参謀たちの選出

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 ──参謀たちの選出



 ミヒャエルは使えるコネを利用してハンマーシュタイン中将に情報を漏らさないと確約できる参謀たちを集めた。


 ひとり、ディートリヒ・シュトラハヴィッツ装甲少佐。彼には作戦参謀を任せる。


 ひとり、エルンスト・ミュラー歩兵少佐。彼には兵站参謀を任せる。


 その他にも通信参謀、情報参謀などが任命された。


 彼らを踏まえて改めてガブリエラの提案したアルドゥエンナ突破計画を談義する。


 ガブリエラの作戦計画を聞かされたディートリヒは『この作戦はかつてないほどの賭けになる』と評価したが、エルンストは『兵站はどうにかなる』と評価した。


 他の参謀たちも作戦に懐疑的だったり、否定的だったりしたが、ガブリエラが説明するのを聞いて、次第に納得していった。


 ディートリヒも次第に作戦を理解し、ネックとなる部分を見つけた。


 やはり行軍だ。


 4車線の道路全てを装甲部隊で使っても、車列は大渋滞を起こす。


 演習では砲撃できたクレーターまでは判定されないが、橋が落とされたら不味い場面がいくつか存在する、


「何はともあれ、とにかく前方に、前方に、だ。装甲師団は速度を活かすべし。我々は前方に突撃し続ける。安心しろ。この演習で死ぬのは俺のキャリアぐらいのものだ」


 それでは実験的にやろうといろいろなパターンが試される。


 敵が徹底抗戦を行った場合と敵が遅滞戦闘のみに限った場合。


 いずれの場合にも装甲部隊は3日でマーズ川を突破できると分かった。


 最悪の場合ももちろん想定された。敵が装甲部隊の意図に気づき、渋滞を起こした車両に対して砲撃を実行した場合、作戦は失敗する。


 兵站というのはさほど問題にならなかった。


 今回の機動戦は可能な限り敵との戦いを避け、機動力で包囲する作戦だ。携行燃料缶を持てば、車両部隊は突き進み続けられるし、魔甲騎兵も問題はない。兵士たちの飲食については簡易の携行食を提供することで解決する。


 行軍についてはとにかく悩んだ。


 装甲戦闘団として師団を運用すれば一定の前線での戦闘力は見込めるが、本当に敵に気づかれれば終わりである。大渋滞を起こした車列に砲弾が降り注ぐ。それは防がなければならない。


 そこで通信参謀が無線妨害を試みることを提案する。


 無線妨害は最近できた技術だし、共和国陸軍も王国陸軍もどちらかと言えば通信は有線通信に頼っている。


 だが、敵の偵察部隊から即座に発見され、即座に報告されるという事態は防げる。


 ただし、無線妨害は低地智謀に侵入する軍──これをB軍集団と仮に呼称した──でも実行されることになった。アルドゥエンナの森を突破する軍──A軍集団と呼称──だけで実行しては敵に主力の位置を教えるようなものだ。


 低地地方での降下作戦についてもグライダーの調整などで苦戦する。


「降下猟兵師団は第1降下猟兵師団を大隊規模で……投入します。大規模な空挺作戦は過去に例がなく……その点から……不備を指摘されることも考え……」


「おい。大丈夫か、貴様」


 その調整でガブリエラがふらついていることにミヒャエルが気づいた。


「大丈夫です。ただの睡眠不足ですから……」


「馬鹿言うな。そうは見えん。貴様! こいつを医務室に連れていけ!」


 ガブリエラの疲労は精神的なものでもあった。


 この机上演習に勝利しなければ、ミヒャエルのキャリアが終わり、そして共和国軍は勝てる見込みのない戦いに突入する。そう思うと神経が締め付けられたのだ。


 食事も碌に摂らずに机上演習に集中していたこともあるだろう。軍人として鍛えられているミヒャエルたちと違って、ガブリエラの少尉という肩書は形だけのものだ。


 急いで参謀のひとりがガブリエラを医務室に運び、ミヒャエルは地図を見下ろす。


 兵科記号を描いた駒が無数に並んでいる。


 ガブリエラがいたときは絶対に成功すると思った作戦も、彼女が医務室に去ると途端に不安になり始めた。


 確かに自分は装甲部隊に絶対の自信を持っている。だが、このギャンブル染みた作戦が本当に成功するのか?


 終わるのは自分のキャリアだけ。そのはずだ。ミヒャエルがひとりいなくなったところで崩壊するほど、共和国陸軍は脆くはない。


 誰かが、ここにいる参謀たちの誰かが、意志を引き継いでくれるだろう。


 そうならなかったら?


 装甲部隊の有用性を証明できなかったら?


 また泥沼の塹壕戦に陥ったら?


 共和国軍の、家族を持つ兵士たちが戦場で無為に死んでいったら?


「なるほど」


「どうしました、大佐殿?」


「いや。何でもない。最後の空挺作戦の調整だけやって明日に備えるぞ」


 明日はいよいよハンマーシュタイン中将との机上演習の日。


 この重圧をあいつに任せてしまっていたんだなとミヒャエルは思う。だから、自分は楽をしていられたのだ。つくづく有能な女だとミヒャエルは思う。


 発想はユニークで大胆。それでいて指揮官の負担を軽減してくれる。


 まさに名参謀だとミヒャエルはガブリエラのことを思った。


 だが、参謀に頼りすぎるのはよくないし、ガブリエラは正規の訓練課程を経た将校ではない。今までの重圧が形になってこうして出てしまった。


 自分の失態だとミヒャエルは考える。


 ガブリエラには失礼な話かもしれないが、彼女も女性なのだ。女性は男性ほど頑丈にはできていない。そのことは数値として現れている。数値を精神でという精神論はミヒャエルは嫌いだし、期待したこともない。


「諸君。やるからには勝つぞ。装甲部隊の有力さを、塹壕戦で寝ぼけた年寄りの将軍どもに叩きつける。戦争は勝ってこそ意味がある。勝負は勝ってこそ意味がある。この机上演習も負けたら何の意味もない」


 参謀たちが頷く。


「では、最後に空挺作戦の調整を」


「グライダー部隊の降下に適した地点はここだな。空挺作戦の弱点は兵士の集合に時間かかることだが、機動力は装甲部隊を上回る」


 そして何より、とミヒャエルが言う。


「目立つ。低地地方に降下猟兵師団を投入すれば、間違いなくハンマーシュタイン中将は食いつく。俺たちが失敗した前大戦の繰り返しをやるだろうとな。歩兵部隊を装甲部隊に置き換えただけの同じことをやると思う」


 そう思え。思わせろ。相手を騙せ。


「装甲部隊は浸透戦術で運用する。オートバイ捜索部隊を使って敵の抵抗の薄い場所を探る。敵との交戦を可能な限り避け、突如として敵の背後に現れる。幽霊のように」


 大丈夫だ。ガブリエラがいなくともやれる。


 やらなければならない。


「ディートリヒ。最終確認だ。この作戦の問題点は?」


「もうありません。完璧に回転ドアは作動するはずです。低地地方を餌に食らいついた獲物を釣り上げてやろうではありませんか」


 最初はギャンブルだと言っていたディートリヒがそう言うのにミヒャエルは少しばかり安堵した。


「では、勝つぞ。勝って証明する。次の戦争の在り方を」


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