24.貴族を討つには

 イゴーが去った後、少し呆然としながらシャーラン貴族の少年とその従者が声を掛けて来た。


「あ、あの……」

「成り行きで相対してしまった。どうやらその情報は女王にまで届いている様だ、同道してもらうよりはないな」


 私が剣を鞘に納めながら告げると、少年とメイドは深く頭を下げた。


 少年はキケと名乗りシャーラン王国の貴族の末席に名を連ねているジェスト家の跡取りだと名乗った。


 癖っ毛だが金色の髪に整った顔立ち、それに芯の強さを感じさせる薄青の瞳は身なりを抜きにしても良家の出であることを物語っている。


 

 キケの言葉に今更嘘はあるまい。


 イゴーも確か彼の事をそう呼ばわっていた。


 一方のメイドはテクラと名乗る。


 やはりエルフの血を引いているようだが、銀色の髪に褐色の肌から砂エルフと呼ばれる砂漠の民の血筋であろうと思われた。


 エルフの血筋ゆえに整った顔立ちをやはりしており、道中色々な苦労があった事が忍ばれる。


 それらを跳ね返してきたのが、彼女の剣であろう。


「テクラ殿の流派は地蜘蛛アーススパイダーとお見受けするが?」

「天流七派を習える身分でもありませんでしたので。ただ、地流と言えども天流に引けを取らないと言う自負がありましたが……」

「自負があるならば励まれるが宜しかろう。私も至らぬ身であるが鍛錬に励んできたため今日がある」


 悔しげな様子で自負を過去のものにしようとしたメイドに一言だけ伝える。


 剣の道と言う奴は進めば進むほどに多岐にわたる道筋と、先行く者達へいつ届くのかという不安に苛まされる。


 時には他者と比べて自分には才能が無いと諦めたくもなる。


 メイドのテクラが剣を捨てるのは自由だが、練り上げた技を、自負を易々と手放すのは少しばかり勿体ない。


 若い頃は私も非才を嘆き諦めようかと迷った日もあったが、諦めずに続けたからこそスラーニャに出会い、彼女の父となってからは己の才能に悩む間もなくがむしゃらに剣を振って今があるのだ。


 そこまで語ればただの説教、そんな事言えた義理でもないのだから皆まで口にはしなかったが、私の意は届いたのか彼女は頭を深く下げて。


「肝に銘じおきます」


 そう告げた。


※  ※


 結局、キケとテクラの主従をも連れ立って怪物騒ぎのあった村に向かう。


「いくらシャーラン女王が君たちを討ちたくとも、討ち手のイゴーは襲撃を諦めた。他国においそれと兵を出せない以上は暫くの猶予はある」

「次に来るのは他の騎士か、或いは暗殺者か。さりとて、騎士とは妙な奴らじゃのぉ。鎧を一瞬で着るわ、馬はワープするわ」


 ロズ殿は呆れたようにそう告げてから、手を繋いでいたスラーニャの顔を覗き込み。


「スラーニャはよう分かったのぉ? 余はまるで分からなかったぞ? あの馬自身がワープしているとは」

「お馬さんがね、ゆらゆら動いた後にスーって消えたから、お馬さんがそうしてると思ったの!」


 スラーニャは昔からその手の事柄を看破する。


 私の道行きを照らし出す一条の光のように時折答えを指し示すのだ。


 スラーニャの瞳はまやかしを見破り、魔術の真理を見据える魔眼の一種かもしれぬと冗談交じりにラギュワン師は語った事がある。


 私も冗談の類と思っていたが、或いは本気だったのかも知れぬと最近は思う。


 ……そうだ、ラギュワン師だ。


「ロズ殿、事が終われば一度我が師にお会いしてはいかがであろうか? もしかしたら、貴殿の悩みの一助になるかもしれぬ」

「お爺ちゃんの所に行くならアタシも行く!」

「……事が終わればな」


 スラーニャは師にも良く懐いている。


 師の方も名付け親の一人であるからと言う訳でもないだろうが、古書に囲まれ静かな生活を好む割にはスラーニャの来訪は喜んでいる。


 あと二十年若ければ一緒に旅を共にしたのだがと先日の別れ際にその様な事を言っていた。


 正直に申せば、二十年若かろうとも見た目は然程変わりはないだろうとは思ったが。


 ともあれ、ロズ殿にスラーニャが師がどんな人物かを語っている間に、少し後ろをついてくるキケに問う。


「時に、アーヴェスタの当主を討つならばどんな手立てが有効だろうか?」

「……そうですね。あの野盗が言った事が正しいのであればロニャフの王に訴え出てみるのが良いかと」

「それでどうにかなるかね?」

「分かりません。風聞で聞くロニャフ王ならば動くと思えますが、確証はないです。ただ、その風聞が役に立つかと」


 ……なるほど、動く動かないは関係ないのだな。


「王に企みが知れるかもしれない、そうなれば訴え出るものを討とうと動き出す、と?」

「ええ……。ただ、これはアーヴェスタ当主の周囲に彼が信頼できる人間がいない場合の策です。いる場合は、その人物を引っ張り出すだけに終わるでしょう」

「いや、そう言う人間は一人でも消えてもらわねばならん。とは言え、アーヴェスタの戦力を見積もる上でも情報は必要か」


 そう告げて天を仰いだ私にキケは言った。


「大きな口を叩いた割に、こんな情報しか持っておらず申し訳ありません」

「いや、私では思いつかなかったかもしれない。貴殿の言葉に感謝するよ。しかし、考えてみればアーヴェスタの当主は裏方しか送って来なかった。騎士は一人も来た事が無い」

「アーヴェスタほどの大貴族ならばお抱えの騎士が何人か居てもおかしくないでしょうに……。そうなると、当主とは名ばかりで実権が無いのかもしれませんね」


 ……実権がない?


 そこに思い至らなかったが、それならばもしかしたら……怪しげな教団の力を借りてでも力を求めた可能性が出てくる。


 だが……子殺しをしてまで欲する物であろうか?


 もしそうだと言うならば、私にはとんと分からない感情だ。


<続く>

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