19.呪術の炎を剣に宿す
呪術は魔術などより古い技と聞いている。
いや、双方根っこは同じだが原初の力により近く野蛮で統制が効きずらいのが呪術だとも。
魔術は系統だって纏められたことにより学問たりえるが、呪術は完全に素質に左右される力であるとも。
「その認識に間違いはない。だが、そう認識すると多くの者はこう思ってしまう。魔術と呪術は隔絶している物だと」
師ラギュワンの友人であると言う老人ザカライア師はそう告げた。
いかにも旅人と言った風情の白髪の老人だったが、実は齢百四十を超えると聞けば驚きを禁じ得ない。
ザカライア師は流石に棒きれでは耐えきれないからと野盗どもの剣を数本大地に置きながら問う。
「
「魔力と呼ばれる力を武具に込めるとか」
「武具のみならず道具一式にだが、まあその認識で今は良い」
「はい」
私がまっすぐにザカライア師を見据えると、師は一つ咳をして告げた。
「黒炎を剣の中心に集めるように生み出してみよ」
「……中心に」
剣を一本拾い上げ、言われた通り想像する。
この想像する行いが私の力の発現の第一歩だった。
途端に剣は黒炎に包まれる。
「炎を纏わせて何とする? 力は無駄に拡散し、剣自体の寿命を縮めるだけぞ」
「はい、申し訳ありません」
炎を打ち消し、微かに乱れた呼吸を整える。
剣に比べれば呪術は消耗が激しい。
ともあれ纏うと力は無駄に拡散する、その発言から私は剣の芯が黒炎になるような想像を繰り返し浮かべて黒炎を生み出す。
生みだされた筈の黒炎は剣に現れず失敗したかと思ったが……。
「早いな。使える呪術は極わずかだが、双方既に熟達の域に達しておると言うラギュワンの見立ては間違いではなかったか」
そうザカライア師は告げた。
そして、私の顔を見やると深い笑みを浮かべて。
「良く分からんと言う顔をしているな、一度剣を振るって見よ」
そう告げたので、私は言われるがままに剣を振った。
すると剣の軌跡を追うように黒き炎が血煙の如く生まれて消えた。
「お主の剣の技に呪術の炎が組み合わさった状態がソレよ。常時発現できるように努力を重ねれば、
それは貴族との戦いにおいては非常に有用な事柄だ、何故なら貴族は騎士を幾人か召し抱えるのが普通だからだ。
騎士と言う存在はかつては領土を持っていた者たちを示すそうだが、今では領土を失っている者が殆どで正確には失地騎士と言う。
だが、古代の技法で作られ、今では製法が伝わっていない先祖伝来の武具を纏い、その武具に見合った戦い方を研鑽してきた彼らは手練れの戦士であり、一人の騎士を雇うのは並の傭兵団を雇うよりも有益であると伝え聞く。
そんな彼らと戦うには、この術は大層役に立つだろう。
「人に問われれば呪炎剣とでも名乗るが良い。レベル一の剣鬼よりもそちらの方が相手に畏怖を与え無用な争いも消えよう」
いかに弱敵とは言え野盗、雑兵ばかりに集られるのも辛かろうとザカライア師は笑い告げるも、ふと何かに思い至ったように真顔になり言葉を重ねた。
「時に、随分とあの亜人に好かれておるな」
「ロズ殿の事でしょうか?」
「名は知らぬ。――連れて歩くか?」
「……何か問題が?」
問いかけるとザカライア師は微かに眉根を顰めて告げた。
「野盗どもに閉じ込められた際にレベルを測り、獣の如き行いをしようとした痴れ者を覚えておるか?」
「覚えております。あの後は見ておりませんが……」
「お主が賊を全て斬った後に逃げ出したのよ、自分自身の価値観の崩壊に耐えきれなかった様だ」
価値観の崩壊、レベルが一の私が野盗どもを斬ったからか?
そんな疑問が顔に書いてあったのか、ザカライア師はそれもあるがと言葉を続ける。
「あの亜人のレベル、当初は十八だったそうだが……いま一度覗いてみたら六百六十六だった、少なくとも奴の水晶玉はそう値を出した」
にわかには信じがたい数値だ。
人が到達可能な最高レベルは九十九と聞いている。
六百六十六ともなれば、どれ程の修練の果てに到達したレベルなのか、いや、そもそもにそんな値が存在するのか?
「……それは、人が到達可能な数字なのですか?」
「さてな。ただ、
儂が生まれる前には無かった代物だったそうだと懐かしげに言い添えてから。
「あの亜人の娘も似たような事を言っておったろう? レベルで何が分かると。懐かしくも思ったが、或いはあの娘はレベルを詐称できるのかも知れぬ。または何者か……しいて言えば神にに選ばれた存在か」
それがどんな意味を持つのかは皆目分からないとザカライア師は告げて、私を灰色の瞳でじっと見据えた。
「あの亜人の娘には、或いはお主の娘を見ているかのような印象すら持つ。知識はある、だが経験が少ない、幼子とそう変わらぬ程に無いのではないかと思えるほどに生きることに対する経験が少ないように感じるのだ。その様な危うさを感じる」
まだ眠っているであろうスラーニャとロズ殿の寝姿を思い出す。
男の前であれほど無防備に寝入ってしまうのは確かに経験の無さか、或いは何が起きようと対処できる自信があるのか、その両方か。
「お主も厄介なモノに魅入られたものよ。さりとて、正しく付き合えば心強い味方にもなり得よう」
ザカライア師はそう告げると一つ伸びをして。
「さて、儂は行くかの。老い先短い身の上だ、一つでも多くの知識を学ばねばならん」
そのまま踵を返せば歩き出した。
「ご指導ありがとうございました」
私が礼を述べるとザカライア師は背を向けたまま軽く手を振って。
「日々の鍛錬、怠るでないぞ? 今のままでは一度か二度使って打ち止め。実践で使える代物ではない」
「心得ております」
私は頭を下げてそう告げると、精進いたせとの言葉を残してザカライア師は旅だった。
いずれ、星の巡りが合えば行き会う事もあろうと言い残して。
<続く>
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