42.方針
まず私は、お二方に治療して頂いたことや、ここまで運んでもらった礼を述べた。
そして、ロズ殿を家族として迎え入れる覚悟を決めた旨を二人に話し、その為には情報が必要だと続けた。
芦屋卿は何やら考えるそぶりを見せた後に。
「
「確かにその様な事は言っておりましたな。竜の魔女と言う通り名であったとか。それにカムラ国のロズワグン姫の記憶もあると」
「はっ!
芦屋卿が吐き捨てるように言うと、ラギュワン師が口を開く。
「しかし、カムラ国のロズワグン姫とはな。彼の姫は死霊術に手を染めたとして王に幽閉を命じられたが、後に国を追放されたと聞く」
「ロズ殿が山中で不意に覚醒したと言うのはそう言う事でしたか。しかし、追放と言えども供の者もいないとは……」
「額面通りに受け取るでない。大方、疎んじた挙げ句に山中で殺そうとでもしたのだろう。そこに異界の力ある魔女がその身に宿ったとなれば……」
死霊術は確かに忌避される傾向にある術だが、みだりに使わないロズ殿が……いや、ロズワグン姫であった場合はどうか分からぬか……。
「さて、討ち手の死体も無かったとなれば、逃げ帰ったか。国王に何と報告するかな」
「無事に終わったと言えるだけの器用さ、或いは保身の感情が討ち手にあれば良いが……なければ追手が来るかもしれんな」
芦屋卿の問いかけにラギュワン師が肩を竦める。
しかし、アーヴェスタ家との諍いが終わったと思えば、今度はカムラ国か。
我ながら剣呑な道行を進む物だな。
「追手があるやもと聞いてもいささかの迷いも見られぬか、相変わらずの男よ」
ラギュワン師は私を見据えてから一つ笑った。
「そうでなくば、この男に仕事を頼んでおりませなんだ。法によらず道徳によらず、己の心の命じるままに剣を振るい、なおかつ他者と交わえるのは稀有な才能」
大抵その気のある者は他者と交わり話をしたり頭を下げたりも出来ないと芦屋卿は肩を竦めた。
どうやら、あの時、私に妖術師を討てと命じたのは、私の性を見抜いてのことか。
……私自身は常識的な振る舞いをしているつもりだったのだが……。
「シャーランと言い、カムラと言い、大難が来ると言うに国同士や内部の諍いなど無意味。……ならば、俺の行動は決まった」
「どうされるのです?」
「国と国を渡り歩き外交的な手段を用いるのだ」
それで協力を取り付けると? 早々上手く行くのだろうか?
ただ、外交的という言葉のニュアンスにこれこそ額面通り受け取るべきではない言葉かもしれないとは思った。
「セイシロウよ、お主の嫁があのような娘であるならば、他の迷宮の主とやらも話が通じるかもしれぬ。それに大難起きたる際は彼女自身それなりの兵力を持つ事になろう」
「ならば、私はそれまでロズ殿を守り抜く事が肝要と?」
「迷宮とやらが現れれば直接乗り込み、そこの主と直談判が必要になるだろう」
「そうだな、まさか屍神もエヌピーシーが徒党を組んで反旗を翻すとは考えておらんだろうからな」
そうだ、エヌピーシー。
それはいったい何者なのだ?
「芦屋卿、エヌピーシーとはいかなる存在でありましょうか?」
「言わば人形、遊興の場を管理するために作られた存在」
「人形……」
私はその言葉に不快感を覚える。
ロズ殿は感情豊かな心優しき女性、それを人形などと言われると腹が立つ。
「そんな顔をするな。俺がそう定めたわけではない。それに、人形であったならば嫁にはしなかったか?」
「何者であろうとも、この思いに変わりはありません」
「はははっ、良く言ったものよ。……大難を治めるにはあの者の力も必要になる。頼んだぞ、神土」
「無論です」
私は芦屋卿の言葉に大きく頷く。
我々の話が一段落付いたと見てか、ラギュワン師が口を開く。
「時に、スラーニャはどうしておる?」
「ロズ殿と話をしておりますが?」
私がそう答えると、ラギュワン師は赤土色の瞳を向けて、告げる。
「嫁との間に子が出来たら、あの子をなんとする?」
「何も変わらず。今まで通り」
「あの子と生まれし子、どちらか一方しか助けられないとしたら、どちらを助ける?」
「二人とも。それ叶わぬ時はまず私が死ぬ算段で二人を助けます。それでも一人だけとなれば、それはその時にならねば分かりません。私は助けられなかった子と黄泉路を共にするのみ」
私の言葉にラギュワン師は大きく頷いて。
「見事。あとは、言うたことを迷いなく実行せよ」
「無論です。スラーニャと私は親子なれば」
ラギュワン師の瞳を見据えて言いやれば、師はさらに何度か頷き、不意に芦屋卿を見やって問いかける。
「良きかな、良きかな。……さりとて、そちらの男は皆このように?」
「そんな訳はない。子供がいようと遊び歩く輩は多いし、憂さ晴らしの対象としか見ない親とも言えぬ鬼畜もいる。この男が子育てに関してはしっかりしているだけの事。俺も万が一、子など出来たら神土中尉に習うとしよう」
可笑しげに笑いながら、しかし冗談とも本気ともとれぬ口調で告げた。
「そうでありましょうな。さて、セイシロウ。お主の嫁が悪いと言う話ではないから落ち着いて聞け。所帯を持っても、時にはスラーニャと二人だけで話し合う時間も必要だぞ、分かるな?」
「無論でありましょう。赤の他人が家族となるには相応の時間を必要とする筈。私はスラーニャもロズ殿も蔑ろにするつもりはありませんし、蔑ろにさせません」
私にとっては自明の理を伝えると、またもラギュワン師は頷いた。
その様子を見ていた芦屋卿が可笑しげに言う。
「まるで孫に説教するご老人の様だ」
「さて、レベルなどなき世より生きておれば、若者を見ると忠言の一つも言いたくなるものよ」
ある意味非礼な言葉ではと思えたが、ラギュワン師は穏やかな笑みを浮かべて告げやった。
<続く>
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