上層部の衝撃

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 ──上層部の衝撃



 共和国陸軍最高司令官パウル・フォン・ヘーリンゲン元帥の耳に『ユニークな演習の結果』が届いたのはミヒャエル対ハンマーシュタイン中将の机上演習が行われてから、2日後のことだった。


「……ここに記されていることは事実なのか?」


「はっ。ハンマーシュタイン中将閣下ご自身の掛かれたレポートもあります。参謀総長のシュリーフェン大将閣下も同様の報告を。元帥閣下へのご報告が遅れました件については、防諜対策ということでして……」


「確かにこれは機密として扱うべき情報だろう。共和国が1週間で勝利に辿り着けると示したものなのだから。敵に気づかれるわけにはいかない」


 副官の大佐が報告するのに、ヘーリンゲン元帥は頷いた。


「いや。まだ敵ではないか。王国と連合王国だ。彼らに知られるわけにはいかん。しかし、この作戦を立案したのはブロニコフスキー大佐か。あの変わりものか。参謀本部内でモラルの問題を起こしていたと聞いたが?」


「それについては今回の机上演習の勝利を以てして不問にするとシュリーフェン大将閣下が述べておられます」


「ふむ。驚異的な作戦だ。よくこんなものが思いついたものだ。本当にブロニコフスキー大佐だけで作成されたのか?」


「それが……。机上演習に参加した参謀たちが言うにはガブリエラ・フォン・ゲーリケという陸軍婦人部隊少尉がグランドデザインを作ったと」


「……ふむ」


 ヘーリンゲン元帥はただ頷いて演習のレポートを慎重に眺めた。


「陸軍婦人部隊など喋るタイプライターだとばかり思っていたが、存外人材は埋まっているものなのだな。ふたりから直接話が聞きたい」


「はっ。ブロニコフスキー大佐とハンマーシュタイン中将閣下は──」


「違う。ブロニコフスキー大佐とゲーリケ少尉だ」


「はい?」


 副官の大佐が目を丸くする。


「君が自分で言ったのだぞ。グランドデザインを作ったのはゲーリケ少尉だと。であるならば、話を聞くべきはブロニコフスキー大佐とゲーリケ少尉であろう?」


「ま、まだ噂の域を出ませんが……」


「とにかく、話が聞きたい。セッティングしてくれ」


「畏まりました。日時は?」


「向こうに合わせる。ただ、できるだけ早く、だ」


「はっ。畏まりました」


 だが、ヘーリンゲン元帥の前にガブリエラとミヒャエルには会わなければいけない人間ができていた。


 陸軍将校である彼らが陸軍最高司令官より先に会わなければいけない人間。


 それは共和国大統領オットー・エアハルトだ。


「は? 大統領が?」


「大統領閣下と言え。分からんかったか? この間の机上演習に大統領付きの武官である将校が出席しておったのだぞ」


「あの、大統領──閣下には陸軍最高司令官のヘーリンゲン元帥閣下などが意見されるのでは?」


「エアハルト大統領閣下は軍の将軍たちにどうにも不信感を持っておるようでな、若手からの意見が聞きたいと少佐から大佐の範囲の将校を傍においておるのだ。もちろん、共和国陸軍としての意志決定は陸軍最高司令官のヘーリンゲン元帥が行うが」


 なんだか歪な関係だなとガブリエラは思った。


 とは言え、現エステライヒ共和国大統領オットー・エアハルトは支持率も高く、合衆国にも友人が多くいるようである。


 彼が評価されているのは軍事分野での拡張ももちろんあるのだが、それ以上に共和国経済を盤石なものにした5ヵ年経済計画がある。


 中央党などは社会主義的として批判したが、実行された5ヵ年経済計画は共和国の重工業力を大幅に引き上げ、失業率を低く抑え、経済を回転させた。


 そのおかげで軍拡のための予算が稼げたのは事実だ。


「それで、いつ大統領閣下に会いに行くんですか?」


「今からだ」


「はい?」


「向こうがすぐ来てくれと。大統領閣下にそう言われたら断れんだろう」


 ここら辺でガブリエラはミヒャエルの狙いが読めて来た。


 大統領付き武官は偶然机上演習を見学しに来たのではない。ミヒャエルにどうしてもと招待されたのだろう。


 そして、目覚ましい勝利を遂げて、その報告は大統領に直接報告される。


 それによって大統領から政治力を獲得し、共和国陸軍の改革を推し進める。そういうわけである。


 なんともまあ、よほど将軍たちが信頼できないのだろう。ハンマーシュタイン中将は机上演習後、ガブリエラとミヒャエルを激励する言葉を残していたというのに。


「いいか、軍隊の財布を握っているのは陸軍最高司令官ではない。政治家だ。大統領閣下だ。俺たちが装甲将校のポストを増やし、そして新型兵器を導入しようというならば、金を出してもらわなければならん」


「確かに」


 お小遣いのおねだりというわけだ。


 お小遣いというには相当な額になるだろうが。


「精一杯ごますりゃならん。それから貴様、今日警察が来ておったぞ」


「え?」


「両親が捜索願を出していて、陸軍省でそれらしき人物が見られたと」


「……それについては追々」


 ガブリエラは今の仕事が楽しかった。


 もうお家のために誰かと結婚したりして、この仕事の道が閉ざされるのは嫌だった。それに今のガブリエラは少しばかり男性不信だ。


 その点、ミヒャエルが男性というより、純粋な上司と見れるのでありがたい。最初は変人だとも思っていたのも上手く作用したのかもしれない。


「家族には会えるうちに会っておけ。親が死んでから親孝行はできんぞ」


「大佐殿のご家族は?」


「俺ひとりだ。母は俺を生んだ後、インフルエンザで死んで、父はその後再婚せず、俺が陸軍士官学校を卒業してから交通事故で死んだ」


「そうでしたか……」


 悪いことを聞いてしまったなとガブリエラは思った。


「だからだ。親とは和解しておけ。どういう経緯で仲違いしたかは聞かん。だが、家族はいずれ……去る。その時に後悔しても遅い。まだ生きているうちに仲違いは解消しておけ。いいな?」


「ええ。ですが、すぐには無理です。まず陸軍での仕事を間違いなく辞めさせられます。うちは祖父は騎兵大将でしたが、両親はただの官僚でしたから」


「む。それは困るな。だが、軍より家族を取っても俺は文句は言わん。なんなら、俺が貴様は共和国陸軍に必要な存在だと説得してやる」


「そこまで」


 ガブリエラが驚くのに、ミヒャエルがむっとした顔をする。


「貴様、俺と会った時やたらと自棄になっておったからな。少し心配しておったのだぞ。警察が来た時はぎょっとしたからな。まあ、貴様の個人的な問題に口出しはしないつもりだが、それでも家族は大事にしろ」


「はい」


 あのアダムにもこれぐらいの気遣いができていればなとガブリエラは思う。


 ミヒャエルは口こそ悪いし、強引だし、子供っぽいところがあるが、ひとりの男性として見たときにはそこまで悪い人間じゃない。


 だが、婚約破棄された当日に次の相手を探した、というようには思われたく無いし、やっぱりミヒャエルは意地が悪い時もあるので真剣には付き合ってくれないだろう。


「大佐殿。家族が大事ならば家庭を持たれては?」


「なんだ、貴様が結婚してくれるのか?」


「え? そ、それは……」


「冗談だ。さあ、行くぞ」


 ミヒャエルはにやりと笑った。


 ほら、そういうところですよ、大佐殿! とガブリエラは言ってやりたかった。


 それからミヒャエルの従兵の運転する車で本当に大統領官邸に着いた。


「貴様がなるべく話せ。俺は参謀本部の陰謀仲間だと思われておるかもしれん」


「分かりました」


 やれやれ。先が思いやられるとガブリエラは思った。


……………………

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