28.策、なのか?

 私がスラーニャに声を掛けるも、彼女は起きる気配はなかった。


 致し方なく寝入ったままのスラーニャを抱いたまま、踵を返す。


 奴隷商だか野盗だか知らないが鞭を振るって騒いでいる男の方へと赴き。


「騒がしい、子供が起きる。余所でやれ」


 そう告げた。


「あん? 舐めた口をきくじゃねぇか! オメェのガキもうっぱらって――ごぎゃっ!」


 最後まで言わせず右の拳をその顎に叩き込んだ。


 大丈夫、まだ理性的な対応だ。


 殺してないし、大丈夫。


「お、オメェ、な、殴ったな! おい、仲間呼んで来い!」

「止めて置け。聞いた噂通りならば、奴隷商カラホとその仲間たちは一夜にして全滅だ」


 転がるオークに仲間を呼べと殴られた男が喚くと、水面みなも使いだと言う剣士が声を掛けた。


「な、何を言ってやがる! こんな子連れ野郎一人!」

「子供を抱えた野盗殺し、子を連れた刺客、子連れの剣鬼、そう呼ばれる異常な奴がいると聞く」


 剣士の名前は確かワイズだったか、そいつが落ち着いた様子で言葉を連ねる。


 しかし、大層な二つ名が付いていたものだ。


「黒髪の父親に金髪の娘、そして黒髪の親父のレベルは1」

「レベル1だぁ? そんな奴に何ができる! 刺客だか剣鬼だか知らねぇが俺たちが」

「普通はレベルが上がるものさ、それだけ殺していれば。……おい、あの男のレベルを見て見ろ」


 取り巻きにそう声を掛けるとワイズは私をじっと見据える。


「へ、へい! ……あ……。あいつ、レべル1ですぜ! あんなに早く殴れるのに、レベルが1だっ」


 取り巻きは驚き声を上げた。


「レベルいちぃぃ?」

「奴隷商カラホはレベル1の男を脅した挙句に殴られて仲間を呼び寄せた……それだけで物笑いの種だが、万が一敗れて見ろ? お前ら、生きて行けるのか?」


 ワイズはそう語りながら剣を片手に立ち上がった。


 そして、私に向かって言う。


「ガキを殺す仕事、それだけに野盗を集めるなんておかしな話さ。ましてや貴族が、だ。ここの領主はお前と結託してあぶり出しているんじゃないのか? 楽な仕事と浮かれて出てくる連中を」


 ……それは誤解も良い所だ。


「後ろ暗い仕事であるにせよ、集め過ぎなんだよ……。ついでに言えば指示も不明瞭。十歳前後のガキを殺るのか、五、六歳のガキを殺るのか……十四、五の独り立ちしてもおかしくない年齢の若造相手なのかすら教えねぇ」


 どうなっている? アーヴェスタの当主はどういう心算なんだ? まさか、本当に野盗をあぶりだすためだけに私たちを利用しているのか? どちらが倒れても奴にとって損はないが……。


「お、俺たちは騙されたってのか!」

「グロー兄弟の一党、イナゴと呼ばれるダグヌ一家は既に全滅、そいつを壊滅させたのがそこの男だろう。……出来過ぎなんだよ」


 ……いや、本当に偶然なんだけれども。


 困ったように周囲を見渡す。


 私の視線を受けて奴隷商は震えあがり、ワイズは冷たい怒りを向け、その取り巻き達は身を竦ませる。


 宿の主や給仕をしていた受付をしていた男は、そう言う事だったのかと言いたげに得心顔であり、連れの面々を見やると皆が笑いをかみ殺している。


 しかし、言われてしまえば確かに不自然。


 故国の兵法にある二匹の餓狼をけしかけて互いに喰らい合わせ利を得ると言う双狼互喰そうろうごしょくの教えを思わせる。


 これに思い至らなかったのはアーヴェスタは敵であると私が考えていた為だろう。


 でも、そうなると王に対する反乱まで伝えてしまうのは諸刃の剣ではないのか?


「何とか言ったらどうだ?」

「さて、返す言葉もない」


 誤解させる事にもなろうが、何を言っても無駄だろう。


 そもそも本当に言葉が浮かばないのだから仕方ない。


 何を言ってもただの言い訳にしか聞こえないだろう。


「ほう、潔いな。表に出てもらおうか」

「一戦するかね?」

「そう言う策であるならばすぐにでも退散すべきだろうが、舐められたままでは終われん」


 致し方なし。


「娘は、置いても良かろう?」

「その方が気兼ねがなくて良い」


 そいつは何より。


 私は皆の元に戻り、スラーニャを差し出すとロズ殿が受け取る。


 そして、先に出たワイズの後を追い、路上での決闘と相成った。


※  ※


 ワイズの構えは思った通り聖ロジェ流の物だった。


 私はトンボに構えながら口を開く。


水面みなもを使うとか?」

「応よ」

「見てみたい」

「……良かろう」


 告げた途端にワイズの剣に異様な力のみなぎりが見える。


 魔力の類だろうか? だが聖ロジェ流の今の最高峰の使い手たるラカ殿の剣にはそんな余分な力は無かった。


 やはり紛い物か? それとも……。


 私が様子を見ていると、ワイズは剣で大地を叩く。


 水面に石を投げた際に生じる波紋のように、周囲に魔力による衝撃波が放たれた。


 ゆえに、水面か。


 戦場ならば多くの武勲をあげられそうな技だ。


 だが、これは聖ロジェ流の奥義たる水面ではないだろう。


 迫る衝撃波を裂ぱくの気合を放ちながら剣を振り下ろして相殺し、私は閃く。


 私は既に本当の水面を見ていたのだと。


 衝撃波の余波を身に受け、腕や顔に傷を作りながらも私は踏み込み、ワイズに肉薄しながら剣を振り上げる。


 驚愕の表情を浮かべたワイズを尻目に、私はその剣を空高く跳ね上げた。


「貴殿のそれは水面ではない。水面とは己を傷つけず、戦う相手も傷つけぬ技。いや、技などではないだろう。いかなる技にも対応し、技を返す事で未熟を悟らせ、戦いを終えるもの。私にも、貴殿にも至らぬ境地の事」


 ワイズの剣が回転してけたたましい音を響かせると、ワイズはがっくりと膝をついた。


「殺せ」

「利用されているのは貴殿らばかりでもないようでな。それよりも貴殿は真面目に剣の技を磨くと良い。今より真っ当な暮らしを出来るはずだ」


 傭兵にならずとも、魔獣の駆除でも食っていけるだろうと言い添えて踵を返す。


 と、私の視界に奴隷商が泡食って逃げる後姿が飛び込んできた。


 その夜のうちに多くの荒くれ者が街を逃げ出したのは、ワイズの語った仮説をあの奴隷商が大仰に伝えた為だろう。


 こうなると、アーヴェスタの当主は野盗と言う駒も使えなくなった訳だが……。


 どこまでが奴の策の内なのか。


<続く>

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