43.救援へ

 話を終えて部屋に戻ると、ロズ殿はスラーニャを抱えて私のベッドで寝入っていた。


「お帰り、おやじ様」


 抱えられたスラーニャは少し眠そうにしながらも私に気付いて手を振る。


「これはどういう状況だ?」

「ロズママはね、おやじ様の看病をずっとしてたから疲れて寝ちゃったんだよ」


 ママ、か。


 ロズ殿に母を重ねることを危惧していたが、こうして本当に母親になるとなるとそれも杞憂だったか。


「なあ、スラーニャ」


 先ほどまではロズ殿が座っていた椅子に腰を下ろして我が娘に声を掛ける。


「うん? なぁに、おやじ様」

「本当に良かったんだろうか」

「何が?」

「ロズ殿と結婚をしようと言う事は、お前の為になるのだろうか?」


 わだかまる不安はある。


 父として優先すべきことがあるのではないかと思わない訳ではないのだ。


「嫌いなの?」

「そんな訳あるか。これほどの佳人が私に嫁ぐなど奇跡だと思う。だが」

「だったら良いんだよ。ロズママはね、優しいだけじゃない強い人だけれど。……ずっと一人だったから」

「ロズ殿が山中で目覚めたのは然程前の話ではないぞ?」

「違うよ、もっと前から一人だったんだよ。だからね、死んだ人と話をしたがったりしたんだよ、呼べばお話しできるから」


 スラーニャは誰について語っているのだろうか。


 もしかしたら、ロズ殿の元になった姫君のことかもしれない、或いは迷宮の主である魔女のことかもしれない。


 この子は時折、人の性を見抜くような言動をする。


 一目で危害を加えてくる刺客か否かを見抜いた事もある。


 だが、ここまで深く語ったことは無い。


「それはいつ分かったんだ?」

「うーん、いつだったかなぁ」


 ふぁと大きな口を開けてスラーニャは欠伸をする。


 ロズ殿もそうだがスラーニャにも心配をかけた。


 ロズ殿に抱かれているので少し撫でづらかったが、そっとその頭を撫でやるとスラーニャは少しはにかんだような笑みを浮かべる。


「おやすみ、スラーニャ」

「おやすみ、おやじ様。ロズママは暖かくて柔らかいんだよ」


 ……そうか、それは少し羨ましい。


 だが、父の威厳もある、そんな考えをおくびも出さずにそうかと笑って見せた。


 ――バレてないよな。


 ともあれ、スラーニャはそのまま眠ってしまう。


 守るべき者がいる、きっと私には大事な事なのだろう。


 大義でもなく、国益でもなくただ愛する者を守る、その為に剣を振るうのだと考えると力がみなぎって来るのが分かる。


 私は人を斬るより他には能の無い男だ。


 戦場で数多の敵を殺した男でもある。


 そんな男が人並みの幸せを手にして良い物か、かつては悩んだ。


 今でも、時々思いはするがスラーニャが、娘が私の道行きを照らしてくれた。


 彼女と出会わなければ、あの時赤子を託されなければ私はきっと道を踏み誤っていただろう。


 剣に生き、剣に倒れる……それを本望として。


 だが、そうでは無い。


 私にとって真に必要な物はスラーニャでありロズ殿であったのだ、と今は思う。


 別に大義に準ずる事を否定しない、国の為に戦う事も否定しない。


 ただ、私にとってそれらは剣を振るう真の意味とは違うと言う事だ。


 ……微かに聞こえる寝息をただ聞いているだけで満たされるような思いがある。


 声を聞いているだけで、共に居るだけで満たされる思いがある。


 もし、それを奪い去ろうとする者がいるのならば……必ずや我が刃がその命を奪う。


 それが例え神であろうとも。


 屍神ししんならば殺せよう、彼の神の生みの親たる妖術師も殺したのだから。


 しかし……芦屋卿はよくあの傷で生きながらえた物だ。


 いや、そう言えば十年近い歳月が流れているのにまるでお年を召していない事に今更ながら気づく。


 だが、それは私も似たようなモノ。


 内臓の一部を土の呪物に変えた所為か、呪術師としての素養を開花させたためか加齢は遅くなった。


 ……それでも三十路前後の見た目にはなったが。


 芦屋卿も似たような物だ。


 互いに何かしらの魔術的な物に目覚めたのだろうが……って、待てよ?


 まさか老いぬ私が老いたスラーニャを看取る事にはなるまいな?


 そんな事は無いか……人とエルフの相の子の物語でもあるまいに。


 しかし、エルフとの相の子で思い出されるのはキケやテクラだ


 彼らは無事であろうか? 手違いとは何が在ったのか?


 イゴーやワイズらが一緒らしいがどういう組み合わせだ?


 分からない事だらけだ、それにアゾンはどこまで雑用とやらを片付けに行ったのだ?


 考える事は山のようにあり、今更そんなことに気付いた自分自身に呆れる。


 どこかで浮かれていたのかもしれない。


 気を引き締めなくては志半ばで息絶えることになろう。


 しっかりしろ、馬鹿者め。


 自信を叱咤しつつ、ラギュワン師にアゾンの事を問いただすべきかと考えあぐねていると、件のアゾンが帰ってきた。


「れ、連絡つきました! シャーランの国境を離れてこちらに向かっていたそうですが、エルフの射手に囲まれてルーグ砦跡で立て籠っているそうです!」

「ルーグ砦跡か、城壁もない過去の砦、さて手練れでもエルフの射手相手に何日持つか……」


 アゾンの声に対してラギュワン師がそう告げる声が聞こえた。


 私は一声かけるべく部屋を後にする。


 別に彼らは守るべき家族ではない。


 だが、ひと時とは言え旅路を共にした仲間だし、何よりキケはまだ坊やだ。


 子供がひどい目に合うのは見たくも聞きたくもない。


 その結果、シャーラン王国にて父親を亡くしてむせび泣く子を大ぜい作ることになっても彼らを助けないと言う選択肢はない、我ながら身勝手な事だとは思うのだが。


「助けに行こう」

「せ、先生! もう起きて大丈夫なのですか!?」

「大事無い。それよりも先ほどの話はキケたちの事でありましょう? 助けに行かねば」


 そう告げる私を見てラギュワン師は大きくため息をついた。


「仕方ない男だ。今日は娘どもは安堵して寝入っている事であろうから、明日にでも向かうか」

「そんな悠長な」

「ルーグ砦跡、本来ならばここより七日は掛かる距離だが……わしに秘策がある。明日に出立して明日にはたどり着ける」


 ……そんな馬鹿なと言えないのがこのお方の力だ。


 大呪術師ラギュワン師がそう言うのであれば、明日に備えて体調を整えるとしよう。


 鍛錬も再開せねばならないし。


「アゾン、日々の訓練は欠かしていないか?」

「はい、先生!」


 その言葉に偽りないようで前に見た時よりも腕も足腰もしっかり剣を振る下地ができている。


「なれば明朝、キケやテクラを助けに行くぞ」

「はい!」


 アゾンが元気よく返事をすれば喧しいわとラギュワン師が笑った。


<続く>

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