきことは手持ちの駒で勝負すること。そして、可能な限り強力な駒を手にすることだ」


 そう言うとミヒャエルはガブリエラの方を向いた。


「貴様の次の案を話してみろ」


「ええ。歩兵の支援用に同じ車体を利用した装甲歩兵砲を作りたいと思います。従来の歩兵魔甲騎兵違って砲は1門。短砲身の大口径砲。105ミリ砲などを想定しています。それからその砲のための対装甲榴弾も」


「ふむ。それでしたらやはり既存の榴弾砲を使われるのがよろしいかと。軽榴弾砲ならば十分に搭載可能でしょう。105ミリなら丁度いいものがあります。それを使われるのがよろしいでしょうな」


 ジークムントはそう言う。


「それから装甲の厚さは?」


「砲塔を固定化することで重量の削減を図り、それによって生じた余剰重量の分を装甲に。それで十分です。基本的にこの装甲歩兵砲は対装甲戦闘は行いません」


「砲塔を固定ですか。そうなると変則的な戦闘には対応できませんな」


 魔甲騎兵の構造は4本または6本の足からなる脚部と、脚部に繋がる車体、そしてその上に搭載される砲塔からなる。通常砲塔は回転することで360度全方向への戦闘を可能とするが、ガブリエラの考えた装甲歩兵砲ではそれを固定してしまうという。


「従来の歩兵魔甲騎兵も車体に短砲身75ミリ砲を搭載していたではありませんか。それと同じことです。車体そのものを旋回させて、戦闘に応じる。それに目的は歩兵の前進支援ですから、一定の機動力、一定の火力があれば十分です」


「これはあれですかな。歩兵魔甲騎兵の廃止に伴う政治的妥結といったような?」


「そう取っていただいても構いません」


 歩兵科は歩兵魔甲騎兵を取り上げられるのを嫌がるだろう。装甲部隊に全ての装甲戦力が集結してしまい、自分たちを援護してくれる直接火力がなくなることを嫌がるだろう。そのための装甲歩兵砲だと言っていい。


 装甲部隊が道を作り、歩兵部隊が後に続くという考えを、まだ将軍たちは受け入れようとしないことは、ミヒャエルとの会話で分かっていた。彼らは突破口は歩兵が開くべきだと考えていることも。


 ならば、今は装甲歩兵砲を与えておこう。車体が共有で使用できるならば、生産ラインは混乱しない。量産効果によるコスト削減も見込める。


「それでは次です。我々は多脚型の装甲化され、一定の対装甲戦闘能力ないし強力な歩兵支援能力がある車両を求めています。多脚歩兵戦闘車というものです」


「ふむ。短砲身の75ミリ砲や20ミリ機関砲を搭載。搭載する兵員は1個分隊10名を想定。これは装甲部隊に?」


「ええ。装甲師団の自動車化歩兵をこの多脚歩兵戦闘車に置き換えることを求めています。従来の自動車化歩兵では砲弾の破片による車両の損耗や不整地の突破に懸念がありました。それを解決するためです」


 ガブリエラは続ける。


「魔甲騎兵と歩兵の連携は必須。その歩兵を魔甲騎兵に随伴させるためには、この魔甲騎兵と同じように動く車両が必要なのです」


「実を言うと我々も同じ発想に言ったっていました。とはいっても、歩兵援護の機関砲や対装甲戦闘能力などは考えていませんでしたが」


 ガブリエラも歩兵を輸送しながら対装甲戦闘まで行うのは無謀だと考えていた。だが、ファミリー化してしまえば同じシャーシが利用でき、自走対装甲砲も実用可能だろうとは考えている。


「このシャーシをベースにして自走迫撃砲や自走榴弾砲を。ファミリー化することで徹底的に量産性を高めます」


「他にも偵察戦闘車や指揮通信車両、対空自走砲などとしても考えておる」


 ここで予定外のことをミヒャエルが話すのにガブリエラは眉を歪めた。


 話すなら事前に相談してくれればよかったのに、と。


 ガブリエラが非難するような目で見るとミヒャエルがにやりと笑って見せた。


「確かにあれこれと新しい車両を作るよりも1種類の車両に纏めた方が量産コストは下がるでしょう。ですが、指揮通信車両としては既にハーフトラックベースのものが出来上がっていますが?」


「ハーフトラックでは不整地踏破能力に不安があるのは同じこと。装甲部隊の指揮官は最前線で指揮を取らねばならん。装甲部隊の戦いは機動戦だ。絶え間なく動き続ける戦線を自分の目で見なければ判断は下せんだろう」


 確かに機動戦では何が起きるか分からない。大量の魔甲騎兵や多脚歩兵戦闘車、一般車両が通過するのに混乱が生じるかもしれないし、敵の思わぬ反撃を受けて事前の作戦とは違った方向に切り替えなければいけなくなるかもしれない。


 それが分かっていたから、ミヒャエルは指揮通信車両もファミリー化することを提案したのかとガブリエラは納得した。


「それから主力魔甲騎兵にも他の車両にも無線機と取り付けてもらいたい。これからの魔甲騎兵は車長、装填手、砲手、無線手、運転手の5名編成とする」


 そして、ミヒャエルはこうも続ける。


「いかんせんながら、共和国の一部の魔甲騎兵は無線機が搭載されていないのが実情だ。それではいざ戦場で歩兵や他の魔甲騎兵と連携しようというのに連絡手段に困る」


 確かにそれは考えていなかったとガブリエラは感心した。やはり、軍の実情を見ている人間の意見というものは参考になるものだと思ったのだった。


「分かりました。我々の提案できる最初のものではこのようなものになります」


 ジークムントは秘書に言って図面を持ってこさせた。


「砲弾の破片や機関銃の射撃はもちろん、47ミリ対装甲砲に耐えられるだけの装甲。そして兵員12名を搭載可能な兵員室を兼ね揃えたものです。多脚式装甲車とだけ呼称していましたが、これを改善していくという方向ではダメでしょうか?」


 思ったより重装甲のものが出てきたとガブリエラは驚いた。


「上部ハッチと後部ハッチの両方を装備か。確かに乗車戦闘の際には上部ハッチがあった方がありがたいだろう。だが、脚部は8本?」


「ええ。安定性を考えますと」


「人工筋肉が多過ぎると兵站の負担が増える。どうにかして6本に抑えてほしい」


「ふうむ。となるとレイアウトを描き直さなければなりませんね……」


「基本的なレイアウトはこれでいい。これに12.7ミリ重機関銃と20ミリ機関砲が搭載できれば文句なしだ」


「武装を搭載するとなると、輸送できる兵員数は減りますが」


「ガブリエラが言ったように10名を想定している。2名分の空きを武装に」


「では、兵員室のレイアウトを変更して……」


 こうなると実務を知っているミヒャエルたちの独壇場だ。


 ガブリエラは歩兵分隊10名を輸送可能で、敵の軽装甲車両──装甲化されたハーフトラックなど──と交戦する能力があれば問題なしというグランドデザインを示しただけで、細かな面についてはミヒャエルたち任せである。


 ただ出てきたものが新型魔甲騎兵のシャーシと言われてもおかしくないものだったため、ちょっと困惑していることは確かだ。自走榴弾砲にはそれなりの重量に耐えられるだけの人工筋肉の出力が必要だろうが、自走迫撃砲にそこまでのものは必要ない、と思う。


 だが、共和国にとって何より大事なのは兵士の命だ。


 前大戦では無理な作戦が実行され、泥沼の塹壕戦に陥ったために多くの戦死者が出た。その上、新型インフルエンザまで流行して、死者が大量に発生した。そのことは今の共和国の人口ピラミッドに大きく響いている。


 今でこそ人口は増加傾向にあるが、最盛期の共和国の人口から比較すると落ち込んでいる。次の大戦でまた多くの死者を出すようならば、国家運営そのものが成り立たなくなってしまうだろう。


 兵士の命を守る。そのために必要なものはどんどん取り入れるべきだ。


 ガブリエラはそう考えた。


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