釈放に向けて
……………………
──釈放に向けて
まず共和国大使ブリューニングがミヒャエルの拘束に抗議した。
彼には外交特権があり、逮捕されるいわれはないということを訴えた。
だが、帝国はその抗議を無視した。
だが、続いて皇国と合衆国、連邦からも非難声明が発表される。
「帝国は国際協定すら守らぬ三流国家」
ミヒャエルが拘束される場面が“何者か”によって撮影された写真とともに主要メディアの一面を飾り、合衆国では帝国大使館前で在合衆国エステライヒ共和国市民による抗議が行われる。
政治的な力を持つ彼らはときの合衆国大統領をも動かし、帝国に正式な抗議声明を発表した。
合衆国の世論が急速に反帝国でまとまっていくのを見て、脅威を覚えた王国と連合王国も帝国にミヒャエルを釈放するように圧力を掛ける。
彼らの抗議を裏切りだと罵りながら、帝国も事態が不味い方向に向かいつつあるのを察していた。
そして、ついに皇帝アレクサンドル3世から帝国内務省警務部警備局にミヒャエルを釈放するように命令が下った。
ミヒャエルに対する取り調べは拷問だった。
彼らはボロボロになった状態で傷を応急手当で治療され、共和国大使館前まで車で移送され、そこで釈放された。
共和国大使館前には情報を聞きつけてやってきた共和国メディア、合衆国メディア、皇国メディア、連邦メディアが待ち構えており、ボロボロになったミヒャエルの様子を撮影し、本国に写真を送った。
ミヒャエル・フォン・ブロニコフスキー拘束事件は結果として反王国・連合王国・帝国の同盟を強化することに繋がった。
共和国メディアは主要紙からタブロイド紙まで帝国の下劣な行為を批判し、合衆国などのメディアも同じように報じた。
帝国は国際協定を守らず、人権も守らぬ三流国家である、と。
それから帝国はそれに反発するように、のちにミヒャエルをペルソナ・ノン・グラータに指定して追放することになる。
だが、これに同調するように合衆国大使と皇国大使も大使代理を置いて帝国から退去することになった。
何はともあれ、釈放されたミヒャエルが大使館に戻ってきた。
「少将閣下! ご無事ですか!?」
「医者を!」
痣と火傷と切り傷だらけの体を見て、ギュンターが医者を呼ぶ。
「ブロニコフスキー少将閣下……」
「ははっ。この程度、大したことではない」
その様子を見てガブリエラが言葉を失うのに、ミヒャエルはそう言って返した。
「少将閣下。医者の手当てを受けてください」
「分かった、分かった。そう急かすな」
ミヒャエルはどうということはないというような態度で医者から診察を受けた。
結果、小さな骨折や裂傷、打撲、電気を使った跡などが見つかり、それらを大使館駐在の医者が治療した。
どういうわけかこの治療記録が共和国メディアなどに流れ、『民主主義国家の軍人を痛めつけた悪しき帝国』という論調の記事がいくつも書かれることになる。
「大丈夫……なのですか?」
「いつもの生意気さはどこに行った。こう元気しておるではないか」
ミヒャエルはそう言って笑ったが急にせき込んだ。
「もう! 大丈夫ではないではありませんか!」
「名誉の負傷だ。軍人にとって傷とは勲章よ」
ミヒャエルはそう言って鎮痛剤を2錠、口に放り込んで飲み干した。
「しかし、帝国も杜撰だな。こちらのネットワークは未だ健在だ。連中は自分たちの中にできたネットワークに気づかず、俺が怪しいという理由だけで捕まえたのだ」
「無理なさるから……」
「いや。どうやら俺は嵌められたらしい。帝国にではなく、合衆国か皇国に」
「合衆国と皇国が?」
ガブリエラは理解できず首を傾げる。
「新聞を見てみろ。合衆国のメディアは申し合わせたように反帝国ヒステリーを起こしている。これで合衆国は戦時体制の準備をすることができるようになった」
「まさか……」
「まあ、合衆国も必死なのだ。次の大戦には参加しなければならないが、まずは世論を納得させなければならない。そのための準備のひとつ、と言ったところだな」
仕掛けたのは同じ目的の皇国かもしれんがとミヒャエルは言う。
「何にせよ、これ以上累が及ぶことはない。ホルストとギュンターに残りの仕事は任せて、俺たちは撤収だ。幸いにして収穫があってからだったからよかった」
「よくありません!」
ガブリエラは思わず叫んだのに、ミヒャエルが目を丸くする。
「どれだけ心配したと思っているんですか。私がいくつ眠れぬ夜を過ごしたと思っているのですか。私はあなたのことがとても……」
「落ち着け。外に響く」
ミヒャエルはそう言って椅子から立ち上がると、ガブリエラの元まで来て、彼女を抱きしめた。
「子供のようなヒステリーを起こすのは貴様には向いておらんぞ。貴様は理屈で責め立ててくる方だろう。そう騒ぐな。また医者が呼ばれる」
医者の治療は拷問より痛いとミヒャエルは呟いた。
「でも私は……」
「ああ。ありがとう。拷問で死にそうになったとき、思い浮かんだのは貴様の顔だった。貴様が俺の遺産を受け取ってくれるか。それが心配だった」
「遺産の話はやめてください。縁起でもない。それにこれが終わったらご家庭を持たれるのでしょう私ではなく、遺産はその奥方となられる方にお譲りを」
「うむ。そうだな」
ミヒャエルが呆気なく同意して見せたので、ガブリエラは拍子抜けした。
「やはり俺も家庭を持って、責任ある立場になるべきだろう。そのために必要なのは愛すべき人だな」
「そこの将軍閣下の娘さんを貰われるので?」
落ち着いたおかげで段々と調子が戻り始めたガブリエラにミヒャエルがカギの付いた引き出しを開ける。
「ガブリエラ・フォン・ゲーリケ」
「はい?」
ミヒャエルがガブリエラをフルネームで呼ぶのにガブリエラが違和感を覚える。
「結婚してくれ」
そう言ってミヒャエルはダイヤモンドの輝く結婚指輪をガブリエラに差し出した。
「え、え?」
「何度も考えたが、貴様以上の女いないと分かった。貴様は副官として優秀だし、参謀として優秀だし、俺の気が付かないところに気づく」
ミヒャエルはそう語り始める。
「同時に伴侶としても貴様以上の存在は考えられん。貴様は俺の我がままに付き合ってくれた。いつもだ。普通の女なら愛想を尽かしてしまうだろうところでも踏みとどまってくれた」
ミヒャエルはガブリエラを見つめる。
「返事はすぐでなくともいい。考えてからでもいい。ただ、貴様のことを俺は思っているということだけ分かってもらえばいい」
「そんなのずるいじゃないですか。私のことを思っているなんて言われて、断れるわけないじゃないですか」
ガブリエラはミヒャエルにそう返す。
「いいですよ。結婚しましょう。あなたは自分勝手で、我がままで、子供っぽいですけれど、私が受け止めてあげます」
「ありがとう、ガブリエラ。嬉しく思う」
ミヒャエルはガブリエラの手の甲にそっとキスをした。
「だが、挙式はまだ先だな。まずは共和国に帰らなければならんし、このボロボロの格好で式にでるわけにもいかん。それに世間的にも俺はちょっとした有名人だ。ほとぼりが冷めるのを待たなければならん」
「もう、肝心なところで締まらないんですから」
ガブリエラが渋い顔をする。
「そういうところを含めて愛してくれるのだろう?」
「あなたが私を愛してくれるなら、ですね」
「それは問題ない。俺には貴様以外に愛する対象がない。貴様一筋だ。」
そう言われてよくも恥ずかしげもなくそんなことが言えるなとガブリエラは感心したのだった。
「これで実家にも顔が出せそうか?」
「どうでしょうね。あの人たちがどう反応するか分かりません」
「まあ、そこは無理しなくてもいい。挨拶には俺ひとりで行ってきてもいい」
「それはダメです。私も行きます。私の家族の問題ですから」
そろそろ実家とも和解しなければならないなとガブリエラは思った。
「では、ともに歩んでくれるんだな、ガブリエラ」
「ええ。あなたとなら」
ミヒャエルはそこで少し暗い顔をした。
「ここまで騒ぎになってはほとぼりを冷ますために、どこかの師団長になるだろう。その時に戦争が起きたら守ってやれないかもしれない。俺が戦死したら、遺産を自由に使って、再婚なり何なりしろ」
だが、軍人相手は止めておけとミヒャエルは言った。
「あなたが死ななければいいだけの話ですよ。生き延びてください」
「簡単に言ってくれる」
「愛してくれるのでしょう?」
ガブリエラは悪戯気に微笑んだ。
「ああ。貴様を、お前を愛そう、ガブリエラ」
そして、ペルソナ・ノン・グラータに指定されたミヒャエルたちは帰国することになったのだった。
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます