共和国の継戦能力

……………………


 ──共和国の継戦能力



「元帥閣下。お言葉ですが、閣下の計画には穴があります」


「ふむ。聞こうか」


 ブルモフスキ元帥は余裕の態度だった。


 どうせ小娘の言うことだとでも思っているのだろう。


「まず、爆撃を続けるためには資源が必要だと言うことです。その資源が共和国には致命的に不足しています」


「……燃料か」


「それもありますが、エンジンを作るための金属は陸軍でも必要とされます。全てを空軍に回すわけには行きません。実際、閣下の誇る戦略爆撃機を作るのに頼ったのは?」


「合衆国だ」


 ブルモフスキ元帥はそう返した。


「合衆国には中立を維持してもらう。そうすれば資源は輸入できる」


「お言葉ですが、閣下は前大戦のことをもうお忘れですか? 連合王国は中立国の船舶だろうと、共和国に向かうならば拿捕し強力な海上封鎖を実施しました」


「では、今回は連合王国の海上封鎖を破ればいい。我々の派遣したパイロットによれば海軍航空隊のパイロットも敵戦艦すらも撃沈できる能力がある」


「その海軍航空隊を運ぶ空母は今現在共和国に何隻ありますか?」


 そこでブルモフスキ元帥は言葉に詰まった。


「1隻だ。だが、来年度には2隻増える」


「まずその1隻は小型のもので練習任務にしか使われておりません。そして次の2隻が増えたところで連合王国は6隻の空母を持っています」


「だが、海軍は強力だと大統領も」


「宣伝です。実際、“海軍休日ネイバル・ホリデー”の間、共和国は割り当てられていた戦艦の保有数を満たすより、経済政策に投資しました。今になって慌てて戦艦を作っているようですが、あまりに遅い」


 そう言われるとブルモフスキ元帥も黙らざるを得なかった。


「もちろん、海軍が全くの無力だとは言いません。41センチ砲の戦艦4隻、38センチ砲の戦艦4隻というのは無視できない戦力となるでしょう。港に引き篭もっていれば」


「現存艦隊主義か」


 忌々し気にブルモフスキ元帥が言った。


「そうです。ですが、もし合衆国が参戦するならば、我が共和国の海軍も出撃のチャンスが現れます。そのためには合衆国に共和国の側に立って戦うメリット──つまり、勝利できる見込みがあることを示さなければなりません」


 ガブリエラが続ける。


「そのための陸軍の“陣取り合戦”です。我々は計算上1ヵ月で王国を降伏に追い込めます。我々が西方に向けて突破したならば、合衆国に共和国の側に立つメリットを鮮烈に印象付けられるでしょう」


「い、1ヵ月で王国を降伏に?」


「元帥閣下の戦略空軍では恐らく数年はかかるでしょう。それも向こうが無為無策ならばの話です。敵はこちらの爆撃機を撃墜する方法を何かしら見つけ、実行するでしょう。そうすれば勝利はさらに数年先へ」


 そうなると金属は? 燃料は? とガブリエラが問う。


「つまり閣下の戦略空軍は結局のところ籠城した城から敵の軍隊に向けて投石機で石を投げる程度の効果しか及ぼせないです。そして、戦史の常として解囲の見込みのない籠城戦は籠った側が負けます」


「私の戦略空軍はもっと遠くを攻撃する。敵の戦争インフラだ」


「では、閣下。戦争インフラを民間インフラを区別して攻撃できると仰るのですね?」


「その通りだ。いや、市街地も目標のひとつに入るだろう。敵の軍需工場に工員を提供しているのも敵の市民なのだから」


 ブルモフスキ元帥は戸惑いながらそう返した。


「それでは合衆国は我々の味方に付きません。合衆国は民間人が犠牲となるような戦争には参加しないでしょう。少なくとも参加する前の段階では彼らは民間人の死を容認しません」


「……では、軍事インフラに限る」


「それだけの爆撃の精度が閣下の戦略爆撃機にはあると? 急降下爆撃は低高度爆撃ならともかく、閣下の想定する高高度からの爆撃では民間人の犠牲をゼロにできますか?」


「分かった、分かった。認めよう。民間人に多少の犠牲者は出る」


 ブルモフスキ元帥は押されてきているのを感じ取っていた。。


「その多少の犠牲が小学校であったり、病院であったりすれば?」


「……ここまで育てた戦略爆撃機の軍団に何もするなと言いたいのか?」


 ガブリエラの指摘にブルモフスキ元帥は静かにそう返した。


「いいえ、いいえです。合衆国が我が国の側に立って参戦さえすれば、閣下の戦略爆撃機は自由に行動できるでしょう。そのためにはまずは陸軍の“陣取り合戦”にご協力願わなければならないのです」


 それからとガブリエラは付け足す。


「我々は連王王国本土上陸作戦において敵の空軍基地を無力化する必要があります。そのためにも閣下の戦略爆撃機と航続距離の長い戦闘機は役に立つでしょう」


「君は……人を動かすのが上手いな、少尉」


 戦略空軍は完全な間違いだったとは言わず、時と場合に応じて戦略を変化させることを促す。それがガブリエラのやったことだった。


「私からは以上です。後はブロニコフスキー大佐殿が」


「閣下。空軍から海軍航空隊に派遣したパイロットは確かに戦艦を撃沈できるのですね? それは今、海軍航空隊ではなく、空軍に?」


 ミヒャエルがガブリエラからバトンタッチする。


「そうだ。第4航空軍団と第5航空軍団。そこに戦術爆撃機は集めてある。中には君の言うように戦艦を撃沈するパイロットもいる。水平爆撃でも、急降下爆撃でも」


「それを是非とも地上支援に当てていただきたい。それから戦闘機を。ありったけの戦闘機を西方に投入していただきたい。我々は絶対的な航空優勢を必要としています」


 ブルモフスキ元帥が答えるとミヒャエルが食らいつくようにそう言う。


「しかし、海軍は単独で目標を攻撃するだけだが、陸軍との共同作戦になると誤爆を避けたりしなければならないだろう。解決策はあるのかね?」


「ありません。ですが、空軍には全力を尽くして地上軍を支援していただきたい。そうすれば西方への扉は開け、合衆国は参戦するのです」


 そうすれば閣下の戦略爆撃機も全力で行動できるでしょうとミヒャエルは言う。


「分かった。近いうちに合同演習を実行しよう。陸空の連携強化のためだ。しかし、本当に君たちは1ヵ月で王国が落ちると思っているのかね?」


「1ヵ月で落とさなければ共和国に未来はないだけです」


「なともまあ、随分な陰謀に引きずり込まれてしまったな」


 これは参ったというようにブルモフスキ元帥が後頭部を掻く。


「約束しよう。空軍は陸軍を西方の突破において支援する。そのための演習も近日中に実施する。ただし、本当に1ヵ月で勝ちたまえよ?」


「もちろんです、閣下」


 共和国は王国に1ヵ月で勝利する。


 東方戦線を抱えながら。


「いいんですか、あそこまで言い切って」


 空軍省からの帰りの車でガブリエラがミヒャエルに尋ねる。


「何を言っているんだ。1ヵ月で勝ってみせたのは貴様だぞ?」


「ですが、不安定要素が皆無なわけでは」


「より確実なものにする。そのためには空軍の協力が必要なのだ。俺は陸軍単独で1ヵ月で勝利できるとは一言も言っておらん」


「ずるい人です」


「貴様の真似をしただけだ」


 ガブリエラが肩をすくめるのに、ミヒャエルが笑って返した。


「貴様にかかれば元帥杖など何の意味も持たんようだ。これからもいろいろと説得しなければいけない連中はいる。そういう連中を説き伏せる時は、頼むぞ」


「分かりました。微力ながらご協力させていただきます、大佐殿」


 やれやれ。この大佐殿は手のかかる人だとガブリエラは思った。


「一先ずは空軍との共同演習だ。連中の練度を見てみよう」


……………………

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