23.瞬馬
イゴーの顔は金属の兜に全て覆われている。
青い瞳、金色の髪に無精ひげも全て覆い隠された。
それは、視線や表情で相手の意図を読むことができなくなった事を示している。
全身を覆う金属鎧、弱いと思われるのはやはり関節部であろうか。
当然、それらの行動を漫然と見ている訳もなく、私は踏み込み刃を振う。
雷光と比すれば当然遅い我が一撃だが、槍で受け止めるでもなく空を斬った事に私は目を瞠った。
それもその筈で私の目の前には馬上のイゴーが見当たらない。
背後より迫る殺意に気付き、回転しながら剣を振り上げれば槍の穂先と刃がぶつかり火花を散らした。
なんだ、この動きは……。
「恐るべき太刀筋、そして勘の良さよ」
「信じがたい移動を行う」
槍の一撃を払いのけたが手が僅かに痺れを訴えている。
こいつは、手練だ……。
ましてや戦い方が独特でもある。
なるほど、これが騎士と呼ばれる者達か。
「互いに多少なりとも手の内を見せた。退く気は?」
「そこの二人に手を出さぬと言うのであればな」
「正直、子供を殺すのは気が引ける。だが……お主の技はもっと見てみたい!」
兜の向こうからくぐもった笑い声を響かせ、イゴーが槍の一撃を放つ。
まっすぐに来るはずの槍の穂先が、いや、槍を構えた騎影が眼前より消え失せた。
そして、背後から迫る馬蹄。
どうなっているのか混乱を極めかねない事態であったが、私は体が命じるままに剣を振るう。
耳をつんざくような金属音を聞きながら、私は背中に冷たい汗が流れ出るのを感じた。
対応が遅れれば背後から槍に貫かれていただろう。
それに、今回は一つ突いて終わりではなかった。
「やはり防ぐかっ!」
二度目の突きを横合いに飛んで躱せば、イゴーは一度槍を引き、頭上に持ち上げグルグルと回転させた挙句に、勢いのままに振り下ろす。
まともに剣で受ければ折れるか、防げたとしても防いだはずの我が剣が私自身の頭蓋を砕く一撃。
躱し続けようにもいつかは捕まる。
なればと私は剣で防ぐと見せかけて、切っ先を僅かに下げ槍の一撃を逸らしてその威力を殺しながら受け流しを試みる。
金属が擦れ合う音が間近に響き、槍の穂先は大地を打つ。
イゴーの槍の穂先は地に在り、私の剣は我が腕にある、
まさに絶好機。
私は一歩大きく踏み込みながら、剣を振り上げた。
だが、心のどこかでこの一撃は空を斬るだろうと思っていた。
案の定、私の一撃は空を斬り、視界より消え失せたイゴーは体勢を立て直しつつ背後にいた。
本来ならば剣で槍と戦うならば間合いを詰めなくては勝機がない。
さりとてこの相手は間合いを詰めてどうにかなる相手なのか?
一体、どのような手立てで視界より消え失せる?
そして、いつ背後に回り込んでいる?
私は体勢を立て直し、再び槍を頭上で振り回し始めたイゴーを観察する。
彼は己の技を振るおうとしているだけにしか見えない。
だが、ならば何故視界から消える等と言う事が起こりえるのか。
食らえば絶命するであろう一撃を警戒しつつ、その謎を解き明かさなければならない。
そこにスラーニャの声が響いた。
「おやじ様!! 馬っ! お馬さんっ!!」
馬。
振り下ろされる槍の一撃を再び受け流し、私は踏み込み剣を振るう……そぶりを見せた。
どうであろう、馬の足先がぶれたかと思えば忽然と視界より消えたのである。
「そう言う事かっ!」
今にして思えば、イゴーはいきなり我らの前に現れた。
いや、突然馬蹄の音が響いたのだ。
謎に対する手掛かりは最初からいくつもあったのだ。
私は即座に踏み込んだ方向とは反対に向き直り、身を低くして水平に剣を振るう。
「なんとっ!」
突如現れた馬の足を狙った突風のような一撃であったが、イゴーが槍を大地に突き立て私の一撃を防ぐ。
「よもや、馬が縮地を使うとは……」
縮地、神仙の法であり、大地を縮めて瞬く間に移動する法。
特別な歩法を示す場合もあるが、今回に限って言えば違うだろう。
この馬の場合はやはり歩法などではなく瞬間移動と言った方が良い、或いはテレポートなる魔術なのか。
「よくぞ見破ったものよ、我が愛馬ゲイルが
「馬を狙った私を討ち取る好機だったのでは?」
「鞘にも手をかけている所を見ればそれに対する備えは万全と見受けたが? それに、どうであれ愛馬を失う訳には行かぬ」
そう告げるイゴーからは既に殺意は消えていた。
「こいつは俺の負けよ。負けた以上はその二人に手出しはしない」
「……元より私と戦うと見せかけて、馬の力で彼の二人を討つことも可能であったろうに」
「ああ、その手があったか。乗り気では無い仕事ゆえ、手を抜いてしまったようだ」
笑いながら告げるとイゴーは何事かを呟き鎧を一瞬で脱ぎ去る。
あの金属鎧は何処から来て何処にに消えてしまったのか。
魔術の類であろうが不思議な事だ。
「お主、剣に迷いがあったが新たな技の思案中か? 迷いと言うと語弊があるが窺うような様子があったが……そいつが完成しておれば俺は地に伏していたかもしれんな」
そう告げて馬首を翻すと、さらばだと告げて走り出す。
「女王に何と言う!」
「彼の女王ならばこの様子を見ていよう! 俺はこれで主なしの騎士よ!」
武を磨くのにはちょうど良いわと高らかに笑って、エルフの騎士は去っていく。
何とも恐るべき、そして爽やかな男であった。
<続く>
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