45.騎士と密偵
翌日、アーヴェスタ家の密偵と騎士二人と合流するべくラギュワン師の館を出立する。
左足は多少痛むが剣を振るえない程ではない。
今回連れ立っていくのはラギュワン師とアゾン、それにロズ殿とスラーニャ……つまりは全員だ。
ロズ殿の体調も悪くはなく、精神面も落ち着いていた。
今もスラーニャと手を繋いで私たちの背後を歩いている姿は、まるでピクニックに行く母子だ。
先頭を行くアゾンは妙に元気が良いと言うか、機嫌が良いと言うか……。
我らの様子を傍から見れば決してこれから戦いに行く者達には見えないだろうと言う自覚はあった。
それが良いのか悪いのか、私には良く分からないけれども。
「もうすぐ合流地点です」
「さようか」
少し浮かれた様子のアゾンに苦笑交じりにラギュワン師が返す。
アゾンの言葉通りに街道を少し外れた場所に三人の人影が立っているのが見えた。
一人は小柄でフードを目深にかぶった姿。
残り二人もフードを目深にかぶっていたがそこそこの上背があり、佇まいから相応の腕を持っている事が伺えた。
我らが近づくと、彼らは無言で会釈した。
私も会釈を返してから。
「アーヴェスタ家の方々で?」
「カーリーン様にお仕えする騎士エスロー、これなるは同じくカーリーン様のお仕えする騎士ブレサ」
騎士の一人、茶色い髪にとび色の瞳を持つ青年がそう名乗りながらフードを降ろしたが、驚いたことに小柄な方を騎士と紹介したのだ。
「ブレサです。……あ、あの、サレス様に勝利したと言うのは真ですか?」
「不躾だぞ、ブレサ」
「アレを勝利と呼ぶのかは分からないな。最後の一撃が彼の一撃を上回ったのは確かだが、サレス殿はあの立ち合いの最中に大分我ら親子に温情を掛けていたように思う」
小柄な騎士は若い娘の声でそう問うたが、青年騎士が軽く諫める。
だが、勝ったかと言われると正直に言えば、勝ったなどとは思えない。
だからその様に返答を返すと少しだけ意外そうな雰囲気を感じた。
あの立ち合いで一段高みに登ったような気もするが、得た物はそれだけ。
それで剣聖殿に勝ったなどと喧伝する気もないし、意味もない。
「互いに何も失っていない事が奇跡的だとは思っている。ああ、いや、いく人か戦士は亡くなったが……」
自分で斬っておいて亡くなったも何もない物だが。
「なるほど」
エスローは大きく頷きを返し、ブレサはフードを背後に降ろしてからまっすぐに私を見据えて言った。
「サレス様は負けたと口にされたのですが……アナタは勝ったと思っていない?」
「思わんね。あの方が最初から本気であったならば……いや、あの時、前当主に銃で撃たれていなかったならばあの結果には至って無いと思える」
銀色の髪を結い上げて、青い瞳を持つブレサは両の掌を組み合わせると。
「ボク、スーパー感動しました!」
スーパー?
小首を傾ぐと今まで黙っていた今一人の上背のある人物が可笑しげに笑いながら告げる。
「ブレサはサレス様の最後の弟子だろうと言われていますのでねぇ」
未だにフードをかぶったままなのは密偵だからだろう。
密偵は年若い女の声でそう告げやれば、ブレサに対して更に言葉を続けた。
「そこの御仁は勝った勝ったとはしゃぐタイプじゃないって言ったろう? だから、怖いんだって」
「だって、サレス様が負けたって言うくらいだから、絶対、俺はサレスに勝った男だ! とか言うと思ったんですもん!」
まあ、確かに名を売りたい輩ならば物事は大仰に言うだろうけれど。
とてもじゃないが、私はサレス殿に勝ったとは言えない。
「そりゃ、並みの剣士ならばそう言うだろうさ。でも、そこの御仁は並みじゃない。森の中でエルフの部隊を一つ潰している。なんでレベルが1なのだろうねぇ」
密偵はそう言って笑うのだけれども、その疑問には私も答えが知りたい。
例えば、私や芦屋卿は理の外にいるからだと言うのならば納得できなくもないが……。
芦屋卿がレベル一だとは思えないし、周りもそう扱ってはいなかった。
レベル一では屍神教団の司教と言う立場にも立てなかっただろう。
「エルフの騎士も言っておったが、貴公も大概よな」
「娘を守る為にやった事だ」
ロズ殿が呆れたように告げるので、軽く抗議の言葉を投げかけるとブレサが今度はぐっと拳を握って言う。
「やっぱり、そう言うのが良いんですよ! 奪ったり、襲ったりするための剣じゃ格好良くない!」
「ああ、すいません。ブレサは見た通りまだ若く、子供じみた事を申しますので」
「子供じゃない!」
エスローが肩を竦めながらブレサの頭を軽くたたきながら言うと、彼女はその手を払いのけながら頬を膨らませ、唇を尖らせた。
感情表現が豊かな娘だ。
「ブレサ殿は幾つなのかな?」
「十六です」
「アゾンよりは年上なのだな」
私がそう言うとアゾンは一度頭を掻いた。
「あら、まだ十六にはなって無かったのかね? それはちょっと悪い事をしたねぇ」
「い、いえ……」
密偵が意外そうな声を上げ何やら謝罪すると、アゾンは慌てたように首を左右に振った。
「何かやらかしたのか、お前」
「ごくごく当たり前のスキンシップをしただけだよ、お兄様」
エスローがやはり飽きれたように問いかけると密偵はそんな事を言った。
一方のアゾンは何だか気恥ずかしそうにしている。
文字通り兄妹なのか、そうでは無いのかは分からないが……アゾンが喜び勇んで出かけていたのと何か関係があるかもしれない。
あまり言いたくはないが、女密偵ならば初心な男を誑かす術は色々心得ているだろうから、後で一言、言っておかねばなるまいか。
「さて、あまりおしゃべりに興じる時間はないぞ?」
「コホン……身内が失礼しました。それで、移動経路に秘策があると聞きましたが?」
ラギュワン師の言葉にエスローは咳ばらいを一つして話題を打ち切ると、本題に入った。
アーヴェスタ家の騎士も中々に愉快な者達の集まりであるように思える。
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