突然の拘束

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 ──突然の拘束



 晩餐会には王国、連合王国、合衆国、連邦、皇国、そして共和国を始めとする世界各国の大使が集まっていた。


 晩餐会は概ね和やかな雰囲気で進んでいた。


 やがて、晩餐会は夜会に変わった。


 ブリューニング大使が皇国の大使と話しているのを見ながら、ミヒャエルはシャンパンを口にしていた。


「やあ。共和国の駐在武官殿ですね?」


「これは大使閣下。お会いできて光栄です」


 連邦のエーヴェルト・ビルト大使がミヒャエルに話しかけてきた。


「君たちには感謝しなければならない。我々の軍備はかつてないほど強力なものになっている。帝国の催した場でこういうのも何なのだが、我々は未だ脅威にさらされているからね」


「お察しします」


 共和国はレオパルトAusf.A魔甲騎兵とSK105Ausf.A魔甲騎兵への転換で余剰になった歩兵魔甲騎兵と巡航魔甲騎兵を地下資源との取引をして、連邦に輸出していた。


 連邦はその全てをスオミ共和国と帝国の国境線に張り付け、一部はシャーシだけを残して、砲塔をコンクリート製のバンカーに据え付けたりした。


 余ったシャーシには連邦が開発している魔甲騎兵の砲塔が搭載されている。


 これを脅威と思って、帝国がスオミ共和国方面に軍を張り付けてくれれば、共和国としては脅威が減って万々歳。


「しかし、最新型についてはまだ輸出は?」


「検討している段階です。閣下は次の大戦で連邦はどうあるべきだとお考えですか?」


「我々はスオミ共和国の同胞たちに同情しているとだけ」


 それは領土奪還のために戦争をする準備があると暗に伝えているようなものだった。


「それはきっといい結果になるでしょう。機会を間違えさえしなければ」


「ええ。期待しております」


 共和国が帝国に反攻に出る際には、連邦が動く。その可能性はあるということだ。


 帝国は北方戦線、東方戦線のふたつを抱えることになる。


「ところで、あのご婦人は?」


 ミヒャエルはこの式典の場で目立つ美しいアジア系の女性に目を向けた。


「皇国の大使です。お相手は合衆国の大使ですね」


「ほう」


 皇国と合衆国は近年対連合王国政策で一致を見たと聞く。


 皇国も参戦するならば帝国は北で、西で、東で戦うことになる。


 まさに四面楚歌だ。


「女性の大使とは珍しいですな」


「なんでも皇室の家系に連なる方だとかで。確かに珍しいものではありますな」


 連邦のビルト大使はそう言うと共和国の大使に挨拶に向かった。


「終わったみたいだな」


 合衆国の大使が皇国の大使から離れる。


「ウィルソン大使閣下。ごきげんよう」


「ああ。ブロニコフスキー少将。今日はいい夜だね」


 合衆国の大使はウィリアム・ウィルソン。


 彼は駐共和国大使時代にミヒャエルと出会った知り合いであり、ミヒャエルは彼と合衆国の駐在武官を相手にいろいろと便宜を図った経験がある。


「連邦はどうやら我々の側に立つようですよ」


「それは何より。しかし、我々としては今は動けないよ」


 ウィルソン大使はそう言いながら人目を気にしてミヒャエルに囁く。


「君たちが戦争状態に陥ったとき、我々は極東方面から支援ができるかもしれない。皇国の大使は前向きだ。駐合衆国敷島皇国大使も同じように」


「しかし、参戦されるには条件がいるでしょう」


「我々が共和国に人道的支援を行おうとしたところを連合王国の軍艦に輸送船が拿捕される、または撃沈されるようなことがあれば、世論はあっという間に沸騰するだろう」


 我々合衆国市民は独立戦争と内戦のときに共和国から受けた支援を忘れていないとウィルソン大使はそう言った。


「もちろん、これは公式の決定ではないよ。だが、政府内では前々から持ち上がっていた話だ。イデオロギーを同じくする友と平和を分割する。合衆国、共和国、皇国で新しい秩序を作ろうと」


「素晴らしいですな」


 合衆国と皇国が東アジアで作戦を行うならば、王国領東アジア領は占領され、王国の石油確保のための手段は失われる。


 それから転戦し続けて連合王国領バーラト帝国に攻め込めば、独立の機運が高まっているバーラトは解放者として皇国と合衆国の軍隊を受け入れるだろう。


「皇国は抜け目ない。各地の民族主義者のリーダーたちを自国で民主的に教育している。軍事技術も授けているようだ」


「それはそれは」


 東アジアでの取り分は皇国と合衆国で6:4という具合だろうか。


 皇国は石油の確保という悲願を成し遂げ、同時に新しい植民地支配と呼ばれないように自国で教育を施した人間を使って政府を樹立する。


 それでも資源面では合衆国に依存しているバランスを保っている。


 合衆国はバーラトという市場を手にし、その経済圏を拡大させることができる。


 合衆国と皇国は東大陸で共和国と王国、連合王国、帝国が殺し合いをしているときに、死体漁りというわけだ。


 もちろん、本格参戦するならば合衆国海軍大西洋艦隊が連合王国の本国艦隊に対する抑止力として働くことだろう。


 共和国は損をしない。合衆国も損をしない。皇国も損をしない。


 イデオロギーを同じくするものたちが平和を分割するのだ。


 戦争によって。


「それでは、ブロニコフスキー少将。ご検討をお祈りします」


「閣下も」


 ウィルソン大使はそう言ってミヒャエルから離れた。


 ウィルソン大使はビルト大使と話している。


 連邦が次の大戦に自分たちの側に立って本当に参戦するのか確かめているところだろう。共和国製の玩具はいいものですなという言葉が聞こえてくる。


「さて」


 反王国・連合王国・帝国同盟となると外せないのは皇国だ。


「ご機嫌いかがでしょう、フロイライン」


「まあ、あなたが噂の?」


 ミヒャエルは皇国の女性大使に話しかけた。


 皇国の大使は酷く若く見える。アジア人は年をとっても若く見えるとは聞いたが。


「噂と言いますと?」


「ごめんなさい。共和国大使のブリューニング大使から変わった軍人さんがいると聞いて。何が変わっているのか教えてくださる?」


「私はごくごく平凡な共和国陸軍軍人ですよ」


 皇国の大使は扇子で笑みを浮かべた口元を隠しながらそう尋ねた。


「あら。わたくしとしたことが自己紹介がまだでしたわね。わたくしは霧川宮桜花」


「ミヒャエル・フォン・ブロニコフスキーです。どうぞお見知りおきを」


 皇室の人間だと聞いていたが、皇国も血筋だけで外交官を決めはしないだろうとミヒャエルは見ていた。


「帝国には悪いけれど、我が国はあまり今回の式典を歓迎していない。ニコライ殿下は南進派なのよ。彼がこうして力を持っていくのは皇国にとっては脅威」


 口元を隠したまま霧川宮大使が告げる。


「もちろん、帝国が南進するためには西方での安全を確保してから、だとは思っていますけれどね」


 とんだ狸だ。


 皇国のために共和国に帝国と開戦することを望んでやがるとミヒャエルは思った。


「我々は平和国家です。平和的に物事が解決されることを望んでおります。それが避けられぬ限りは」


「まあ、そうですか。私たちの国も平和を尊ぶものたちがいますわ。ですが、平和とは平和と念仏を唱えて手に入るものではなく、勝ち取るものではなくて?」


「そうでしょうな」


 合衆国と皇国はグルになって共和国に東大陸で暴れまわってくれることを望んでいる。皇国が帝国に侵攻して第二戦線を作ってくれるなら歓迎だがとミヒャエルは思う。


「帝国太平洋艦隊の拠点ウラジヴァストークの語源をご存じ?」


「東方の征服、でしたか?」


「ええ。我々はそのような都市がこの世に存在すること自体不愉快に感じていますわ」


 どうやら第二戦線を作る意志はあるようだ。


「ところで──」


「ミヒャエル・フォン・ブロニコフスキー!」


 そこで男の怒鳴り声が響いた。


「帝国内務省警務部警備局だ。スパイ容疑で貴様を拘束する」


「外交特権がある」


「我々はそのようなこと気にしはしない。来てもらおう」


 帝国内務省警務部警備局の捜査員たちはミヒャエルを後ろ手に手錠で拘束すると連行していった。


「何があった?」


「何事だ?」


 他の大使たちは騒然とする。


「帝国が自ら墓穴を掘ってくれるとは思いませんでしたわ」


「全くですな、レディ。これで帝国は外交協定すら無視する三流国家になり下がった」


 我が国の世論はより共和国に同情的になるでしょうとウィルソン大使は霧川宮大使に言った。


「我が国の世論もより帝国を脅威に見るでしょう」


「連邦も同様に」


「残念ですけれど、こうならなくてはならないのですよね」


 霧川宮大使は肩をすくめ共和国大使ブリューニングの下に向かった。


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