起きてすぐ
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──起きてすぐ
頭痛がするというのが目を覚ましたガブリエラが感じたものだった。
頭に鈍痛が響き、体が怠い。それでも彼女は半身を起こす。
ここはどこだろうかと思っていたとき、白衣を着た女性の看護師が姿を見せた。
「ああ。起きられましたか。今、先生を呼びますね」
「あの、ここは?」
「医務室です。少尉殿は昨日から眠っておられたのですよ」
ガブリエラは記憶を辿る。
そう言えばミヒャエルと机上演習の打ち合わせをしていたはずだ。
あれから一日?
演習はもう始まってる?
「すみません。頭痛止めは?」
「処方されています。アスピリンです」
1錠だけ飲んでくださいと看護師はアスピリンの錠剤を置いていき、水差しからコップに水を注いでいった。
ガブリエラは錠剤を飲み下すと、考える。
演習はもう始まっているのだろうか?
始まっていたとして予定通りに進んでいるだろうか?
何かしらのトラブルを起こしていないだろうか?
そう考え始めると無性に心配になり始め、頭痛が酷くなる。
ミヒャエルの机上演習での敗北は彼のキャリアの終わりだけを意味しない。共和国軍の、共和国という体制の、共和国人民の悲劇に繋がる。
装甲部隊の集中運用の意味を示さなければならないのだ。
それができなければ意味はないのだ。
「ゲーリケ少尉。軍医のカミル・ブラントです。今回、少尉は身体の著しい疲労と貧血のために倒れたものと思われます。ご婦人には貧血で倒れる方が少なくありませんが、ちゃんと食事は取っておられますか?」
「演習は?」
「はい?」
「机上演習はどうなりました?」
ガブリエラは軍医にそう尋ねた。
「ああ。机上演習ですか。今も進んでいるという話ですが、今は療養に専念して……」
「貧血は机上演習が終わったレバーでもたくさん食べます。それでいいですね?」
「今はまだ疲労が残っているかと思いますが。頭痛は?」
「もう治りました」
軍医はお手上げだというように肩をすくめた。
「机上演習は大会議室AとBで行われいます。ブロニコフスキー大佐は大会議室Bの方ですよ。では、お体にくれぐれも気を付けて。お大事に」
「どうもありがとうございます、先生」
ガブリエラは軍靴を大急ぎで履くと、大会議室Bに向かった。
「まあ、あの少尉さんよ」
「ブロニコフスキー大佐殿の愛人なのよね」
大会議室Bに向かう途中陸軍婦人部隊の兵士たちがそう言うのが聞こえたが、ミヒャエルが言っていたように喋るタイプライターだと思って無視した。
今はそれどろこではない。一刻も早く、演習の推移を見届けなければならないのだ。
頭痛がする。勝っていてくれるといいのだがとガブリエラは思う。
「失礼します」
陸軍省に6つある大会議室のBの方の扉をノックして、ガブリエラが入室する。
「おい。貴様、体はもう大丈夫なのか?」
「平気です。戦況は?」
「ほぼ予定通りに進んだ」
「では、何かしらの不都合な事態が生じたということですね?」
ほぼ予定通りという言葉から、ガブリエラは作戦の破綻を悟った。
「……敵の歩兵魔甲騎兵を中核にした装甲師団が反撃に出た。こちらの装甲部隊を向かわせたが、こちらの巡航魔甲騎兵では勝負にならん」
「地図を見せてください、大佐殿」
ガブリエラが地図を見下ろすと丁度包囲網が閉じるソンム河口域に向けて付きささるように敵の装甲部隊が食らいついている。
「榴弾砲の水平射撃は?」
「判定では効果なしだ」
既に第5自動車化歩兵師団の砲兵連隊が水平射撃で敵の魔甲騎兵を迎え撃ったが、判定はことごとく無効であった。
「もっと強力な砲が必要だと言うことですね」
「その通りだ。だが、そんなものはない」
「いいえ。あります。お忘れですか?」
「何をだ?」
ガブリエラがそこでにやりと笑う。
「大口径高射砲の水平射撃」
「ああっ!」
ミヒャエルが合点がいったというように手を叩く。
「師団高射砲大隊による水平射撃を実施。敵の魔甲騎兵をこれで迎え撃つ」
「了解」
そして、判定が下される。
「降下を認めるとのことです。敵の魔甲騎兵は迎撃されました。敵魔甲騎兵、進軍を停止。第2装甲師団オットー戦闘団が敵装甲師団側面を攻撃。敵砲兵陣地を捕捉」
この状況はハンマーシュタイン中将にも伝えられた。
「敵は高射砲の水平射撃で魔甲騎兵を撃破。こちらの進軍は停止しました」
「高射砲の水平射撃だと? あり得るのか?」
ハンマーシュタイン中将が疑問を呈する。
「ヒスパニアの内戦では供与された88ミリ高射砲が敵の立て籠もる建物や魔甲騎兵に対して使われ。大きな効果があった、と」
「……打つ手なしだな」
ハンマーシュタイン中将はため息をついた。
「机上演習における敗北を宣言する。我が方は負けた」
「了解。残念です、閣下」
「いや。ある意味ではこれはよかったのかもしれん」
「と、言いますと?」
参謀のひとりがハンマーシュタイン中将に尋ねる。
「共和国は最小限の流血で次の大戦に勝利できる可能性が示された。新しい可能性が示されたことろ私は喜んで受け入れよう。やれやれ。どうやら、我々全員が低地地方に誘い込まれていたようだな」
ハンマーシュタイン中将はここで参謀本部第一部参謀次長たる自分に知らせることなく、この計画を練り上げたミヒャエルのことを再評価した。
彼は参謀本部で問題にされるのを分かっていながら、あえて問題行動を取り続け、自分たちに綿密に練られた作戦計画があるのを隠し、そして自分たちに机上演習に挑ませたのだということを彼は思い知った。
事前に向こうに策があると分かっていれば、自分たちが警戒して低地地方への突撃などを行わないことをミヒャエルは見通していたのだと。
「ハンマーシュタイン中将閣下が敗北を宣言しました」
「諸君、勝利だ」
ハンマーシュタイン中将の降伏は大会議室Bにいるミヒャエルに伝えられ、ミヒャエルは拳を突き上げて宣言した。
「証明できましたか?」
「できただろう。だが、問題点はまだ多い。それに貴様の言っていたもっと大規模な作戦も試したい。やることはまだまだあるぞ」
「はいはい。まずは各種兵器の完成と師団編成の見直しから始めましょう」
「ははっ! 本当に貴様のおかげだ。助かった、ガブリエラ……」
ミヒャエルはそう言ってガブリエラを強く抱きしめた。
「ちょっと。苦しいですよ。後、男臭いです!」
「失礼な。ちゃんとシャワーは浴びておる」
「では、香水の匂いですか? あまり趣味がいいとは言えませんね」
「貴様という奴は」
とんとんとガブリエラの背中を叩くとミヒャエルは彼女から離れた。
「諸君! 我らが戦女神のおかげで勝利できたぞ! これから装甲部隊の出番だ!」
「我らが共和国と全ての人民に栄光あれ!」
お決まりの万歳のセリフが述べられる。
ガブリエラはちょっとふらつくと、ミヒャエルにもたれかかった。
「おい。貴様、まだ体が治っておらんのではないか?」
「いえ。安心したら、ちょっと力が抜けて」
「おい! そこの貴様! こいつをもう一度医務室に連れていけ!」
「いいですって!」
ガブリエラの抗議も虚しく、ガブリエラは再び医務室に運ばれ、陸軍省の医務室に勤めるあの軍医からとくとくと栄養バランスの取れた食事の重要性と適切な睡眠についてお説教を食らった。
「いいですか。軍務に従事する以上、その体も国家の備品だと思ってください」
「はい……」
それから貧血の薬を出されて、ようやく解放されたのだった。、
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