結婚式
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──結婚式
共和国陸軍はカナリス上級大将が気を効かせててくれたのか、国防情報局勤務のまま結婚式とハネムーンの間の休暇を認めてくれた。
「君には教えておこう」
カナリス上級大将が言う。
「君は新婚旅行から帰ってきたら、第1共和国親衛装甲師団を指揮することになる」
「了解」
「それまでは新婚生活を楽しみたまえ」
カナリス上級大将はそう言ってミヒャエルを見送った。
それから式を挙げた。
ガブリエラもミヒャエルも新教徒だったので、宗教的な行事は少なかった。
旧教徒は儀式を重んじるが、新教徒は儀式より信仰心を重んじるところがある。
そのため結婚式というイベントとしては地味なものだったが、白無垢のガブリエラの姿はよく目立っていた。
軍服から白いタキシードに着替えたミヒャエルもガブリエラにとっては珍しいものであった。
いつもお互いに軍服ばかり見ていたことを悟って、笑いが漏れる。
友人客人は多く来ていた。
「今度こそ正式におめでとう、ミヒャエル」
「ありがとう、ヘルムート」
ヘルムート・フォン・ロートシルトは少将に昇進し、今は軍団砲兵師団の師団長を務めていた。
「ガブリエラ中尉。相変わらず彼は子供っぽいだろう?」
「ええ。ですが、家庭を持てば変わりますよ」
「そう思うよ。俺も家庭を持って変わったからね」
ヘルムートはそう挨拶して、お祝いにとんでもない値段のするビンテージワインを送っていった。
ここら辺は流石はロートシルト家と思わざるを得なかった。
「おめでとう、ミヒャエル、ガブリエラ中尉」
「ありがとう、カール」
カール・フォン・クライストも少将に昇進し、今は装甲兵総監部に勤務していた。
「これはハンマーシュタイン大将からだ。こっちはヴァイクス上級大将から、こっちはシュリーフェン上級大将から。後は装甲兵総監部時代の士官からと、参謀本部時代の士官たちからだ」
「随分と祝いの品が多いな」
「それだけ君の人望があったということだ」
「本当にか?」
カールが輸送用の段ボール箱一杯に詰まったプレゼントをミヒャエルに渡すのに、ミヒャエルは肩をすくめた。
「ガブリエラ中尉への感謝でもある。彼女のおかげで共和国軍は変わったのだ」
「それはもっと認めてもらいたいところだな」
ガブリエラの成果は広く知られるべきだとミヒャエルは思っていた。
参謀本部や装甲兵総監部では上官であるミヒャエルの功績になっていることも、多くはガブリエラの功績なのだ。
「これが終わったら本でも書くといい。彼女の功績を広めるチャンスだ」
「それなら是非とも文学部出身の我が妻にまかせたいところだな」
ミヒャエルはにやりと笑って、ガブリエラを見る。
「嫌ですよ。実は自分がアイディアマンでしたなんて本を書くのは。自画自賛の極みじゃないですか。ミヒャエルが書いてください」
「そうだな。まずはお前との運命的出会いから書くべきだろうな」
「全く。あなた、あの喫茶店で営業妨害していたところから書くつもりですか?」
「営業妨害などしておらん」
ミヒャエルはそう言ってのけた。
「まあ、期待している。本になったらぜひ買わせてくれ。サイン入りでな」
「ああ。退役した後の楽しみしておいてくれ」
カールはそう言って一度場を去った。
「おめでとうございます、少将閣下」
「ニールマン……大佐。昇進したのか?」
「はい。戦術爆撃機部隊は士官不足でして」
「装甲部隊と同じだな」
装甲部隊もどんどん昇進させて、後から入隊する人間を士官に任じている。
空軍でも同じことが起きているらしい。
フリードリッヒ・ニールマン空軍大佐は高そうなワインをミヒャエルに手渡した。
「ブルモフスキ元帥閣下からです。おふたりによろしく、と」
「元帥閣下にはありがたくいただきましたと伝えておいてくれ」
「はい、閣下」
フリードリッヒはいい笑顔でそう返した。
「それにしてもやっぱりおふたりはそういう関係だったんですね」
「意外か?」
「いや。同僚が言うにはビアホールにて少将閣下がガブリエラ中尉に熱烈に愛を騙っていたと」
「記憶にないが……」
ミヒャエルは酔っ払った時のことを忘れるタイプらしいと隣にいたガブリエラはため息をついた。
「そのことはミヒャエルの名誉のためにも内密に」
「ええ。共和国装甲部隊の基盤を作ったというおふたりに恥はかかせられません」
フリードリッヒはそう言って、その場を去った。
「もう。あなたの知り合いばかりですね?」
「共通の知り合いだろう? ヘルムートも、カールも、ニールマン大佐も俺たちの共通の知り合いだと思っていたが」
「軍の中の縁とはここで外に広がるものなのですか?」
「まあ、軍以外のことを知らん連中だからな」
軍人は軍人で自己完結しやすいとミヒャエルは言う。
「逆に聞くがお前の知り合いというのは来ないのか?」
「私がアダムに振られたという情報は駆け巡ったでしょうからね」
そう言ってガブリエラが肩をすくめたときだった。
「ガブリエラ! 結婚おめでとう!」
「エーディトにロミルダ?」
「そう、あなたのお父様から話は聞いたわ。辛かったわよね」
ふたりのドレス姿の女性おを前にガブリエラが目を丸くする。
「まあ、アダムについては特に愛してはいませんでしたし」
「それなら今回の結婚は純粋に祝っていいのね?」
「ええ。いい男を捕まえたと思ってください」
ガブリエラがそう言ってミヒャエルの腕を抱く。
「まさかガブリエラがこっちの道に進むとは思わなかったわ」
「確かに戦史には熱心だったけど」
ふたりはガブリエラの大学時代の級友だ。
同じルートヴィヒ・フォン・ヴィッテルスバッハ大学文学部史学科で学んだ仲である。ガブリエラはアダムのことがあったので級友には遠慮して招待状を出さなかったが、どうやら父アルブレヒトが出していたようだ。
「で、おふたりのお目当ては?」
「よ、よかったら私たちにも軍人さんを紹介してもらえないかなー、なんて」
「はいはい。けど、既婚者が多いですよ?」
「地雷を踏まないようにエスコートしてくださる?」
ミヒャエルの同期でもヘルムートなどは立派な既婚者だ。
「後でね。今は私たちも挨拶で忙しいから」
「うん。期待してるわ」
やれやれ。史学科はそんなに嫁の先に困るものなのだろうかとガブリエラは思った。
「すいません。私の知り合いが」
「いや。軍人どもの方もフロイラインたちに興味津々のようだ」
装甲兵総監部時代の若手将校がエーディトたちに視線を向けている。
「出会いが少ないのはお互い様ですか」
「そのようだな。軍人は確かに平時には安定した職ではあるが」
しかし、そんな高給取りでもないぞとミヒェエルは言う。
「史学科はどうやら生活に困窮しているようで」
「俺も今までは史学科の女なんかに興味はなかったからな」
「今は?」
「興味津々だ」
ガブリエラとミヒャエルがにやりと笑う。
「ミヒャエル・フォン・ブロニコフスキー少将?」
「ああ?」
そこで見知らぬスーツ姿の男性が姿を見せた。
「失礼。お初にお目にかかります。大統領官邸スタッフのひとりです。この度はエアハルト大統領閣下から少将閣下と中尉殿にお祝いをと」
「これは、これは。大統領閣下もこのことを?」
「ええ。ご存知です」
それを聞いて身内に国家保安省の密告者でもいるんじゃないかとガブリエラは不安になった。
「こちらは閣下が新婚旅行で是非とも使っていただきたいと」
「これはまた」
ガブリエラはミヒャエルに渡された封筒の中身が合衆国の紙幣で詰まっていたことを確認した。
「合衆国は我々の絶対的同盟者でなければなりません。彼らに少将閣下と中尉殿から助言があれば、大統領閣下としても非常に助かるとのことです」
「畏まりました。お引き受けしましょう」
「では、よいハネムーンを」
エアハルト大統領の代理人はそのまま式場から去っていった。
「さて、ハネムーンは合衆国に決定らしい」
「仕方ありませんね」
「全くだ。仕方ない」
ガブリエラとミヒャエルはふたり揃って肩をすくめた。
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