8.依頼

 リマリア殿にはスラーニャの実の父との交渉をお願いしていた。


 どこの馬の骨とも知れない私ではなく、狩りと生命の女神ルードの使徒、それも序列第三位の聖女殿に交渉を頼めば話くらいは聞くだろうと考えたからだ。


 だが、奴はまるで取り合わない。


 スラーニャを忌み子として厭うばかりでなく、その命まで奪おうと刺客を送り続けるやり口に怒りを禁じえない。


 これ以上リマリア殿に頼るのも負担をかけるばかり。


 私はスラーニャの実の父を討つ決意を固めた。


「大主教様もお口添えしてくれたけれど……奴さん、頑なでね。役に立てずに済まないねぇ」

「ルードの使徒の方々には大変良くしていただき感謝の念が絶えません」

「野暮な事は言いっこなしだよ。命を助けてもらった恩には報いないとね。それに……できれば殺したくなかったセイさんの気持ちは良く分かるよ」


 少しばかり斜な口調でリマリア殿はそう告げる。


 告げながらも視線は人前では外す事のなくなった銀色も籠手に向けられている。


「スラーニャちゃんについて女神ルードに問うた事がある。神の託宣は曖昧さね、色々な意味に捉えることができる。でも、忌み子などと言う託宣は無かった。無垢、或いは暖かな光と言うのがルードの答えだった」


 青色の瞳に意思の強さを表す様な煌めきが宿る。


「忌み子なんて今時に流行やしない。不作の時の口減らしの口実じゃないのさ。大抵の神殿じゃもう使われる事のない言葉。……もしいまだに使う所があるとしたら、それは屍神ししん教団くらいさ。ロニャフ王国の貴族様ともあろう者があの教団を信じているのかは怪しい所だけれども」


 リマリア殿はそこで言葉を切って、私を見据えた。


「さりとて、アタシらの言葉も無下むげにするんだから可能性は無い訳じゃない」


 神殿勢力の力は強い。


 例えば、聖女が来ると言うだけでこの街に国から兵士が派遣されるくらいには強い。


 高位聖職者を守護する騎士と呼ばれる者達も有しており、各神殿が相応の勢力を持っている。


 かつて神殿同士が争い大いなる災厄を招いたと言われており、今ではその時の反省から神殿同士は緩やかなつながりを持っている。


 ただし、先の話題に出た屍神教団はどこの神殿とも敵対とはいかずとも仲が悪い。


 それは教団側が、各神殿にまつられる神々の力は一長一短だが、屍神なる神は死者すら甦らせ不死を与える存在でありその力は完全であると声高に主張するからだ。


 古き神話にその名はなく、レベルという概念が生まれた辺りから勢力を拡大し始めた屍神教団だが、その教義がかつて勇者に倒された邪神官が作った物によく似ている……らしい。


 その辺りはリマリア殿の受け売りであり、私は実際には知らぬ。


 知らぬが……万が一そこが元凶となると……中々に骨が折れそうだ。


 しかし、今までは教団の名を出さなかった所を見ると今回はひどい断り方をされたのだろうか。


 リマリア殿の性格上、無下と評される行いをする輩と何度も交渉しようとはしない筈だ。


 何度となく交渉を持ち掛け、相手がしびれを切らすほどに働きかけて頂いたのかと思うと頭が下がる思いだ。


「……いろいろとご尽力いただきありがとうございます」

「恩に報いたいだけだよ、アタシらはね。……ただ、ちょっとお願いがあるんだけど……」


 珍しく言い難そうにこちらを伺う聖女殿に訝しげな視線を送ると、彼女は眉根を少しひそめて。


「あの、さ。その腕を見込んで怪物退治、お願いできない? 退治する必要は無いかもしれないんだけど」


 そう言ってきた。


※  ※


 話を聞き終え、今は宛がわれた宿の一室でスラーニャの髪を整えている。


「それで、引き受けたの?」

「退治と言うよりは物見だったからな」


 髪油を一滴手のひらに落として良く伸ばし、肩口辺りまである金色の髪全体に手ぐしでつけていく。


 私の武骨な指先で手ぐしなどして良いのかと思わぬでもないが、当人が望むのだから仕方ない。


「それじゃあ、明日には出発?」

「怖がっている住民もいるそうだからな」


 なんでもここより東、山間の村に奇妙な怪物が現れたらしい。


 人を食うでもなく夜の山をかっ歩しているだけの怪物であり、危険度は低いとルード神殿では考えた様だ。


 神官や守護騎士を派遣するほどでもないだろうが、放っておいては訴え出た住民に悪い。


 そこで腕が立ち身軽な私に白羽の矢が立ったとリマリア殿は事の次第を説明してくれた。


 刺客などよりよほど真っ当な仕事だし危険も少ない様子、何より世話になているルード神殿の頼みであれば聞かない訳にもいかない。


 その様な事を話しながら、スラーニャが大事にしている櫛を、以前私が買い与えた櫛を取り出して最後に髪をすいていく。


「ほら、終わったぞ。後は乾かして眠るだけか」

「じゃあ、乾くまでお話ししてよ」

「分かった、なんの話が良いだろうか?」

「勇者クレヴィの物語がいい」


 勇者クレヴィ、かつてこの大陸が霧に覆われる前に大陸の外からやって来た英雄。


 邪神官の苛烈な支配下にあったアルカニアを解放せし者。


 この大陸の子供ならば大抵が好きな物語の一つ。


「分かった。そうだな、今日は狂王ラスムファとの一騎打ちの話をしよう」


 遠い大陸での話らしい狂王と呼ばれた王との戦いの一節を脳裏に描きながら話し始めた。


 程なくしてスラーニャは眠ってしまい、ベッドまで運んで横たえると私も休むことにした。


 そして、レードウルフの残党に会った所為か、私は昔の事を夢で見た。


 この世界に来た時の事を、スラーニャと出会ったった時の事を、スラーニャを育てるために奮闘してきた日々を。


<続く>

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