晩餐会の夜に

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 ──晩餐会の夜に



 共和国大使ブリューニングが帝国皇室の主催する晩餐会に招かれた。


 皇太子ニコライの20歳の誕生日を祝うものであり、駐在武官代表としてミヒャエルも出席することになった。


 ガブリエラは面倒な行事は遠慮したいと辞退した。


 ガブリエラは晩餐会の開かれている間、留守番組のギュンターたちと情報の精査を行うことにした。


「帝国の航空機産業は混乱状態です。空軍はひとつの飛行隊が5種類の航空機を装備しているなどという状況にあるようです」


「その情報は確かですか?」


「確かです。そのことはカールス大佐も確認しました」


 それでいて航空機の稼働率は整備状態が劣悪で、50%程度だろうと見られていた。


 いざ戦争になった時、空軍の航空機の半分が動かないというのは悪夢だろう。


「整備用のパーツを製造するよりも航空機の生産数を増やすことの方に力を入れているようですな。新規製造の航空機は大量にあります」


「そして種類もパーツもバラバラの航空機が大量に、と」


「ええ。戦時下になれば絞るでしょうが、平時は帝国の政治的腐敗のために絞れません。このまま無計画な空軍の膨張は続くでしょう」


 ギュンターが確認したうえでそう言う。


「戦闘機だけで8種類、爆撃機は戦術爆撃機が13種類、戦略爆撃機が3種類。ですが、注目すべき点もあります。彼らが戦術爆撃機として使用するものの中に、襲撃機という機種が存在し、それが非常に脅威なり得るということです」


 手に入った襲撃機のスペックを広げる。


「まず、速度は我が軍の戦術爆撃機み。防弾性能は戦闘機並み同様。それでいて爆弾などを600キロ搭載可能。中には37ミリ機関砲を搭載した対魔甲騎兵モデルの期待も存在します」


「生産量は?」


「さほど多くはありません。200機ほどが配備されていて、稼働率は60%程度」


 ギュンターが考え込む。


「空軍で迎撃できる見込みは?」


「こちらの戦闘機で撃墜できないということはないでしょう。ですが、従来の戦術では苦戦する可能性があります。空軍は高高度からの急降下攻撃による一撃離脱が戦術として確立しています。だが、この機体を相手に一撃必殺は難しい」


 もっと大口径の空対空機銃を積まなくてはとホルストは言う。


「12.7ミリでは撃墜できないと?」


「可能性としては。もちろん、戦ってみなければ分かりません。ですが、この防弾スペックが本当ならば、12.7ミリ弾を上手く当てないといけません」


 コックピットを狙ったりなどすれば一撃でしょうが、エンジン回りは難しいとホルストは報告されたスペックを見ていった。


「だが、こちらの戦闘機で撃墜できないほど分厚い装甲が我が軍の戦闘機と同じというのならば、敵も我が方を撃墜できないのでは?」


「それが敵は23ミリ機関砲を標準装備にしているようで。主に対地支援が目的でしょうし、この重量から見て格闘戦などできるとは思えませんが、万が一狙われた場合は不味いことになります」


 共和国空軍の戦闘機は12.7ミリ重機関銃を大量に配備し、命中率を上げるものだった。。それに対して、敵の襲撃機は23ミリ機関砲2門。


 格闘戦になれば軽快な動きの出来る共和国の戦闘機が勝利するだろうが、共和国はほぼ一撃離脱を戦術として教育している。


「問題は敵がその可能性を確信しているか、ですね」


「ええ。これだけの出力のあるエンジンが作れるにもかかわらず、戦闘機については複葉機やら、回転砲塔機やらで混乱しています。どうもこのスペックも本当にそのまま発揮できるのか怪しいところがあるのは事実です」


 ホルストは続ける。


「敵はこのエンジンの優秀さとこの機体の性能に気づいていないか、あるいはこのスペックはでたらめかです」


「この際、スペックがそのまま発揮された場合を考えるべきです。では、この機体の航続距離は?」


「そう長くありません。600キロから700キロ。戦術爆撃機としては狭い範囲です」


「それでももし我が軍の機動部隊が発見された場合、深刻な打撃を受けます」


 23ミリ機関砲も37ミリ機関砲も、魔甲騎兵の上部装甲ならば抜けるとガブリエラは説明する。


「こちらの機動部隊を拘束するには十分な能力です。こちらの装甲部隊に随伴する多脚自走対空砲で撃墜できるかどうか」


「陸軍の40ミリならば当たれば確実です。深刻な損傷を負わせられるでしょう」


 ホルストはガブリエラの懸念にそう言った。


「戦闘機についてはこちらの航空優勢確保の見込みは?」


「ほぼ確実です。戦闘機は特に稼働率が低く30%を切ってる部隊もある状況です。そして性能もバラバラですが、どの機体を相手にしても我が軍の戦闘機は勝利できます」


「ならば、そこまで心配する必要はないだろう。敵も航空優勢が取れていない状況で戦術爆撃機を飛ばすような真似はしないはずだ」


 ホルストの答えにギュンターがそう返す。


「帝国空軍のドクトリンは装備品の中からは見えてきませんね。どうにも政治的な意図が多く含まれているようです」


「そのようです。どの設計事務所も賄賂を使っていると言っています」


 共和国は航空機産業を引き締め、有能な航空機産業にリソースを多く注ぎ込むことにした反面、帝国では政治的腐敗により多くの航空機産業が魑魅魍魎と跋扈している。


「既に帝国の制空戦闘能力の低さは皇国との地域紛争でも現れています。彼らは閉じかけた包囲の扉を航空戦力によって破壊され、皇国軍を取り逃しているのですから」


「皇国というのも馬鹿にできないものですね」


 皇国の空軍力の強さはいくつもの地域紛争──主に大陸での軍閥同士の争いから分かっていることだ。


「空軍には絶対的航空優勢を確保してもらいたいのです。我が軍の動きが敵に分かれば、敵は対抗手段を講じるでしょう。敵の長距離カノン砲も、航空機による誘導がなければ、本来の性能は引き出せない」


 逆に言えば航空機による偵察を許せば、こちらの予備の機動部隊は封じられるとガブリエラは語った。


「帝国のこのふざけた空軍相手には負ける気はしませんな」


「そうであることを切に願います」


 ガブリエラはそれから装甲部隊に関する情報の精査を続けた。


 敵の魔甲騎兵はやはり8脚で間違いなし。だが、人工筋肉の出力は共和国のものよりやや低い程度と見られ、ガブリエラが睨んだように泥濘地帯での行動を考えているものと思われた。


 インフラの整備状況については極めて劣悪とされ、都市と都市を結ぶ道路すらまとも整備されていない状態。


 モータリゼーションは遅れに遅れており、そのことがインフラ整備の足かせになっているものと思われた。


 つまり、攻めるには弱いかもしれないが、守るには強いだろうと言うこと。


 こちらの兵站が相手の劣悪なインフラのせいで遅延するのに対して、敵は自国領土内に引きずり込めば引きずり込むほど、有利に戦えるようになる。


 帝国は冬かそれ以外かしかないというが、それも相手に有利に働く。


 冬の寒さはエンジンの稼働率を下げさせ、航空機の作戦を困難にする。


 では、どうするのか?


「D爆撃機計画は進んでいるのですか?」


「ええ。バウマイスター航空機産業が請け負うことで決まりましたよ。6発エンジンだそうで。世界最大の戦略爆撃機になるだろうと見られています」


「そうですか」


 D爆撃機計画。


 共和国本土から帝国の首都ドルゴルーキーを爆撃することはもちろん、ウラル山脈以東の工業地帯を爆撃する戦略爆撃機の計画だ。


「皇国がどう動くかも考えものですね」


「皇国ですか?」


「彼らと合衆国の関係は大陸北東部の開発で利害が一致しており、対立は少ないと聞きます。ですが、仮に合衆国が参戦したときに彼らも同じように動くか」


「ああ。彼らが動けば」


 西で共和国、東で合衆国と皇国という二正面作戦に帝国は陥る。


「陸軍の装備は空軍ほどバラバラではないようで、ある程度機種が一致しているようです。ただ、我々の中にない情報は敵が通常の魔甲騎兵とは別に重装甲の魔甲騎兵を作っていないかどうかです」


 共和国でもこれまで何度も主力魔甲騎兵と同列に88ミリ砲を搭載したものや、あるいは128ミリ砲を搭載した重魔甲騎兵案が出ていた。重装甲かつ重火力。機動力には欠けるが、動くトーチカとして運用できるもの。


 だが、帝国ではそんな計画はまるでないというように情報が入ってこない。


 そこで突如として大使館内に慌ただしい声が響き始めた。


「何事だ?」


「なんでしょう?」


 ギュンターがガブリエラと執務室の外を見に行く。


「ああ。君らか。大変なことになった」


「どうされました、大使閣下?」


 ガブリエラが慌てた様子のブリューニング大使に話しかける。


「ブロニコフスキー少将が帝国に拘束された。スパイ容疑だ」


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