大規模演習

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 ──大規模演習



 ガブリエラが参謀本部でディートリヒの部下になり、それと同時にミヒャエルの下に赴任した。


 ミヒャエルは既に師団長としての仕事を始めており、第3装甲師団との演習の予定を組んでいた。


「実際に魔甲騎兵や多脚歩兵戦闘車を動かしての演習になる」


 ミヒャエルはそう言った。


「訓練弾を?」


「ああ。色の付く弾だ。これでも当たれば痛いがな」


 歩兵用の小銃には訓練弾が準備されており、薬莢は本物だが、絵の具を飛ばすものが配備されている。


 魔甲騎兵の砲弾にも訓練用のものがある。


「だが、今回はそこまで弾が飛び交うようなことにはならない。お互いに機動力を試すためのものだ。それから戦闘団制度が上手く機能するか」


 戦闘団は今のところ机上演習でしか部下を持っていない。


 それに実体のある部隊を与え、指揮させることで問題を洗い出そうということだった。もう戦闘団長のポストも不人気ではなくなり、また装甲将校の育成も追いついて来たことから、装甲戦闘団は機能するだろうと思われていた。


 だが、動かしてみないことにいは不安なのは確かだ。実戦では思いもよらぬことが起きる。それを事前に洗い出しておくことに疑問の余地はない。


「機動防御を想定しての演習となる。第3装甲師団が対抗部隊役で、演習場をフルに使っての演習を行う。第3装甲師団はいい相手になるだろう。あそこにはいい装甲将校は集まっておる」


「私はさしずめ記録係ですか」


「馬鹿を言え。お前は参謀本部から第1共和国親衛装甲師団に着任した参謀のひとりだ。頭を回転させてもらうぞ。この演習で勝てなければ、機動防御は机上の空論だと言われかねない」


「全く。大変ですね」


 だが、やりがいがあることは確かだ。


 これまで何度も机上での演習は行ってきたが、実際に魔甲騎兵を動かして、自分の理論の正しさを証明する機会は始めてだ。


 これが上手くいけば、次の大戦での勝利に一歩近づく。


「では、地図を見せてください」


「これが演習場の地図だ」


 演習場は共和国成立以前から軍の基地や演習場として使われてきた場所で広大な面積を誇る。


 だから、こそ機動戦が試せる。


 ガブリエラはじっくりと地図を見る。


 どの場所で敵の攻撃を受け止めるか、どの場所まで後退するか、どの場所で敵に反撃に出るか。それらをゆっくりと、だが確実に精査し続ける。


「頭に入ったか?」


「ええ。後は部隊を動かすのみ、ですよ」


「俺もだ。一応意見を交換しておこう」


 ミヒャエルから意見を述べたが、ほぼガブリエラの意見と同じもので、多少の修正を加えて、原案とした。


 だが、戦争とは相手がいるからこそ成り立つもので、戦争の相手がどのような手段に出るか分からないのが戦場の霧だ。


「アレクサンダー戦闘団とフェリックス戦闘団、ラインハルト戦闘団。この3つで戦うことになる」


 師団司令部でミヒャエルがそう言う。


 戦闘団はそれぞれの指揮官の名前を冠され、装甲大隊2個と装甲擲弾兵大隊1個を基礎に砲兵や工兵などを含めた諸兵科連合を構築する。


 今回の演習ではアレクサンダー・ケンプフ大佐、フェリックス・クリューガー大佐、ラインハルト・シュミット大佐の3名の装甲戦闘団指揮官が師団を動かす。


 もちろん師団長であるミヒャエルはこれらの戦闘団を指揮し、さらには師団直下の部隊を使って戦闘団を援護することになる。


 演習の準備は早朝から始まり、ミヒャエルと第3装甲師団の師団長が挨拶を交わしてから、演習がスタートした。


 第3装甲師団は装甲将校が多く、かつ第1共和国親衛装甲師団の親衛という称号を剥がしてやろうと躍起になっており、勇猛果敢に攻撃を仕掛けてくる。


「前線に出るぞ」


「ええ」


 ミヒャエルたちは39年式指揮通信車両で前線に出て、様子を観察する。


 今はアレクサンダー戦闘団が攻撃をソフトに受け止めつつ後退しており、それに伴ってフェリックス戦闘団とラインハルト戦闘団が移動する。


「第3装甲師団は一点突破を目指しているな」


「彼らの規模から考えれば突破口は狭いはずです」


「そうだな」


 アレクサンダー戦闘団はゆっくりと後退を続ける。


 その際にガブリエラは戦闘状態にある魔甲騎兵を間近に見た。


 恐ろしく迫力のあるものだった。


 6本の足が大地を踏みしめ、その巨体を駆動させる。


 敵の魔甲騎兵の砲撃を受けて撃破と判定された魔甲騎兵がゆっくりと車体を降ろしていく。装甲擲弾兵を乗せた多脚歩兵戦闘車が駆け抜け、演習場は土煙が立ち込める。


 砲兵の砲撃が行われるが撃ち込まれるのは無害な発煙弾だ。


 砲弾の影響を受けて通り抜けにくくなったという判定の道を迂回して第3装甲師団は追撃の手を緩めない。向こうの3個の戦闘団を使って、突破口を開こうとしている。


 向こうは梯団方式で突破口を開こうとしている。


 戦闘団を縦に並べて、先頭の部隊が道を切り開き、後方の部隊が戦果を拡張する。


 だが、今のところアレクサンダー戦闘団は犠牲を最小限に抑えながら、敵を引き込んでおり、両翼のフェリックス戦闘団とラインハルト戦闘団が反転攻勢の準備に入っていた。間もなく反撃予定地点だ。


「砲兵に一斉射撃を命じろ。敵は懐に入った」


 敵は狭い谷間で渋滞を起こしており、アレクサンダー戦闘団がこの時点で後退を中止し、反撃に転じる。装甲擲弾兵大隊の牽引式対装甲砲が敵の魔甲騎兵を迎え撃ち、加えて魔甲騎兵が逆襲する。


 思わぬ反撃を受けたことと、渋滞によって部隊が満足に動かせない状態で、第3装甲師団の攻撃が止まる。


 そこにフェリックス戦闘団とラインハルト戦闘団が両翼から後方の敵戦闘団を攻撃し、この挟撃によって第3装甲師団は包囲された。


 第3装甲師団は前方への脱出を目指すが集中した砲撃と第1共和国親衛装甲師団の装甲擲弾兵の粘り強い抵抗、そして魔甲騎兵の待ち伏せもあって攻撃は完全に頓挫。


 その後、完全な逆襲に出たアレクサンダー戦闘団とフェリックス戦闘団、ラインハルト戦闘団の攻撃を受けて壊滅と相成った。


「実際に部隊を動かしてみての経験はどうだ?」


「砲撃のクレーターは十分な障害になり得ますね。少なくとも今回の演習では第3装甲師団は砲撃のクレーターによって渋滞を起こしています」


「クレーターか。砲兵の支援は重要だが、道路を砲撃するのは避けた方がいいな」


 まずガブリエラが気づいたのは砲撃のクレーターは障害物となり得ること。


 迅速に突破しなければならない西方戦役ではクレーターひとつでも渋滞が起きてしまいかねないということが分かった。


 砲撃はもちろん、空爆によるクレーターも警戒するべきだろうとガブリエラは付け足した。前線航空管制官にはその点に注意してもらわなければならない。


「それから未だに我々は有線通信に頼っているという点です。無線が傍受される危険があるのは分かりますが、それでも有線通信を使うならば、相手の通信線を狙って砲撃や攻撃を加えても効果があるかもしれません」


「なるほど。確かにな。通信線を遮断すれば、敵の野戦軍も後方の司令部と連絡が取れずに右往左往することになるだろう」


 こちらの降下猟兵とコマンド部隊には通信線も攻撃の目標に入れさせるかとミヒャエルは言った。


「そして、何より敵地後方に魔甲騎兵が現れたら敵は大混乱に陥るだろうことが実感できました。魔甲騎兵の迫力は抜群です。これが群れを成して敵地後方に現れたならば、敵は冷静な判断などできないでしょう」


「逆に言えば、俺たちも帝国の魔甲騎兵の突撃を受けたら、まともでいられるかということになるな」


「ええ。ですので、平時からこのような演習を。それから机上演習も繰り返して行うべきです。予備の機動戦力投入のタイミングを間違ってはいけません」


 その点、今回はベストでしたとガブリエラは言う。


「見事な演習だったということだな」


「ええ。得るものが大きく、また実戦でも機動防御は行えるという証になりました」


 ミヒャエルはにやりと笑うと第3装甲師団師団長との挨拶にガブリエラを連れて行き、彼女の口から今回の第3装甲師団敗北の原因を教えさせた。


 索敵の不十分。地形把握の不十分。そういうものがあげられ、第3装甲師団の師団長は参ったというように両手を上げた。


「だが、全体としては装甲部隊にあるべき行動でした。攻撃と機動。それらは十二分に発揮されていたかと思います」


「そう言ってもらえて助かるよ」


 第3装甲師団の師団長はミヒャエルと再度握手を交わし別れた。


「私に悪かった点を上げさせるのはダメですよ。あなたの口から言わないと」


「俺が言うと嫌味のようになるからな。お前ぐらいソフトに伝えてもらえる方がいい」


 ミヒャエルはそう言って演習に参加した将兵たちを労う挨拶に向かった。


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