もうひとりの大佐

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 ──もうひとりの大佐



「共和国陸軍の裏技って何なんですか? 教えてください」


「いいか。予備役将校訓練課程を通過したと認めるにはふたり以上、大佐以上の階級の人間が必要になる。逆に言えばふたり以上、大佐以上の人間が認めてしまえば、予備役将校訓練課程は通過したことになる」


「で、でも、私はまるで軍事学なんて……」


「安心しろ。本物の士官にするつもりはないし、なっても陸軍婦人少尉だ。前線に駆り出されたり、部下の命を預けられるようなことにはならん。そもそも予備役将校訓練課程はそこまで専門的に突っ込んだことは教えてない」


 ミヒャエルがタクシーで陸軍省に向かいながら話す。


「あれは戦時に大量動員をかけたときに、一応指揮の出来る人間を作った置くための制度だ。本物の士官にはとてもではないが及ばん。本物の士官が主戦線で戦い、予備役将校訓練課程の将校は後方の治安維持や国境警備をやらされるぐらいのものだ」


 そして陸軍婦人部隊は中央の通信管制とタイピストとミヒャエルは言う。


「そうですか。なら、いいですかど。二等兵より少尉の方が稼げそうですし」


「まあ、家族を養えるのは中尉からとは言ったものだが、ひとりで食っていく分には少尉で問題あるまい。贅沢をせず、官舎で暮らしていれば、食費はただだし、住宅費もただ。税金で養ってもらえるぞ」


「それは良いですね」


「その代わり、仕事をしろよ、仕事を」


 ミヒャエルがそう言う頃には、タクシーは陸軍省前で止まっていた。


「お手をどうぞ、フロイライン」


「どうも」


 芝居がかった仕草でミヒャエルがエスコートするのに、ガブリエラは笑わなかった。


「これから紹介する将校も装甲将校だ。俺と違って第1装甲師団の第11装甲連隊の連隊長を務めておる。実践的な意見が聞けるだろう。それに対して、貴様が昨日のような知識を振る舞えば、あっというまに2名の大佐からの承認が得られるというわけだ」


 ミヒャエルはそう言って陸軍省の中を進む。


「参謀本部もここにあるんですよね」


「ああ。陸軍最高司令部もな。最初は別々の場所にあったんだが、拡張工事が終わって、同居することになった。昔の参謀本部と陸軍最高司令部は辺鄙な場所にあって交通の便が悪かったからありがたい限りだ」


 ミヒャエルの話を聞きながら、ガブリエラは陸軍省の中を見渡していた。


 圧倒的に男性が多い。陸軍層の官僚も、軍人もほぼ男性だ。


 女性の姿はちらほらとは見かけるがどれも顔がいい。


「随分と面食いの人事担当がおられるようで」


「おいおい。貴様は俺たちがタイプライターに欲情するとでも思ってるのか?」


「それ、失礼ですよ」


「だが、事実だ」


 確かに陸軍婦人部隊という立派な名前はついても平時は通信とタイピストの仕事だけだ。だが、彼女たちなしには戦争はできないこともまた事実。人事命令書から報告書のひとつに至るまでタイピストである彼女たちが作っている。


 通信についても野戦通信兵は男性だが、後方の通信を行うのは彼女たちだ。前大戦では陸軍婦人部隊が共和国本土防空網の通信を担っていたと聞いている。


『──今、ここに私は宣言する! 北はティルピッツハーフェンの北海艦隊から南はターラントの地中艦隊の海軍将校と水平諸君に! 西はライン地溝帯から東は東プロイセンを守備する陸軍将校と兵士たちに! 強い共和国を取り戻そうではないか! 我々は今こそ前大戦の呪縛を乗り越え──』


 おかれているラジオが叫ぶような演説を伝えていてる。


 国家戦線党のオットー・エアハルト大統領の演説だ。


 彼の大規模な国土改造計画によって失業者は大幅に減り、物流の流れがよくなったことで景気も回復傾向に向かっている。同じ右派政党でも中央党などは国家戦線党の5ヵ年計画を“社会主義的”と虚仮降ろすが、正直今の政治は複雑怪奇だ。


「こっちだ」


 ミヒャエルはガブリエラを陸軍省の部屋のひとつに案内した。


「俺の執務室だ。時間には厳しい奴だ。もう待っているだろう」


 ミヒャエルはそう言って扉を開けた。


「カール! 久しぶりだな!」


「お前の方こそな、ミヒャエル。いきなり呼び出して何か用か?」


 カールと呼ばれた男性はミヒャエルと同じ30代ごろで、ミヒャエルと同様に軍人らしい顔つきをしている。その鼻は高く、目はやや落ちくぼんでいて、そしてその瞳には知性の色が確かに窺えた。


「紹介しよう。カール・フォン・クライストだ。俺と同じ装甲将校。こっちはガブリエラ・フォン・ゲーリケ。昨日喫茶店で会った」


「おい。大丈夫なのか? 素性の知れない女を陸軍省に入れるなど」


「それについては国家保安省と国防情報局が行っているさ」


 カールが尋ねるのにミヒャエルはそう返した。


「それよりも、だ。聞いてくれ。シュリーフェンの親父から与えられていた課題が解決した。俺たちは次の大戦に勝利できるぞ。それとも最小限の流血でな」


「ふむ。聞かせてもらっても?」


「それについてはガブリエラが説明しよう。全て彼女の発案だ。具体的な調整については俺たちがやらなければならないが、グランドデザインはできている」


「……本当なのか?」


 カールがガブリエラにそう尋ねる。


「一応の理論としては私が考えました。ただし、私は現場のことを知りません。その点大佐殿は現場のことを知っておられる。是非ご指摘ください」


 そして、ガブリエラは語り始めた。


 低地地方への攻撃を最初に話すとカールは露骨に嫌な顔をした。前大戦の敗北の原因が繰り返されるだけではないかと。


 だが、アルドゥエンナの森の突破と機動部隊による回転ドアを知った時には聞き入っていた。最短で7日で包囲は関係するという言うのだ。


 それから機動防御。敵の機動戦力を相手にした場合、どのように戦うのか。機動部隊の防御への活用にカールは発想がまるで異なると感心するしかなかった。


 そして全縦深同時打撃攻撃。この攻撃を防ぐ術は今の陸軍ドクトリンには存在せず、発動させれば勝利が確約された戦い。このスケールの大きな戦いに感嘆の息しか出なかった。装甲部隊の運用としては理想的。いや、絶対こうあるべきとすら思える。


「理論についてはよく分かった。ミヒャエルが君に期待していることも当然だろう。装甲将校としてキャリアを積んできた我々が思い浮かばなかったことを君は提示して見せたのだ。これは注目に値する話である」


 カールは淡々と、だが確かな興奮を示してそういう。


「だが、君の理論を実行するには穴がある。我々の魔甲騎兵が、君の示すドクトリンにそぐわないことだ。今、共和国陸軍には2種類の魔甲騎兵が存在する」


 カールが語り始める。


「ひとつは歩兵魔甲騎兵。これは塹壕戦を想定して作られた兵器で、歩兵に支援に当たることも主任務とする。重装甲、低速、半端な火力。それも装甲部隊ではなく、歩兵師団に配備されている。管轄も歩兵科だ」


 歩兵魔甲騎兵。


 重装甲の装甲を有するが、鈍足で、火力は主砲は24口径75ミリ砲、副砲は30口径47ミリ砲。とてもではないが、敵の魔甲騎兵と交戦して勝利することはできない。ただ、敵のバンカーや塹壕に砲劇を加えるには十分ということろであった。


 塹壕の突破しか考えていない共和国陸軍の志向の表れだ。


「もうひとつは巡航魔甲騎兵。これは敵部隊を追撃し、殲滅するためのもので、快速ながら、軽装甲、低火力だ」


 巡航魔甲騎兵。


 歩兵魔甲騎兵とは真逆に快速である反面、装甲が薄く、火力も低い。主砲は46.5径37ミリ砲。敵の魔甲騎兵に対しては豆鉄砲である。改良型のモデルでは42口径50ミリ砲が採用されているが、それでも火力不足は否めない。


「この巡航魔甲騎兵が装甲部隊の主力を成す。最近は急速に42口径50ミリ砲への転換が進んでいるが、それでも敵の歩兵魔甲騎兵を相手にするのはことだ」


 装甲部隊の有効活用が叫ばれる中、このような戦力では勝てる戦いも勝てないだろう。これは軍がこれまえ魔甲騎兵を“塹壕突破を支援するための道具”としてしか見ていなかったことの表れでもある。


「机上の理論としては君の発案は最高だ。だが、装備が不足している。我々にはもっと有力な装備が、必要なのだ」


 カールはそう言ってガブリエラを見た。


……………………

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