20.吐露

 ザカライア師を見送り、呪炎剣と名付けて頂いた剣技について頭を悩ませているとスラーニャと共にロズ殿も起きて来た。


 剣を片手に悩んでいる姿を見てロズ殿が声を掛けて来た。


「精が出るのぉ」

「……」


 私は思わず押し黙って彼女を見つめる。


 さて、彼女の姿はレベルが六百六十六の者にはまるで見えない。


 その姿は異形のそれではあるが、狐の如き耳も、竜の如き目と尻尾も私には美しいとしか思えない。


 そもそも悪意、邪気に敏感なスラーニャが何も怯えずに彼女の傍をウロチョロしているのだ、本当にそれ程のレベルがあるのだろうか?


「何じゃ、じろじろ見おってからに。――さ、昨夜のは事故じゃからな、意趣返しをされても困る!」

「昨夜? ……ああ、あれは関係ない」


 ロズ殿は私の視線に胡乱げな様子を返したが、不意に何かに思い至って弁明する。


 一瞬何のことかと思ったが、温泉での出来事であると私もまた思い至った。


 ただ、そこは殆ど関係がない事柄だったので軽く首を横に振り。


「たいそうなレベルであると聞いたのだが」

「レベルばかり高くてもな。大体レベル1の貴公と戦えば余が負ける公算の方が高い」


 そう言い切るロズ殿は何故にか無駄に胸を張っていた。


 奇妙な御仁と言うより他はない。


 が、そんな彼女が表情を改め、私を見据えて言う。


「さて、貴公の疑義は当然の事。娘御が大事なれば余の同道など願い下げであろう」

「スラーニャは貴殿に心を開いているのは分かっているが、さりとて……」


 私は顔を洗ってまだ少しぼんやりしているスラーニャを見やって言葉を止める。


 あの子はもしかしたら無意識にロズ殿に母を見たのかもしれない。


 だが、ロズ殿はスラーニャの母ではないし、そのような投影は互いの為にはならない。


「確かに、余とてあの娘の命を狙う事は許さぬと思っておる。きっと、貴公ほどではないがな。だが、危険を承知で同道を申し出たのには訳がある」


 私が言葉を止めた理由が己にあると思ったのか、ロズ殿は眉を下げながら語り出した。


「余は、己を余として認識した時からレベルが高い数値だった。何ら努力した訳でもないのにのぉ。レベル相応の力は持っておるが、これは神からの贈り物などと驕る気にもなれん、必ずこの力に見合った代償を支払う事になるじゃろう」


 山の中で、ロズ殿はロズ殿として突如覚醒したと言う。


 正確には、何かがあって彼女の人格が生まれたと言うべきか。


「余には異なる二つの記憶がある。実感も何もない、赤の他人の過去が連なっているような物じゃが、きっと双方ともに余の過去なのだろうな」


 片や遠方の小さな国カムラ国の王家の血筋たる姫の記憶。


 片やどことも知れぬ地下深くの迷宮を治める竜と人の合いの子たる魔女の記憶。


 双方の記憶を併せ持ちながら、その記憶すら他人事としか思えず己を示す名前すらなかった存在がロズ殿だと言う。


「訳も分からず山間を練り歩き、草木により傷つけられた体の痛みや疲れに、空腹や睡魔を実際に体験した事で己の経験に変え、初めて余は生を実感した」


 ザカライア師の言っていた経験不足とはこのことか。


 目の前で語りロズと便宜上名乗ったこの娘は確かに我が娘よりも危うい存在に思えた。


「生を実感できた余は次に自身が何者なのか気になった。気になると居ても立っても居られぬ。そこでもっと人と接してみようと思ったのじゃ。言葉や常識と言う奴は記憶にあったからな、学び取ることは出来ていた。名乗る名前だけは少々困ったが、姫の方の名を借り受けた」


 カムラ国のロズワグン姫、その名は確かに聞いた覚えがある。


 死霊術に手を染めたがゆえに叔父であるカムラ王に疎まれて幽閉されたとか何とか。


 私は黙って話を聞いているとロズ殿はさらに続ける。


 話す事で不安を懸命に払しょくしようでも言うかの如く。


「そして自分が何者かを探る旅に出た際に聞いたのじゃ、レベルが1であり続ける剣鬼がいると言う噂を。余のように妙に高いレベルの者は少ないだろうが、レベルが1より上がらぬ物はまずいない。もしかしたら、余と同じような存在かも知れぬ、そう思った」


 そこまで一気に語り続けたロズ殿は、不意に実際には違ったがなと告げて肩を落とした。


 その所作が迷い子が親を見つけたと思ったが別人であった時のようだと私には思えた。


 それほどに頼りなく心細げに見えたのだ。


 我ら親子の道行きは修羅の道行き、アーヴェスタの当主を討とうと言う無謀な道行なれど、ロズ殿も連れて行かねばならぬと言う感情が私の内に生まれてしまった。


「貴公は余とは違う。余のような紛い物の人生を歩んでおらん。我が子の為に戦い抜こうとする立派な父親じゃ。やはり、余では――」

「スラーニャは貴殿の思惑など百も承知、かも知れぬぞ。あの子は聡いのでな。……昨日貴殿も言ったが味方は多い方が良い」


 私の言葉にロズ殿は驚きに目を瞠った。


 縦に割れた翡翠の如き瞳は、すぐに細められ。


「このように自身があやふやな女すら連れ歩くか?」

「真の自分を知る者は少ないとかつて師は言われた。貴殿はどの様な存在であれ、我ら親子には得難き人、そう思っている。そちらに異存はないのならばご同道願いたい」


 私がそう告げて頭を下げると。ロズ殿は酷く狼狽えたように視線を左右に彷徨わせた。


 そしてか細く蚊の泣くような声で宜しくと告げたのだった。


<続く>

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