部隊の運用
……………………
──部隊の運用
兵器はできるだろうという見込みは立った。
あくまで見込みだ。誰も想像していなかった予想外のトラブルというのは、この手の兵器開発ではよくあることなのである。
だが、トート・ライン社の兵器部門における最高設計責任者──その称号をガブリエラは後から聞かされて酷く驚いた──が太鼓判を押したのだから、そう問題はあるまいとミヒャエルは楽観視している。
「問題は部隊の運用だ」
おやおや。陸軍参謀大佐殿は気が早いとガブリエラは思ったが口には出さなかった。
「恐らく、師団規模でそのまま装甲部隊を運用するのは現時点では想定していない。貴様の指摘するアルドゥエンナの森について詳しく調べたが、そこからムーズ川を渡るまでに伸びる道路は4車線」
そう言ってどこで撮影したのかもわからない空撮画像がガブリエラに見せられる。
「全て装甲部隊が使うとしても、師団規模で部隊を運用していたら、車列と魔甲騎兵の山で大渋滞だ。装甲部隊は集中運用するべきという指摘を守りつつ、この状況に対処するには、装甲部隊を装甲部隊として分割するしかない」
「いわば、小さな装甲部隊を大きく集めて、細かに運用するということですね」
「そういうことだ。まだ用語がないから何とも言いようがないが……。既存の単語を避けて表現するならば戦闘団。装甲戦闘団だ」
あまりにもしてやったりという顔をミヒャエルがしたものだから、何とも子供っぽいと逆にガブリエラは呆れてしまった。
軍人というのは昔から専門用語が大好きなのだ。
「師団の編成は既に知っておるな? 装甲師団は2個装甲連隊6個大隊と自動車化歩兵連隊3個大隊からなる。これを俺は3つに分割しようと思っている」
「では、連隊戦闘団というところですか? 2個大隊の装甲部隊と1個大隊の自動車化歩兵部隊で、それに砲兵やら工兵、オートバイ捜索部隊、通信部隊を付けて諸兵科連合」
「そうだ。連隊戦闘団だ」
俺が先に言おうと思ったのにという顔をミヒャエルがするものだからガブリエラは少し面白かった。
「しかし、戦闘団の司令官は? 既にある部隊の指揮官に任せるとなると、司令部は戦闘団の指揮と、基幹となる部隊の指揮で混乱しますよ」
「まさに。事前に司令部を作っておかねばならん。幸い、我らが共和国陸軍の士官は多い。優秀さについて疑問視される人間もいるが、そういう人間は後方に回しておけばよい。装甲戦闘団には優秀な司令官と参謀を持った司令部を事前に設置せねばならん」
「戦時となると認められるでしょうが、平時にそれを認めさせるのは難しいのでは? 将校を予備役に編入しているのは、予算削減のためでしょう?」
「いや。単にポストがないからだ。ポストさえ作れば将校は増やせる。問題は確かに平時にポストを増やすことが認められるかだ」
そこで暗雲たる気分だというようにミヒャエルが額を押さえる。
「そもそも、参謀本部で装甲部隊を集中運用しようという人間が少ない。それなのに装甲戦闘団を作るからポストを増設しろと言ったら、それこそ蜂の巣を突くようなものだ。将軍たちは必要ない。装甲将校が増やしたいだけだと言うだろう」
「既得権益争いですか」
「そういうことになるな。装甲将校はまだ数も少なく、発言力も小さい。参謀本部で俺が作戦課長をやれているのはひとえにシュリーフェンの親父のおかげだ」
「作戦課長だったんですか?」
ガブリエラは素直に驚いた。これまで参謀本部にいるとは聞いていたが、まさか作戦課長ほどの地位にいるとは思わなかった。
作戦課長と言えば作戦に関して言えば参謀次長に次ぐ権限がある。
「なんだ。他に何だと思っておった?」
「もっとこう地味な感じの職かと」
「参謀本部にいる時点で地味ではない」
「それはそうですが」
それならばとガブリエラが考える。
「机上演習で実演してみせては? 装甲戦力による突破の有用性というものを」
「今の装備でか? 敵の歩兵魔甲騎兵にぶつかったら勝てんとはっきり言われたのだぞ。新しい装備が実用化された後ならばともかく」
「その新しい装備の実用化も大佐殿の説得力にかかっているのですよ?」
「むう。それは確かに……」
いくら装備が出来ても軍が導入を拒否したら意味がない。
装甲部隊は集中して運用するべきというところを示さなければならないのだ。
そうしなければ依然として歩兵・巡航魔甲騎兵というカテゴリーすらなくならないだろう。それでは装甲戦力の集中運用など夢もまた夢だ。
「では、今の装備で勝って見せねばならんわけか」
「そうなりますね」
「きついぞ、それは」
碌な戦力がないのだとミヒャエルが愚痴る。
「今あるもので勝利を。革命戦争の際には魔甲騎兵は存在しませんでしたが、我々は勝利しています。まあ、結局は白紙和平になりましたが」
「負けたからな、ラ・ベル=アリアンスの戦いで」
「ええ。あの時騎兵部隊が無線を持っていれば連絡が取れたでしょう。援軍は間に合ったでしょう。そういう意味でも今の共和国陸軍は過去の反省を活かせていません。魔甲騎兵に無線機が装備されてないものがあるなど」
ガブリエラは真っすぐミヒャエルを見る。
「革命戦争、前大戦。我らが共和国は流血の上に成り立っています。その流血をさらに増やすか、あるいはやや減らすことができるかは大佐殿の双肩にかかっているのです」
ガブリエラがそう言い切ったのにミヒャエルは少し呆気に取られていた。
「そうだな。流血を完全になくすことはできないが、前大戦を繰り返すより少量にはできる。それをやるには武器がダメだと文句を言っているだけではダメだ。今ある装備で、今の勝利をだ。ないものねだりをしてもしょうがない」
「結構です。では、いつ挑まれるので?」
「低地地方だ」
「はい?」
突然意味の分からないことを言いだしたミヒャエルにガブリエラが首を傾げる。
「だから、敵を誘引するんだ。向こうに挑むのではなく、挑みかからせる。こちらから挑んだのでは勝ち目がありますと宣言してるようなものだろう。それでは相手の油断んは誘えん。向こうが痺れを切らして挑んでくるのを待つ」
「そして、背後から一突き」
やれやれ。この手の駆け引きにすら戦術が必要だとはとガブリエラは思う。
だが、相手は既得権益を握っていて、それを手放すつもりはない。ならば、奪い取るしかないのである。
そして共和国のためにも勝利を勝ち取らなければ。
そこで来客がミヒャエルの執務室にあった。
ヘルムートだ。
「やあ、ミヒャエル。多脚歩兵戦闘車は早いうちに実用化できるだろうということだったよ。それに繋がるファミリー化については分からないけれど」
「わざわざそれを伝えるためだけに陸軍省に?」
「今日はお祝いだろう? 君たちの婚約を祝って!」
そう言ってヘルムートは高いシャンパンを渡した。
「は?」
「は?」
珍しくガブリエラとミヒャエルの反応は同じだった。
「おや? 君たちはもう婚約したんじゃないのかい? 随分と仲が良くて、ミヒャエルにしては褒めているからそうだと思ったけれど」
「な、何を仰っているのですか、ロートシルト大佐殿!」
「何だい。ミヒャエルじゃ不満かな?」
「大いに不満です」
子供っぽいし、強引だし、唯我独尊だしとガブリエラは思う。
「ははあ。ヘルムート、お前、そういうつもりか?」
「おや。下心があるようにでも?」
「大いにあるだろう。砲兵の自走化は砲兵将校にとっては夢のようなものだもんな」
「それはもちろん」
あらら。どうやらヘルムートは低地地方に将軍たちを誘い込む後押しに来たらしい。
親切な一押しは敵がやってくれるものだが。
「それはそうとミヒャエルは確かに我がままで、お調子者で、強引がところがあって制御しにくいとは思う。だけど、君たちはお似合いの夫婦になるよ」
「はいはい。そういうことにしておこう」
ミヒャエルは帰っていくヘルムートに手を振った。
「次から腕でも組んで歩きますか、旦那様?」
「大佐殿だ、少尉」
やっぱりミヒャエルは子供っぽいとガブリエラは思った。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます