実家との和解
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──実家との和解
ミヒャエルは暫くは国防情報局勤務だった。
帝国について分かったことをカナリス上級大将に報告し、カナリス上級大将がそれを受け取った。
「随分な騒ぎだったそうだが、黒幕を教えてやろうか、ブロニコフスキー少将?」
「いいえ。要らぬ感情は抱きたくありません」
「賢明な判断だな」
カナリス上級大将は事情を知っていたらしく、ミヒャエルの責任は問わなかった。
事実、帝国内部のネットワークには全く損害はないのだ。
今は新しく派遣された駐在武官とホルスト、ギュンターが情報収集に当たっている。
「しかし、ゲーリケ中尉と結婚か?」
「はい」
「彼女のは機密の守れる女か?」
「それについては疑いの余地はありません」
なるほどとカナリス上級大将は言う。
「そこまで信頼しているならばいうことはないが、君からの報告と分析がもう聞いた。そろそろ次の辞令が下るだろう。国防情報局での任務、短い間だったがご苦労だった」
「はっ」
装甲部隊に関する分析が終われば、ミヒャエルが国防情報局にいる必要はない。残る分析も国防情報局が行うだろう。
既に何に注目すべきかは示した。後はそのことに国防情報局が注目するかだ。
「さて、国防情報局の仕事は終わりだ」
「短かったですね」
「一時的に専門家が欲しかっただけのようだ」
それが終われば用はない、と。
「それより準備はできているか?」
「え、ええ。一応は」
「次の辞令が正式に降りてからでもいいんだぞ」
「大丈夫です。問題を先延ばしにしてもいいことはりませんから」
ガブリエラはそう言って微笑んだ。
「それに家族に私の方が正しかったと証明してやる機会です。逃しはしません」
「あまり実家との仲を拗らせるなよ。ある程度は和解しておけ」
ミヒャエルはそう言って、有名菓子店で買った菓子折りを持つと、相変わらず従兵を努めている──が昇進して軍曹になったヘンツェ軍曹に送られて、ガブリエラの実家ゲーリケ家の屋敷を目指した。
「警官にはちゃんと説明したんだろうな?」
「しましたよ。新しい仕事をしているって。警官は少尉の階級章を見たら納得してくれました」
「その経緯は俺が説明しなければならんわけか」
ガブリエラの実家は突如として出ていったガブリエラに捜索願を出していた。
警官は軍服を見て納得しただろうが、どうして軍人になったのかという点については確かに説明が必要だろう。
「まあ、家族も爵位持ちの共和国陸軍将官に文句は言いませんよ」
「お前の家族と聞くとどうもな」
ガブリエラのような人間ばかりの家族をミヒャエルは想定しているらしい。
そうなるとどうして陸軍婦人部隊に入隊したかを理詰めで問い詰められてしまうだろう。面白い発想をする女だったから、では通じない。
「大丈夫です。私は祖父に似ていて、家族は誰も祖父に似なかったそうですから」
「だといいのだが、こうことは最悪を想定しろというからな」
「戦争ですか?」
ガブリエラが呆れたようにそう言う。
「戦争のようなものだ。昔からこの手のことは戦争に例えられるだろう」
「色恋沙汰で戦争が起きたのは紀元前の話ですよ」
ガブリエラはそう言って、陸軍婦人部隊を制服のネクタイを直した。
「ほら、あなたもネクタイが曲がっていますよ」
「ん。すまん」
ガブリエラがミヒャエルのネクタイを正すと、車が止まった。
「ここで間違いありませんか、中尉殿?」
「はい。ありがとうございました、軍曹」
「それでは外でお待ちしております」
ガブリエラの実家の屋敷はガブリエラが出ていったときから特に変わった様子はなかった。
まだ屋敷を売却するまでには至っていないようだとガブリエラは思う。
「では、行きましょう、ミヒャエル?」
「ああ。ガブリエラ」
ふたりで正門を潜り、玄関のベルを鳴らす。
「お嬢様!」
「連絡を入れてありましたよね?」
「そ、そうですが……。それは陸軍の軍服で?」
「陸軍婦人部隊の軍服ですよ」
見知った使用人にそう言ってガブリエラとミヒャエルは実家に上がる。
「お前! ガブリエラ! 帰ってきたのか!」
「挨拶に来ただけです、お父様」
ゲーリケ家当主であるアルブレヒトが慌てた様子でやってくる。
「そ、そうか。隣にいるのが?」
「ミヒャエル・フォン・ブロニコフスキー共和国陸軍少将です。この度はご挨拶をと窺わせていただきました」
ミヒャエルが軍帽を抜いて頭を下げる。
「こ、これはどうも。しかし、その、連絡にあったことは本当なのですか?」
「はい。是非ともあなた方の娘さんを妻として迎えたいと考えております」
ミヒャエルは作ったような笑顔でそう言った。
「それは、こちらとしても是非とも。娘が見つけた恋ならば応援したいと思います」
アルブレヒトは少し言いよどみながら、そう返した。
アッヘンヴァル航空機産業の経営が傾いていることを父は知っているのだろうか。それで娘が新しく恋人を連れて来たことに喜んでいるのだろうかとガブリエラは疑る。
「まあ、ガブリエラ! 帰ってきてくれたのね!」
「挨拶に来ただけですよ、お母様」
妻のデリアも遅れながらやってきた。
「あなたがブロニコフスキー少将さんですか?」
「はい。この度はご挨拶をと。これをどうぞ」
「ありがとうございます」
ミヒャエルが菓子折りを渡す。
「まあ、お茶でもしながら話そう」
「ええ、お父様。そうしましょう」
ティールームに招かれる。
使用人の数は見るからに減っていた。もはや、ゲーリケ家の財政破綻は目前というところかとガブリエラは思う。
「ガブリエラ。陸軍では何を?」
「ミヒャエルの副官を」
「務まったのか?」
「それなりには」
ここでミヒャエルが笑いをこらえているのにガブリエラが気づいた。
「娘さんは副官が務まったどころか、共和国陸軍に大いに貢献してくれましたよ。心配なさらないでください。そのことを否定する人間はいません」
「そ、そうですか」
ようやく素の笑顔でミヒャエルが言うのに、アルブレヒトはただ頷くばかりだった。
「その、娘とはどこでお知り合いに?」
「喫茶店で。ある問題を共和国陸軍が抱えていたのに見事な解決策を娘さんは披露なさりました。そのおかげで陸軍の改革は進み、より強力な共和国軍が実現できたのです」
「そうですか……」
父は何やら悩んでいるのは自分にそんな才能はないと、ただの結婚のための駒だと思っていたからだろうかとガブリエラは思う。
「いや。あなたのような方に貰っていただけて嬉しい。娘の才能を今日この日まで知らなかった。娘の降伏を素直に祈りたい」
「ありがとうございます」
また作ったような笑みを浮かべるミヒャエル。
内心では今の今まで気づかなかったとか本気か? とでも思っているのだろうかとガブリエラは考えていた。
「ガブリエラ。すまなかった。あの時は思わず動揺してしまったのだ」
「いいですよ、お父様。おかげでミヒャエルに出会えましたから」
ガブリエラは詫びる父にそう返した。
「ブロニコフスキー少将。娘をどうかよろしくたのみます」
「ええ。大切なお嬢様をいただくのです。どんな宝石より大切にいたしましょう」
ミヒャエルには実家の財政のことはどうでもいいとは伝えていたが、彼は気にしているだろうかとガブリエラは思う。
「ハーフェル=ブランデンブルク首都州にこれだけのお屋敷を構えておくのは大変でしょう」
「え、ええ。ですが、息子が外務省で出世しましてな。今はそこまで苦労していないのです。お気になさらず」
兄が出世したとは初めて聞いた。
だが、それならばゲーリケ家は安泰かと思う。
「ガブリエラお姉さま!」
そこで甲高い子供の声が響いた。
「ああ。クラウディア。久しぶりね」
「うん!」
クラウディアは中学校に上がったばかりのはずだ。
「クラウディア。お客様にご挨拶なさい」
「初めまして。クラウディア・フォン・ゲーリケと申します」
アルブレヒトが言うのにクラウディアがカテーシーで儀礼染みた挨拶をする。
「お姉さま。このお客様は?」
「私の結婚相手よ」
「まあ! びっくり!」
クラウディアは興味深そうにミヒャエルを見る。
「お姉さまのこと、どれくらい好きですか?」
「言い表せないほどには。あえて言うなら空に瞬く星の数より」
「素敵ね!」
星の数より好きですというのは一時期流行った芝居のセリフであることをガブリエラは知っていたのでそこまで反応しなかった。
「君のお姉さんは陸軍中尉だから100名規模の中隊長が務められるんだよ。それでも俺の傍にいてくれるんだ。それぐらいお姉さんも俺のことを愛してくれているということだ。100人分、俺のことを愛してくれているんだ」
「ちょ、ちょっとミヒャエル!」
流石のガブリエラもこれには動揺した。
「お姉さま。情熱的なのね!」
「もう。ほら。お菓子を上げるからあっちに行ってなさい」
「はーい」
クラウディアが去るとアルブレヒトが笑っていた。
「実に仲がよろしいようだ。安心しました」
「では、よろしいですね?」
「ええ。娘を貰ってやってください」
こうして、ガブリエラたちが式を挙げる準備は整った。
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