世界的な不況
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──世界的な不況
ガブリエラが再び子を授かったのはアウグストが2歳になったときだった。
ミヒャエルは相変わらず心配性で、本業である参謀本部の仕事が務まっているのだろうかと時々心配になるぐらいだった。
ミヒャエルはガブリエラを心配させないためか、仕事の話を控え、とにかく栄養のある食事をするようにと言って、出かけては肉や果物などを買ってきていた。
そんなガブリエラが第二子を授かったころ、フリーダム・シティの金融市場で緩やかな株価の下落が起きた。
急速な降下ではなかったものの、世界は緩やかな不況の中に囚われることになる。
これに対して共和国は合衆国、皇国との経済連携を掲げ、自らの植民地──共和国では海外州と呼ばれる──の市場を解放し、合衆国と皇国とともに保護貿易によって守られたブロック経済圏を構築する。
対抗するように連合王国が植民地でブロック経済を始め、王国がそれに倣う。
植民地というものを持たない帝国だけが取り残され、この緩やかに絞め殺されるような世界的不況の中を無為無策のまま過ごすことになった。
そのせいか帝国政府は先鋭化し、皇国と再び刃を交える。
中小規模の国境紛争が繰り広げられ、共和国は皇国に旧式魔甲騎兵を輸出し、支援に当たる。
その見返りに共和国は皇国から貴重な情報を入手していた。
帝国の装甲部隊のドクトリンに関する情報である。
帝国は間違いなく縦深作戦を視野に入れており、またしても回転ドアにて皇国陸軍を陥れようとしていた。
今回は皇国の機動部隊が抵抗したために失敗したが、敵は間違いなく、東方戦線で縦深攻撃を行って来るだろうということが確認された。
だが、肝心の帝国の魔甲騎兵に関する情報は更新されなかった。
相変わらず6脚の45ミリ砲搭載の魔甲騎兵が投入されるばかりで、噂の76.2ミリ砲を搭載した魔甲騎兵は姿を見せない。
欺瞞情報だったのかと思われながらも、ティーガーAusf.Aの部隊配備は進んでいき、主に東方戦線に踏襲される予定の装甲師団を中心に装備の切り替えが行われた。
脚部をティーガーAusf.Aのものと交換したレオパルトAusf.Cの配備も進み始め、共和国陸軍はいよいよ以て有力な装甲師団を手に入れつつあった。
だが、世界的な不況は続き、合衆国も経済を立て直すために共和国に倣って公共事業への投資を進めると同時に重工業品の皇国への輸出を始める。
皇国は布製品などの工業品を大陸に輸出することで財政を支えた。
だが、いよいよ以て帝国が危ない状況に来ていた。
ガブリエラが第二子を出産したときには、帝国で大規模な労働者のデモが置き、軍がそれに発砲するという血の日曜日事件が発生する。
帝国は行き詰っている。このままでは連合王国と王国は有力なパートナーのひとりを失うことになる。
その前に共和国を片づけなければならない。
「諸君。目下の問題に対処しなければならない」
連合王国首都ロンディニウムにて首相を中心とした閣議が開かれていた。
閣議には異例なことに連合王国軍事情報部第6課──通称王立秘密情報部の部長も参加していた。
「帝国の状況は危機的だ。彼らは極東で失敗を繰り返し、経済的にも行き詰っている。このままでは帝国は赤化してしまうかもしれない」
それはだけは許容できないと首相が告げた。
「どうすればいいか。彼らには勝利が必要だ。民衆が心から帝国を愛するようになる勝利が必要とされる。それは極東ではなく、東大陸で得られるべきではないだろうか?」
ここまで聞いて、陸軍大臣と海軍大臣、空軍大臣が反応する。
「共和国に宣戦布告なさると? 国民は納得しませんぞ」
「我々からは宣戦布告しない。だが、共和国は昔と変わらない。東で攻撃を受ければ半自動的に西方を攻撃する。宣戦布告は彼らから行われるだろう」
「では、帝国から?」
「正当な理由があれば、帝国は共和国に宣戦布告する。そうだろう?」
その正当な理由が都合よく起きるわけがないことはこの場にいる誰もが理解していた。つまりは正当な理由は引き起こされるのだ。連合王国の手によって。
「合衆国と皇国は共和国と結びつきを深めている。連中は民主主義連合という名の軍事協定を結んだ。明らかに我々に対する挑戦だ」
世界的な不況の中、共和国主導で民主主義連合という軍事協定が結ばれた。
合衆国に配慮した緩やかな条件の軍事協定だが、共和国としては自分たちに殴りかかれば、世界一位と二位の工業国を敵に回すぞと威圧することができた。
連合王国も王国との間で通商同盟を締結。帝国はオブザーバーとして参加した。
世界はまさに二分されようとしていた。
「合衆国と皇国は我々の東アジアにおける領土を狙っている。その前に共和国が疲弊して倒れるならば、2ヵ国の思惑も外れるだろう。そして、共和国を分割し、我々はこの世界的な危機を乗り切る」
連合王国の首相はそう言ってパイプに火をつけた。
「どう思うかね、紳士諸君?」
そして、尋ねる。
「共和国は絶対に打倒しなければならないのですか? 帝国をそこまで庇う必要もないでしょう。むしろ、帝国が赤化した場合の防波堤として共和国を活用するべきだと私は思いますが」
陸軍大臣がそう尋ねる。
「共和国は致命的に我々と相いれない。植民地を巡る争いは続いて来たし、何より共和国には合衆国という連合王国にとっての脅威が手を携えている。子の2ヵ国の同盟が打ち砕かれない限り、我々に安寧のときはない」
それから我々が完全に共和国の側に下ってしまうかだと首相は言った。
「それは容認できませんな。合衆国はこれ幸いとばかりにバーラト帝国の市場開放を求めるでしょう。バーラト帝国は我々にとっての宝石箱です。決して、他者に譲ることがあってはなりません」
「その通りだ。我々は共和国と合衆国、皇国の挑戦に応えなければならない」
大蔵大臣が言うのに、海軍大臣が頷いた。
「合衆国は例によって致命的な事件が起きるまで参戦しないだろう。彼らが参戦する前に共和国を叩き、皇国を叩き、そして合衆国を孤立無援の状態に追い込む」
「カナタ自治州は陸軍としては守り切れないことを事前にお伝えします」
首相の言葉に陸軍大臣がそう言った。
「いずれ取り返せばいい。それに合衆国は参戦しない。いや、できないだろう。彼らは例によって世論に左右されやすい。我々のような一貫した外交は行えない」
今の連合王国は保守派と改革派が争っていたが、保守派が大多数を占め、従来の外交を行っていた。
すなわち、王国と帝国を支援して、共和国を打倒するという外交を。
「連邦は?」
「彼らが動けば彼らは無防備な海岸線を長く晒すことになる。それに加えて、帝国からも圧力を受けるだろう。参戦はあり得ない」
だが、余計な手を出すこともできないと首相は言う。
「共和国の打倒に絞れば納得できる提案です。同意しましょう」
「共和国が倒れれば、後はドミノだよ。合衆国は資源の輸出先を失い、皇国は重工業製品を似て入れらくなる。それを薙ぎ払うのは容易だろう」
陸軍大臣が慎重に答えるのに、首相がそう言った。
「正当な開戦の理由を作るのは王立秘密情報部に任せたい。できるかね?」
「お引き受けしましょう」
王立秘密情報部部長はそう言って頷いた。
「それでは諸君。二度目の大戦は世界大戦にはならない。せいぜい東大陸戦争とでもいうべき規模になるだろう。我々の勝利を願って」
「神よ。我らが連合王国を救いたまえ」
「神よ。我らが国王陛下を守りたまえ。国王陛下万歳」
そして、王立秘密情報部が動き始めた。
その頃ミヒャエルたちは第二子の子供の名前をミヒャエルの祖母の名前から取ってアンドレアと名づけ、アンドレアはもうはいはいをし始めていた。
実家からも孫を見に、ガブリエラの父アルブレヒトと母デリアが訪れ、実家との仲はもうすっかり改善していた。
ガブリエラとしては子育て経験のある自分の両親の助力はとてもありがたく、ついつい頼ってしまいがちだった。
「私は叔母さんになるの? なんだかいやだわ!」
ガブリエラの妹のクラウディアは高校に進学し、優秀な成績を収めていた。
彼女は宇宙開発に携わりたいと言って数学を頑張っているそうだ。
どうしてクラウディアが宇宙開発などに興味を示したのかは分からないが、映画か何かの影響だろうとミヒャエルとは話していた。
そして、穏やかに時は過ぎていくかに思われた。
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