44.アーヴェスタ家の助力
アゾンは再びラギュワン師の使いに出て行った。
少し、働かせすぎな様な気がするのだが、当人は喜び勇んで出て行った。
芦屋卿は既に旅立った後であり、明日の救援に同行することは無い。
そうなるとアゾンは立派な戦力なので、雑用で疲れられても困るのだが。
「働かせすぎではないですか?」
「そうかも知れんがな、先方にも伝えて置かねばならん」
先方?
「先方とは? ……そういえば、アゾンはどこからキケたちの情報を?」
「アーヴェスタ家の密偵どもだ。あの家の名でシャーランに働きかけたのであろう? 家名を傷つけかねない策謀として」
キケたちがシャーランに戻ったのもアーヴェスタ家が話を付けたと保証したからだ。
それが嘘であるとなればアーヴェスタ家の名に傷がつくと考えたのか。
名を気にする者と実利のみを求める者と貴族と言えども人それぞれだが、その為に密偵を放って我らに情報をくれるとは……。
「さてさて、今の当主はスラーニャには大分負い目があるようでな」
「とは言え、父親を失ったばかり。貴族とは言え十かそこらの娘御がそこまで気丈に動けるのですか?」
「貴族を甘く見るでないぞ? それに、あの当主にとって死んだ前の当主は父親と言えたかどうか」
どう言う意味だ? まさか、種が違うと言うのか?
「それは?」
「父は父であったのだろうが、主に接していたのはあの教育係。ふふ、お主かあの剣士か、どちらかが死んでおれば結びえぬ関係を得た物よ」
サレス殿は生きているか。
確かに私は剣を斬っただけでその身には切っ先は触れてもいない。
最後に倒れたのは死力を振り絞った一撃を放ち、精魂尽きたからであろう。
あの銃弾を浴びねば、あの後どうなっていたか全く分からない。
恐るべき使い手であった、流石は剣聖。
「剣聖サレス自身がもう争いは無いと言いながら、起きた此度の争い。非はアーヴェスタに在り、ゆえにその尻拭いはアーヴェスタ自身で行う。それがあの年若い当主の言葉だ」
とても十の娘御が発したとは思えぬ立派な言葉に私は思わず呻いた。
「なるほど、侮る訳にはいかない言葉」
「お主をここまで連れて来た馬車とてアーヴェスタが手配した物だ。ここまでして貰っているのだ、ルーグ砦跡に我らが行くと伝えるのは当然であろう」
当然我らが馬車など持っている訳もなく、ここにくるのにも駅馬車に無理を言ってやって来たと思っていたが……まさか、アーヴェスタ家の馬車とは。
長年敵対していたが、こうなって来るとありがたい話ではある。
……当主カーリーンとスラーニャは異母姉妹だが、尋常な姉妹ではない。
いつか、二人で語らうような時は来るのだろうか……そんな時が来てくれれば良いのだが、こればかりは分からない。
しかし、そう言う話であればアゾンは然程遠くに行く訳じゃない様子。
近くにアーヴェスタの密偵がいてアゾンは情報を伝えたり、伝えられたりしているのだろう。
……何故、喜び勇んで行ったのか分からないが。
私の予想取りアゾンは
「先方は何と?」
「こちらからも兵を出すと」
「やはりな。とは言え、アーヴェスタの領地からここまで馬車を乗り継ぎ三日の行程、流石に兵の到着を待ってはいられぬぞ?」
アゾンとラギュワン師の会話を聞きながら台所で夕餉の準備を進める。
夕餉と言っても所詮は麦を煮込んだ粥の如き食い物と干し肉程度の物だ。
私が起きるまではロズ殿やスラーニャが飯の準備をしていたようだが、ロズ殿は今も寝入っている。
少し不安になるくらいに。
だが、それほどまでの深い眠りを欲する理由に私は心当たりがある。
それは私自身のこの頑強さだ。
人は十日も眠り続けたらまず起き上がれるはずもない。
だが、私は起きたばかりでなく歩き回り話をしたりもした挙句に普通に腹が減っている。
いかに私が頑強であろうとも、人とは並外れた頑強さだ。
それに引き換えロズ殿が今も寝入っている事を考えると彼女が何かをしてくれたのだと察しが付く。
場合によっては、明日の出立に彼女を連れてはいけないか。
そんな事を考えているとラギュワン師とアゾンの会話も様子が変わってきていた。
「すでに来ておると?」
「アーヴェスタ家の騎士だと名乗った二人が密偵の人と一緒でした」
「騎士を送り付けておったとは」
アーヴェスタ家にも当然騎士は居た訳だが、あの場所で戦ったのは一人だけだったらしい。
ラギュワン師はすでに来ておるならば見せねばならんかと小さくを吐き出した。
私は鍋より麦を煮込んだ粥の如きものを椀によそって二人の元へと向かう。
「見せたくない物とは秘策とやらですか?」
「五、六十年前に宮廷魔術師だった男と編み出した移動の術よ。姿見に身を写すと瞬時に移動できるのは良いが、大地をめぐる魔力の関係か決まった場所にしか行けぬ」
凄まじい術を編み出していたものだ。
私もアゾンも目を丸くして絶句したが、配膳して少ししてから問いかける。
「その術でルーグ砦跡には行けると?」
「近くまではな。だが、砦を囲むエルフの射手の背後は取れよう」
「ルーグ砦跡の周辺に木々は生えておりますか?」
「勇者クレヴィと邪神官の放った化け物が戦った場所だ、その周辺も未だに草木も生えん不毛の地」
であるならば、戦い方次第では奇襲も可能か。
エルフの強みはやはり森の中だ、森中であれば三百の寡兵で三千の大軍を追い払う事も可能なのだから。
逆に平野部ならば戦い方次第では、弱兵となりえる。
最も、遮蔽物の無い場所で射撃戦となれば優位なのはどう考えてもエルフの射手だろう。
エルフの射手は左右の腕の長さに違いがあり、弓を引く手の指は変形してしまっているほどに弓に熟達している。
射撃戦において右に出る者はない。
いかにしてその包囲網を突破するか。
かつて五十ほどのエルフの射手を破った時は森の中であったが、国を捨てた古い森番のエルフに教えを受けた移動術が役に立った。
一方で彼らには驕りと侮りがあったので、私が予想外の動き方をして混乱し、そして立て直す暇も与えず全て斬った。
あの時の様に、今度は上手く行くまい。
もそもそと大して美味くもない飯を食らいながら男三人で明日の戦いについて話し合った。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます