ああすれば、こうする
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──ああすれば、こうする
魔甲騎兵はその機動力によって軍の装甲部隊の主力となった。
この新しい兵器を巡っては今も様々な議論が行われているが、言えるのはもはや初期のようにただ塹壕を乗り越えられればそれでいいという役割だけでは満足していない人間がいるということ。
今も世界中で魔甲騎兵の新たな運用手段についての議論が行われている。
そして、ガブリエラは装甲部隊と自動車化歩兵部隊を集中運用することで、敵を包囲殲滅できるということを示した。
「しかし、防衛しなければならない後方連絡線は400キロに及ぶ。快速部隊が進撃に成功したとしても、この400キロに及ぶ側面と後方連絡線を守らなければならない。それについてはどうする? 歩兵部隊がこの穴を埋めるのには時間がかかるぞ」
眼帯の大佐はガブリエラが指示した進撃路を指さす。400キロというのは26個師団で守り切れるものではない。少なくとも今の世界の技術によって成り立つ26個師団では。
「北部から側面を突く動きには、低地地方からの圧力で対処します。問題はストラティスブルグムから北上する戦力ですね」
ガブリエラは駒の動きを変える。
「一部の装甲部隊によって南部に楔を打ち込みます。南部に向けて僅かに前進。これを以てして我々の狙いが前大戦のときのようにストラティスブルグムの包囲殲滅にあると思わせられるでしょう。それに、です」
ガブリエラは続ける。
「快速部隊は次々に後方に現れるのに冷静さを以て対処できますか? 革命戦争中でも予備戦力の適切な投入こそが勝敗を決すると言われてきましたが、戦況が切迫しているときにそれが適切に行われたことはありません」
「ふむ。そう言われれば敵は大混乱に陥るだろうな……。しかし、南部への楔か。確かにこれならば敵は予備戦力を我が軍の側面に投入できなくなる。そして、そうやって稼いだ時間に歩兵部隊で包囲を完成させる」
快速部隊の進軍した経路に歩兵師団の駒を並べていく。
「これで北部は殲滅。そして動けないストラティスブルグムの敵に向けて機動し、そのまま南部の敵も殲滅。かくして、前大戦の悲願は叶うのであった、と」
快速部隊を南部に向けて機動させ、南部ストラティスブルグムにいる敵勢力を一挙に殲滅して見せる眼帯の大佐。
「よくできている。実によくできている。まさにこれこそが我々の求めていたものだ。装甲部隊こそが勝敗を決する。だが、まだ貴様の作戦には穴がある」
「と、言いますと?」
ガブリエラが紅茶で喉を潤してから尋ねる。
「砲兵だ。どうしても砲兵の進軍速度は遅くなる。そして、砲兵は戦場の女神と言われるほどに重要だ。魔甲騎兵の火砲だけでは敵を押さえつけられない。砲兵を欠いた戦闘部隊は戦闘部隊として機能しない」
砲兵。
その重要性は前大戦で多くの軍人が嫌というほど経験した。前大戦は砲兵同士の殴り合いだった。歩兵は泥沼の塹壕に浸かり、砲兵がお互いの陣地を撃ち合い、シェルショックで兵士がおかしくなる。
そして、革命戦争の時もそうだったが、砲兵こそが戦場の女神である。圧倒的な制圧力。途轍もない破壊力。砲兵が砲弾によって耕した道を、どの部隊も前進するのだ。
「快速部隊では砲兵は自動車化されていないのですか?」
「されてはいるが、歩兵を運ぶトラックと砲兵を運ぶトラックのどちらの負担が大きいかは言うまでもなかろう。火砲は重い。軽榴弾砲ですら戦闘重量は2000キロ近くあり、それに加えて砲弾も運ばなければならない」
眼帯の大佐はため息を吐く。
「快速部隊を、装甲部隊を活用したいのは俺も同じだが、これは大胆過ぎる」
快速部隊による夢のような突撃計画を前に眼帯の大佐が額を押さえる。
「それでは空軍の力を活用しては?」
「空軍? ああ、空軍か。確かに今の空軍は前大戦の玩具のようなそれとは違う。海軍の作戦に従事する連中は自分たちは戦艦を沈められると豪語しているし、陸空軍の合同演習も始まったばかりだ」
そう言って再び眼帯の大佐が地図を睨む。
「航続距離を考えると……攻撃範囲に収まるな。問題は空軍をどう説得するか……」
コンパスを定規を使って地図の上に示されたガブリエラの進撃経路を眼帯の大佐が計算し、納得したように頷く。
「なるほど。砲兵の代わりに空軍か。空軍は爆弾を一度落としたら終わりなので、砲兵と違って持続的制圧性に欠けるのが難点だが、突破できさえすればどうにでもなるだろう。貴様の作戦は上手く行きそうだぞ」
「それは大変結構なことで」
眼帯の大佐が嬉しそうに言うのにガブリエラもちょっと満足していた。
「だが、敵が南部に打ち込んだ楔が陽動であることを見破られることや、回転ドアへの一押しに参加してくれるか、また本当に敵予備兵力による側面攻撃はないのか、当日の天候は空軍が支援するのに十分か。まだまだいろいろと不確定要素は多い。だが、装甲部隊にとってはこれは最良の作戦だ」
そこで眼帯の大佐はにやりと笑った。
「しかし、よくこんな大胆な作戦を思いついたものだな。確かにアルドゥエンナの森は敵も突破を予想していないだろう。敵の注意は低地地方に雪崩れ込む我が軍に向けられているだろうからな。もしや、親類に軍人がいるか?」
「祖父は騎兵大将でした。ですが、私が生まれたときには他界しております。親類に他に軍人はおりません。それにこの作戦を考えたのはある意味では私ではありません」
「ふむ。というと、先にこの作戦を立案した人間がいるのか?」
「前大戦末期に行われた9月攻勢をご存じですか? あの時に使用された浸透戦術がこの作戦のベースです。敵の抵抗の弱い地点を探り、突破し、後方に抜ける。9月攻勢ではそれが大規模に行われました」
「ああ。浸透戦術そのものの発案は残念ながらルーシニア帝国の将軍だがな」
「そう、泥沼の塹壕戦を打破するために行われた作戦と戦術です。それを装甲部隊と自動車化歩兵部隊で再現したに過ぎません。歩兵より進軍速度は早いそうなので、9月攻勢のように敵の予備軍投入を受けて頓挫することは、今回はないでしょう」
そう言ってガブリエラは紅茶に口を付ける。
「快速部隊による浸透戦術か。それならば頭の固い上の将軍たちを説得できるな。前例があるわけだから。参謀本部も前例主義だ。古典的な発想しか認めようとしない。だが、これでようやく将軍たちを動かせそうだ」
眼帯の大佐は愚痴りながらも満足そうに頷いていた。
「だが、聞くが、敵がどうようの攻撃を仕掛けてきたらどう対応する? こちらの脆弱な地点に快速部隊を投入してきた場合、貴様ならばどうする?」
眼帯の大佐は興味をそそられた表情で尋ねる。
「そうですね……」
ガブリエラは少しばかり兵科記号の入った駒を並べて考える。
「分かりました。まず弱い抵抗を繰り返します。撤退に撤退を続けて結構。敵に弾薬と燃料を消費させます。それから敵が十分に自分たちの陣地内に入り込んだところで複数の快速部隊を使って敵を挟撃、包囲殲滅します」
「快速部隊に快速部隊をぶつけるのか」
「ええ。快速部隊というのは表現的に足が速いだけに聞こえてあまりよろしくないですね。ここは機動部隊と呼びましょう。機動部隊によって疲弊した敵機動部隊を複数の方向から挟撃し、殲滅してしまう。それが私の答えです」
「なるほど。撤退を世論と政府と軍上部が許しさえすれば、後手からの強力な一撃となるな。興味深い。貴様、なかなか面白いことを思いつくな。史学科が何を教えているか知らんが、共和国の役に立つ勉強をさせているようだ」
「お褒めに預かり光栄です」
ガブリエラは自分の学んだ史学が最後に役に立ったようでちょっと安堵した。
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