討論の夜

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 ──討論の夜



 機動部隊の防御は理解した眼帯の大佐。


「しかしだ。このような対抗手段があるならば敵がそれを取ってこないとは限らない。敵も魔甲騎兵を有し、自動車化された歩兵師団を有している。敵も機動戦力を有するというわけだ。敵が先の述べたような縦深防御を取った場合、どうする?」


「最初からそれを想定するならば、突破口をより拡大するでしょう。アルドゥエンナの森のみならず、複数の、それでいて敵が見落としている場所を突破します。それによって敵の機動部隊の対応を飽和させます」


 ガブリエラがそう言って装甲部隊の駒を広げる。


「その点において砲兵は重要でしょう。敵の予備の機動戦力を叩き、動きを封じ込める。前線のみならず後方の予備戦力も叩く。また降下猟兵部隊も敵の予備戦力を拘束するために投入してもよいかと」


 ガブリエラは降下猟兵師団の駒を敵地後方に並べる。


「しかし、この戦いにおいては回転ドアを重視します。敵に低地地方こそが主攻だと思わせなければなりません」


 ガブリエラは降下猟兵師団の駒を低地地方に移す。


「低地地方の要塞群の制圧に降下猟兵師団は当てて、敵に低地地方をメインに攻めているのだと思わせるべきです。降下猟兵師団を装甲部隊の進路に展開させることは、そちらが主攻であるという真意を図られてしまいます」


 ここでの戦闘の主眼は低地地方に敵を回転ドア方式で誘い込むことだ。


「ふむ。確かに回転ドアを意識すればそれが得策だな。以前の歩兵を装甲部隊と自動車化歩兵部隊に置き換えただけで、前大戦と同じ回転ドアか。古典的ではあるが、これはカンナエの戦いに匹敵する包囲殲滅戦になるだろう」


「カンナエは言い過ぎでは……」


 カンナエの戦いは戦史上、稀有な大勝利だった。その後、勝者であったカルト・ハダシュトが同じ戦術を使ったザマの戦いで古代ロムルス共和国に敗北するまでを含めひとつの歴史だとガブリエラは記憶している。


 そうであるが故にカンナエの戦いに今回の作戦を例える眼帯の大佐には不安しかなかった。もう、まさに相手が同じ戦術でやり返してくるようではないか。


「ところで、だ。敵がその複数の突破口から侵攻し、かつこちらの予備の機動戦力が降下猟兵師団、砲兵で拘束された場合。その場合はどうする」


「どうしようもありません。そこまでの敵の戦力の結集を許した時点で敗北は決まっています。少なくとも今の技術ではそうです。これからそれを打ち破る画期的なドクトリンが開発されるかもしれませんが、現状では敵の結集を阻止することしか」


「そうか。貴様はなかなかいい。できないことはできないという。世の中にはできもしないことをできると言い張る人間がいるからな。……特に空軍には」


 最後の呟きは縄張り争いだろうと聞かなかったことにしたガブリエラだ。


「面白い。面白いぞ。もっといろいろと貴様の話が聞きたい。貴様の分の代金は払ってやる。何でも頼め。ここは24時まで営業している。聞かせてくれ。今の共和国陸軍が取れる戦略について、戦術について」


「ふむ。私が思いますに、共和国陸軍がこれまで装甲戦力の集中運用を思い浮かばなかったことの方が疑問なのですが。どのような戦いにおいても戦力は集中して運用するものだと史学を学んだ身としては感じております」


 ガブリエラが逆に述べる。


「どうして共和国陸軍は装甲戦力の集中運用を思い浮かばなかったのですか?」


「それは魔甲騎兵が開発された当時の時代まで遡る」


 眼帯の大佐は語り始めた。


「前大戦の主役は砲兵と歩兵だった。装甲戦力などというものは大戦末期まで存在すらしなかった。だが、塹壕を乗り越える手段として多脚装甲戦闘車両──魔甲騎兵が生まれる。本来の目的は塹壕を越える歩兵の支援だ。敵の機関銃を叩き、塹壕を制圧し、歩兵の突撃を支援する。ここまでは知っているな?」


「ええ。史学でも学ぶ範囲です」


 前大戦のことは既に歴史になっている。とはいっても、存命の当時の将軍や将校がいる以上、革命戦争のように過ぎ去った過去としては扱えない。ある意味ではまだ客観的に読み取れない、生きた歴史だ。


 恐竜を研究する研究者は恐竜の過去に思いを馳せる。それと同じく史学ではかつての過ぎ去った歴史について思いを馳せる。だが、その歴史が生きているとなるとちょっと面倒なことになる。


 生きた歴史というのは利害得失が関わって客観視できない上に、生き証人という名の信頼できない話し手が関わってくる。


 もちろん、全ての歴史がそのような問題を抱えていないとは言えないが、前大戦は史学で語るにはやや早すぎ、最先端のトピックとして語るにはもう遅すぎるという中途半端なものだった。


「だから、最初独立した装甲部隊は存在しなかった。今でも魔甲騎兵を主力とする一部の装甲部隊があるだけで、全師団に魔甲騎兵は分散している。歩兵の支援に当たるんだから歩兵ものだってことでな。そういうわけで師団レベルでも装甲戦力の集中は行えていないのが現状だ」


「では、なるべく早く変えられるのがよろしいかと」


「そう簡単にいけば苦労はせん。貴様だって一度与えられたものを取り上げられたら嫌な気分になるだろう。歩兵師団の師団長たちとてそうだ。自分たちを支援してくれるはずの魔甲騎兵を取り上げられれば腹が立つ」


「個人の感情としてなら理解できますが、軍隊とは組織でしょう? 組織として個人の感情が優先されるというのは非合理的です。組織として、正すべきところは正すべきです。それができない組織に国防は任せられません」


 魔甲騎兵という玩具を与えてもらって喜ぶのは結構だが、組織としてそれを別の方法に運用すべしという判断が出たならばそれに従うべきだ。組織に個人の感情を持ち込むのは、それこそ組織としての腐敗だ。


「言いたいことは分かる。俺としても苦々しく思っている。だが、上の、前大戦を経験した将軍たちの頭にある戦争というのは、また泥沼の塹壕戦を繰り広げて、その塹壕を突破するための戦術レベルの魔甲騎兵の運用だ」


 連中は塹壕戦というものに憑りつかれていると眼帯の大佐は語る。


「貴様の示したような装甲戦力の集中運用などまるで思いつかないのも当然だ。連中はまた塹壕をひとつひとつ制圧していくという古臭い戦争に囚われておるのだからな。魔甲騎兵は塹壕を越えるためのもの。それ以上でもそれ以下でもないというわけだ」


「宝の持ち腐れとはまさにこのことですね」


「痛いところを突いてくれる。俺には政治は分からんが、幸い今の大統領は装甲部隊を重んじてくれている。大統領も前大戦では陸軍士官でな。終戦時には戦地昇進で少尉だったそうだ。塹壕戦を経験しているからこそ同じことを繰り返したくはないのだろう」


「それで参謀本部に?」


 装甲兵の徽章を輝かせた大佐が参謀本部にいるというのはそういうことだろうかと思う。大統領による政治的登用。そんな考えがガブリエラの頭に浮かんだ。


「馬鹿を言え。参謀本部がそれほど政府に従順ならば今ごろ全装甲部隊が装甲師団として編成し直されている。俺が昇進したのは実力とそれこそ貴様のように将軍たちの痛いところをついてやるこの舌よ」


 そう言って眼帯の大佐が舌をベロンと出して引っ込めた。意外にお茶目な人なのだなとガブリエラは思った。


「無理だと言えば可能だと返す。可能だと言われれば疑問を呈する。それを買われて、参謀本部勤務となった。常識から外れた考えをするからこそ、今の地位にある」


 そう言ってから彼は落ち込んだ様子を見せた。


「だがなあ、まさかただの史学科出の小娘に出し抜かれるとは思わなかった。俺は前大戦の焼き直しを防ごうといろいろと考えておったのだが、ここまでギャンブル染みた作戦でそれが成せると言われるとは」


 彼は本当に落ち込んでいる様子で、ガブリエラは少しばかり申し訳なくなった。


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