参謀本部の噂話

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 ──参謀本部の噂話



 陸軍省は噂で持ち切りだった。


 曰く、参謀本部作戦課長のミヒャエルが愛人を権限を悪用して副官とし、連れ回している。曰く、一部の将校と結託して勝手に兵器を作ろうとしている。曰く、愛人は物凄い美人で参謀総長が嫉妬している。


 参謀本部第一部の参謀次長のハンス・フォン・ハンマーシュタイン歩兵中将は頭を悩ませていた。


 参謀本部の風紀が乱れていると、他の参謀たちから指摘されるのだ。


 一体、参謀本部はいつから婚活会場になったのだとか、高級将校が高級将校として模範になるべきことを守っていないとか、兵器を勝手に製造とはどういうことだとか。


 参謀本部第一部の風紀の乱れが指摘され続けるのに、ついにハンマーシュタイン中将は参謀総長のアルフレート・フォン・シュリーフェン砲兵大将に訴えた。


 あなたが任命したミヒャエルが好き勝手にやっているのを見過ごすのか、と。


 そう、ミヒャエルを作戦課長に任命したのはシュリーフェン大将だった。任命当時、東部方面軍で参謀をやっていたミヒャエルを、東部方面軍の司令官が『面白い発想をする男だ。使ってやってほしい』と言われて任命した。


 確かにミヒャエルは伝統的な、というよりも保守的な考えが蔓延る参謀本部に新しい風を吹き入れてくれた。彼は装甲部隊に彼は注目しており、これを有効活用すれば“次の大戦”は勝てると言ったのだ。


 既に次の大戦が足音を立てて近づいてきていることを誰もが悟っていた。


 エステライヒ共和国政府はガリア王国とルーシニア帝国を“反動分子”として敵視しており、王政、帝政打倒のために軍備を増強しつつある。


 ガリア王国とルーシニア帝国にはそれに対抗する軍備を増強しており、東大陸では軍拡合戦が始まっている。


 極東においても敷島皇国がブリタニア連合王国やルーシニア帝国と植民地を巡って軍拡と各地の要塞化を推し進めている。


 ブリタニア連合王国とは長年の宿敵であったコロンビア合衆国も引きずられるようにして海軍力の充実を図っている。


 既に“海軍休日ネイバル・ホリデー”は終わった。


 海軍国は競って戦艦と空母を作っている。共和国の新型戦艦2隻と空母2隻が来年度に就航予定だ。ブリタニア連合王国やコロンビア合衆国、敷島皇国ではさらに大量の空母と戦艦が就航すると見られていた。


 そういう状況も相まって陸軍省でも官僚と軍人が緊張感をもって仕事をしているというのに、参謀本部の作戦課長が遊んでいます、というのは許されない。


 シュリーフェン大将は事態を重く見て、ミヒャエルを呼び出した。


「ミヒャエル。ここ最近の君はとても共和国陸軍軍人として相応しい振る舞いをしているようには思えないが」


 ミヒャエルにシュリーフェン大将は苦言を呈した。


「仕事をさせてもらえませんのでね。どこに何を言っても反対ばかり。『歩兵科から歩兵魔甲騎兵を取り上げるなどとんでもない』やら『装甲部隊による突破など不可能である』と文句ばかり言われてうんざりしておりました」


「だからと言って許されることではない」


「では、どうしろと? 作戦課のいうことに口々に反対されるのは将軍方ですよ。その前大戦の経験者であられる将軍方が文句しか言わない年寄りだからこそ、若手は女と遊ぶぐらいしかすることがないのです」


「では、能力を示したまえ。君が本当に能力があるというのならば」


 よし。来たとミヒャエルは心の中でガッツポーズを決めた。


「気乗りはしませんが、そういうことでしたら机上演習を」


「相手はハンマーシュタイン中将だ」


「もちろん、私の方にも参謀を?」


「許可する。人選は任せよう」


 いいぞ。敵は低地地方に侵入した。


「畏まりました。直ちに人選を済ませ、机上演習に当たります」


「2日後だ。それまでに準備を済ませたまえ」


 それから参謀本部において作戦課長と参謀本部部第一部参謀次長が机上演習を行うというのがニュースになった。


 想定は西方戦線。


 空軍については使用できない。装備は従来のもので開発中の品は使えない。師団編成を組み替えたりするのも不可。


「空軍は使えませんか」


「そもそも空軍と陸軍の連携についてもまだ相談段階だ。期待はできん」


「偵察には使えるでしょう?」


「それは相手についても一緒だ」


 そして予定される西方戦線を眺める。


「装甲部隊の集中運用。低地地方への誘導。これはいい。だが、問題は行軍だ。可能な限り早く、敵が対抗措置を講じる前にマーズ川を突破せねばならん。3日だ。3日でマーズ川に要達し、次の日にはマーズ川を突破しておかねばならん」


 予定される敵の動きをガリア王国陸軍について研究を重ねてきたミヒャエルが動かし、共和国軍の方をガブリエラが動かす。


「敵はアルドゥエンナの森を完全には無視せんだろう。この地域に割り当てられているのはアルドゥエンナ猟兵師団、混成第15系機械化歩兵旅団、第5軽騎兵師団」


 アルドゥエンナの森の周囲にミヒャエルが駒を置く


「これらがどう動くかだ。こちらの突破に対して断固とした抵抗を示すのか、それとも遅滞作戦に徹するのか。それが問題だ」


「大佐殿はどう動くと思いますか?」


「俺の考えとしては敵は低地地方にまっしぐらで、その側面は軽くあしらう程度だろう。だが、問題は相手がこっちのことを知っているハンマーシュタイン中将だということだ。俺が装甲部隊の集中運用を主張しているのを奴は知っている」


「すると思うわけですね。低地地方に進出したが、大佐殿の装甲部隊はどこだ、と」


「そういうことだ。それが気づかれないように2個装甲師団ばかりを低地地方に投入しなければならない。目くらましだ。実際はこんなことはせんぞ」


 王国陸軍は共和国陸軍の内情など知らんからなとミヒャエルは言う。


「そして、何より装甲部隊がアルドゥエンナの森で大渋滞を起こしていることを知られでもしたら、砲兵が狙って来る。王国軍の大好きな75ミリ軽榴弾砲でも、貴様の指摘するように自動車化歩兵部隊にとっては脅威だ」


「仮に弾が命中しなかったとしても、道路を破壊されるだけで大渋滞は悪化します」


「その通りだ。だからこそ、大急ぎで突破せねばならんのだ」


 ミヒャエルがそう言って唸る。彼は何度も大隊レベルで分割された兵科記号を弄っていた。早速装甲戦闘団を作ろうというつもりらしい。


「師団の編成は変えるなという命令では?」


「師団の編成は変えんが師団の運用は変える。それだけだ」


 なるほど。師団内に戦闘団を作ることは師団の編成を変えるなというルールに抵触しないわけだとガブリエラは納得したのだった。


「空軍は使えないといいましたが、降下猟兵は?」


「使える。お互いにな。もっとも王国陸軍には空中機動部隊は存在しないが」


「では、低地地方に全ての降下猟兵部隊を投入しましょう。2個師団丸ごとです。それによって大佐殿がアルドゥエンナの森ではなく、低地地方で装甲部隊を集中運用して突破しようとしていると思わせるのです」


「だが、アルドゥエンナの森周辺の堡塁も排除せねばならん」


 それなりの強固なトーチカで突破するには空挺部隊の助けがいるという。


「そちらは少数を──この部隊から」


「そいつらは降下猟兵として使えるのか?」


「グライダーで降下するだけです」


 十分に運用可能とガブリエラは言った。


「よし。ならば、それで行こう。作戦を詰めるぞ」


「はい」


 そして、ふたりの準備が始まった。


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