35.アーヴェスタ館での戦い
ロズ殿が庭先の見える部屋へと一度入り、しばしすると外から声が響いた。
「ス、スケルトンだっ!!」
その声に館の警備の者達は驚きの声をあげる。
「こんな昼間にだと!」
「父祖が怒って起き上がったか!」
ともかく制圧せねばと何人もの戦士が庭先へと飛び出すと、急ぎロズ殿がアゾンを伴い部屋から出て来た。
「二階の方が広く指揮が出来る、それに見つかりにくい筈!」
「ならばこの手の館は大抵玄関の前に階段がある。走り抜けるぞ!」
私たちは一路玄関ホールを目指して駆ける!
騒ぎに臆して可使用人たちの姿はなく、玄関ホールにたどり着くとそのまま階段を駆け上る。
「くそ、くそっ! 一体なんだって……っ! お、お前らは?!」
二階に登り切ると騒ぎに怯えていた風の戦士が私たちに鉢合わせ、驚きに目を瞠った。
下手に手心を食われば窮地になる、私は有無を言わさずにその無防備な首筋を剣で薙いだ。
吹き上がる血飛沫と倒れ伏す戦士を乗り越えてロズ殿は二階の一室に素早く入り込む。
途端に悲鳴が起こった。
どうやらメイドがその部屋に避難していたようだ。
「貴公に用はない、去れ!」
ロズ殿が鋭く告げるとメイドは慌てて部屋から出てきて、我々を見てまた悲鳴を上げる。
「ご女中、ゆえあってアーヴェスタ家に敵対する事になったが、刃向かう戦士と当主アイヴァーの命以外奪おうとは思わん、早々に去りなさい」
私がそう告げると、震える足でメイドは階段を転がるような勢いで降りて行った。
「アゾン、ロズ殿を頼むぞ」
「はい」
「それと、軽々と命を捨てるなよ。教えるべきことは多い」
「はい、先生!」
アゾンは頷き、スラーニャを見やって。
「気を付けるんだよ」
そう言うが早いか、ロズ殿が術を行使しているであろう部屋に入り扉を閉めて入り口の守りを固めた。
「参ろうか」
「
スラーニャを抱えると私は周囲を見渡す。
今のメイドの悲鳴は私たちの襲撃を敵に知らせるものではあったが、一方で、私たちに敵の居場所を教えるものでもあった。
悲鳴が上がったために返って慌ただしい気配がする箇所がある。
嫌々でも警備を任される者が今更慌てるはずもない。
戦うすべのない使用人ならば息を殺して身を潜めるはず。
ならば、そこにこそアイヴァーがいるのではないか。
そう当りを付けて慌てふためく気配がする方へと駆けだした。
外でも争いの音が響いているようだが、幾人かの戦士が私の向かう先から駆けてくる。
「な、何者!」
「己が子を亡き者にしようとし、あまつさえ正道に立ち戻らんとしたアーヴェスタの現当主を幽閉する暴挙許し難し! ましてやその当主の命を人質とし、多くの家臣を従わせるアイヴァーは万死に値しよう!」
「ほ、ほざけっ!」
溜まりに溜まったうっ憤を晴らすつもりは無かったが、思わず舌鋒鋭く口上など述べてしまうと戦士の一人が我に返って斬りかかって来る。
金属の銅鎧に具足に籠手、ならば狙うは関節部と首、そして頭だ。
無造作に剣を振り上げて来たその一人の首を狙って横凪に剣を振るえば、その戦士の首が飛ぶ。
「お、おのれ!」
二人目が叫ぶ頃には既にトンボの構えを取っていた私は、左手にスラーニャを抱いたまま叫ぶ二人目の頭目がけて剣を振り下ろした。
が、その戦士はどうにか頭を動かし致命傷を避ける。
とは言え、振り下ろされた剣は首元近くに落ち、金属鎧は我が一撃でへこみ、肉を破って鎖骨をも折る。
最早戦力になるまいが、その戦士はあろう事か私の剣を掴んで叫んだ。
「い、今だっ!」
己の命を投げ捨てるような戦い方をする。
仕える主はどうであれ、見事な忠節と言えた。
だが、一人仕留めた私には次の武器がある。
パッと剣の柄より手を離せば、近くに倒れ伏した首なし死体から剣を奪い、私に斬りかかって来ていた三人目に向かって投げる。
「馬鹿な……」
寸分たがわず喉を貫かれ絶命した三人目の姿を見て、手傷を負った戦士が呻いた。
「アーヴェスタ家の戦場の剣、見せてもらったぞ」
私はそう告げて、なお戦おうとした戦士に止めを刺した。
「あの傭兵たち……レードウルフが数年がかりで至った境地に彼らは瞬時に至った。流石は名に聞こえしアーヴェスタ家の家臣。このような者達も敵となる事を心得よ」
「……
スラーニャも敵の気迫に飲まれかけたか、少しばかり返答がぎこちなかった。
野盗ならばこうも矜持を見せるような戦いはしない。
……或いはアーヴェスタ家との戦いはこれより本番と言った所か。
陽動が功を奏してかそれ以上の抵抗はなく、館の奥へとたどり着く。
領主の部屋か、見事な調度品が並ぶ広い部屋に数名の男がいた。
「先手を打つとは、名に聞こえし剣鬼よな」
「事情はあろうとも、敵対はせぬと言ったのに翻した。剣名が泣きますな、サレス殿」
怯えた様な壮年の男が声を上げた。
「殺せ、殺すのだ、サレス! ワシの栄達を阻む忌み子とその鬼を!」
「この子は忌み子ではない! 我が子だ!」
その言葉から壮年の男こそがアイヴァーだと知れた。
今もって殺せなどとほざくその男を見て悟る。
私こそがスラーニャの父であると。
いかに血がつながっていようとも、そんな物は今この場では何も役に立たぬ。
「……我が剣名は既に地に堕ちた。それでも、護らねばならぬ物がある!」
サレス殿は血を吐く様な言葉を吐き出しながら剣を構えた。
いわゆる大剣に属する身長ほどはある剣を。
「それは私とて同じこと。スラーニャよ、己が身は護れるな?」
「だいじょうぶ」
スラーニャを降ろすと彼女は壁際に離れ、印字打ちの用意を始める。
「ええい、今斬り殺せば良かった物を!」
「ご領主。それは無理でしょう、あちらにも相応の用意がありますれば」
真っ黒いローブを羽織り黒いフードを被った怪しげな男がそう語る。
私は、その語り口にどこか懐かしさを覚えた。
<続く>
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