想定演習

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 ──想定演習



 ポルスカ州を舞台にした想定演習は以前のような大規模な机上演習ではなく、コンパクトな演習となった。


 青軍と赤軍をそれぞれ参謀本部作戦課長のエルンストが受けもち、赤軍をミヒャエルが受け持つ。常に最悪の場合を想定するためにこれは必須だった。


 両者とも互いの駒が見える状況で、駒を進める。


 問題は勝敗ではなく、軍をいかに機動させるかにあるのだ。


「赤軍の先制攻撃で始まります」


 参謀本部に勤めて長い高級将校がそう言い、ミヒャエルが駒を動かす。


 砲兵による一斉砲撃と装甲部隊の突撃によって前線に複数の突破口が開かれて、共和国は全長50キロの突破口を3ヵ所に穿たれる。


 青軍のエルンストは赤軍装甲部隊を軽く受け止めながら後退を続ける。


 だが、その間にも赤軍はオストプロイセン州を海を金床に装甲部隊によるハンマーを打ち付けようとし、残りふたつの機動部隊も古典的な包囲殲滅を実行中だった。


 青軍のエルンストは躊躇しながらもハンマーが振り下ろされる直前に機動部隊を投入。青軍機動部隊と赤軍機動部隊が衝突する。


 エルンストは確実な各個撃破のために戦力を集中しており、挟撃されたオストプロイセン州に機動中だった赤軍機動部隊が逆に包囲を受け、殲滅されてしまう。


 だが、赤軍の残り2本の刃は確実にポルスカ州に展開中だった青軍を包囲しようとする。青軍は徐々に撤退していって包囲から逃れ、弱い抵抗を続ける。


 十分に誘引したところでオストプロイセン州から機動してきた青軍機動部隊が赤軍機動部隊と衝突する。


 赤軍機動部隊は包囲殲滅され、刃をまた一本失った。そして、またもう一方の刃にも青軍機動部隊が襲い掛かり、包囲殲滅を果たす。


 そこで演習は一時終了となった。


「かなり際どいな」


 演習を行ってみてのミヒャエルの評価であった。


「青軍は常にギリギリだ。東方に装甲師団5個と自動車化歩兵師団4個では足りないのかもしれない」


 今のところ、帝国の侵攻を迎撃するのは、装甲師団5個と自動車化歩兵師団4個であった。それ以上は、西方戦線から引き抜けなかった。


「幸い、補給などはやりやすいものの、どの時点でも青軍の動きはギリギリだ。赤軍の指揮官がもっと攻撃的だったらもっと複数の突破口を作られ、対応不可能になる」


 それも赤軍の装甲部隊と自動車化狙撃兵部隊の数は最小限だとミヒャエルは言う。


「西方から増援を頼めませんか?」


「無理だろうな。こうしたらどうだ。国境線の防衛は最初から放棄し、帝国に燃料を消費させると同時に包囲を避ける。国境線に自動車化されていない歩兵部隊がいることで、どうもこちらの動きが制限されてる気がしてならん」


 国境線の防衛部隊は機動力が遅く、帝国の突破を許すと、そのままその場に取り残されてしまう状況になっている。


 その上、帝国の機動部隊の圧力を受けて撤退を行うと、友軍機動部隊の機動の邪魔になり、渋滞を引き起こしてしまう。


 ここでは想定していないが、ここに避難民が加わるとなると、機動部隊は道路を使えず、満足に行動できないのではないかと思われる。


「道路の確保が困難ですね……。幸いポルスカ州には既に高速道路もできていますが」


 国家戦線党の5ヵ年経済計画に含まれる公共事業において各主要都市を結ぶ高速道路は作られていた。ポルスカ州にも複数の高速道路が走っている。


 インフラという面において、ポルスカ州での戦いは恵まれている。


「もう一度最初からだ。次は赤軍は4ヵ所で突破する。初期配置は後方に下げてみろ」


「了解」


 何の抵抗もなく、敵に土地を明け渡すのは癪だが、師団がいないからといって抵抗がないわけではない。


 軍団砲兵隊のカノン砲が火を噴き、空軍が爆撃する。


 それによって戦わずして、赤軍は打撃を受けた。


 そして、赤軍の攻撃を後方でいなしつつ、機動部隊が迅速に挟撃撃破していく。


 今回は突破口が広かったにもかかわらず、前回よりもスムーズに敵の機動部隊を殲滅し終えた。


「これだな。流石に全軍撤退しては砲撃や爆撃の誘導はできないから、少人数の部隊を残すことになるが、それは隠匿し、敵に攻撃を受けないようにする」


 こちらの帝国の動きを報告する少人数の部隊が想定される。


 帝国陸軍は動いている限り、自動車化狙撃兵も砲爆撃から逃れられない。


 空軍と砲兵にとってはボーナスステージだ。空軍は爆撃を続け、砲兵は砲撃を続ける。とは言え、動かせる空軍部隊は少数の戦術爆撃機部隊と戦闘機部隊、そして戦略爆撃機部隊だ。


 戦略爆撃機の高高度からの水平爆撃がどれほど地上軍にダメージを与えられるか分からないが、最悪偵察飛行だけでもしてくれれば砲兵を誘導できる。


「恐ろしいのは帝国の対砲迫射撃だが。その点については常に移動し続けながら撃つしかない。それか先に敵の砲兵を潰してしまうかだ」


 航空優勢は共和国側にあるという全体で話が進んでいるが、その点は問題ないと考えられていた。


 共和国の戦闘機は量、質ともに帝国を上回っているのは確実だった。


「戦闘機による対地支援は?」


「ああ。可能だろう。進軍中の無防備な帝国陸軍に上空から攻撃を仕掛ける」


 ガブリエラが尋ねるのに、ミヒャエルがそう言う。


「戦闘機は航空優勢の確保で忙しいとは思いますが、可能な限り対地支援に回ってほしいですね。それから、事前に国境線に地雷を埋設するのも有効だと思います」


「地雷か。確かにな。今は帝国との行き来もない。地雷敷設の準備をさせよう」


「地雷は老朽化していると上手く機能しないことがあります。装備は常に新しく」


「うむ」


 ガブリエラの指摘にミヒャエラが頷く。


「おふたりは本当に仲がよろしいようで」


 その様子を見てエルンストが思わず笑みを浮かべてしまう。


「そうだぞ。こいつは俺の頭脳のひとつだ。まさに共和国の戦女神よ」


「もう、中将閣下。公私混同はやめてください」


 ミヒャエルが笑って返すのに、ガブリエラが渋い顔をした。


「ともあれ、だ。列車砲も東方戦線に投入されることが決まった」


「本当ですか?」


「ああ。機動力には欠けるが、こいつにもロケットアシスト弾が準備されている。かなり距離の砲撃できるはずだ」


 共和国の主な列車砲は口径280ミリのものだ。


 口径380ミリのものなどもあるが、共和国は前大戦で列車砲の火力は限定的だとして、大規模な配備を止めていた。


 時代遅れの列車砲にリソースを回すぐらいならば、空軍の爆撃機にという空軍からの要請もあり、陸軍も時代錯誤なことを認めて、列車砲の量産を止めていた。


 その列車砲が東方戦線に投入される。


「列車砲の射程は抜群だ。ロケットアシスト弾で9万メートルは飛ばせる。が、装填から何まで時間がかかる。あまり火力としては期待しないで欲しい。これはあくまで西方戦線での奇襲を狙った作戦のひとつだ」


 共和国軍は東方に虎の子の列車砲を投入しなければならないほど追い詰められている。西方において大規模な攻撃はない。


 そう王国、連合王国の司令官たちに思わせるためのものだった。


 そうであるが故に参謀本部でも、列車砲の投入が決定的に戦局を左右するとは思われていなかった。


「それから海軍が帝国海軍相手に対潜水艦作戦と軍港の機雷封鎖を完了し次第、艦砲射撃で支援に当たると言っている。海軍航空隊も地上支援に回されるそうだ」


「それはありがたいですね」


「ああ。オストプロイセン州の防衛には海軍の艦砲射撃も必要になるだろう」


 海軍航空隊は一部が商船改造型の小型空母で帝国の対潜水艦作戦に回され、合衆国から輸入し、新型のソナーや電波受信機などを搭載して改良した駆逐艦とともにバルト海の航行の安全を確保する。


 そして一部の航空部隊は沿岸線を守る。


 そうして残りが陸軍の地上支援に当てられることになる。


「だが、海軍は対潜水艦作戦を優先するということを忘れるな。艦砲射撃はその後だ。海軍は帝国海軍で脅威になるのは潜水艦だけだと思っている」


 逆に言えば帝国海軍の潜水艦は十二分な脅威であるということ。


 海軍は対潜水艦作戦に力を入れてきた。全てはバルト海の航行の安全を確保するためだ。アクティブソナーや爆雷、潜水艦が司令部とやり取りする際の電波を傍受する電波受信機などなど。


 共和国の造船能力では賄いきれないところには、合衆国から輸入した旧式駆逐艦を改装して使用する。


 そうしてバルト海の安全が確保されれば海軍が砲撃する。


「東方戦線はとにかく限られた戦力で粘り強く戦うことが求められる。それ踏まえた上でもう一度演習を行ってみよう」


 それから幾度となく東方戦線を想定した机上演習は繰り返された。


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