14.後から来た者達
さほど広くもない家屋に他の旅人と共に閉じ込められた私達だったが、今は抵抗をしない事に決めた。
敵の数が不明瞭であり、下手に戦えば我ら親子以外は全滅などと言う事態になりかねない。
だが、先程見た惨劇を繰り返させるわけには行かない。
人が本来進む常道を行く我らではないが、外道に堕ちたり、黙認するわけにも行かない。
思案していると家屋の扉が開いた。
「入りやがれ」
「……っ」
押し込まれてきたのはローブ姿でフードを目深に被った女性だった。
奇妙なことに臀部辺りが膨らみトカゲじみた尻尾が垣間見えた。
亜人、そう呼ばれる者であろうか?
彼女は我ら親子の側によろけて座り込んだ。
「だいじょうぶ?」
スラーニャが問えばフード姿の亜人は小さく頷き。
「余は大丈夫だ……しかし、難儀よな」
小さくそう告げる声には、この状況を楽しんでいるかのような声音に聞こえた。
奇妙なことに傍らの亜人からは微かに香のような匂いがした。
香水とは違うこの柔らかな匂いは、術者が良く用いるものではないだろうか?
フード付きローブ姿と相まって魔術師かそれに類するものであろうと思われた。
「終わりだ、終わりだ」
部屋の隅からガタガタと震えた声で命が消えると嘆き声が響く。
「え、縁起でもねぇこと言うな!」
「あ、あいつらはイナゴ共だぞ!」
旅人たちが恐怖からか怒りを爆発させる。
「イナゴ、とは?」
傍らの亜人の女が不思議そうに呟くので、私が答える。
「田畑をあらかた食い荒らしたと言う害虫だそうだ、元はな」
「今は?」
「転じて街を食い荒らしながら転々とする野盗の群れを指す」
「なるほど」
フードの奥から翡翠色の瞳が私を射抜き、告げる。
「貴公なれば打ち倒すのは容易き事では?」
「無体を言う。何人いるのか、街の者はどこにいるのかも不明では動けまいよ」
告げながら向けられた視線に視線を返すと、私はその瞳を見て電に撃たれたように驚いた。
その瞳孔は人のそれとは事なり蛇や龍の様に縦に割れていたからだが、何故か言い知れぬ衝撃を感じた。
この胸に走り抜けた衝撃を何と呼べば良いのか分からない。
嫌悪の情ではない、むしろその逆……いや、或いはそこに美を見出したのかもしれない。
私が押し黙ると女は小首をかしぐ。
やはり訝しそうにスラーニャが私を見上げたところで、再び家屋の扉が音をたてて開けられた。
「入れっ! 手間取らせやがって!」
荒くれに押し込まれて入ってきたのは身なりの良いスラーニャより幾ばくか年上の少年と腰に剣を吊るした銀髪のメイドだった。
「騒ぎを起こすんじゃねぇぞ! 家に火をかけるからな!」
そう言い捨てて荒くれは扉を閉めようとした。
「お、俺たちはどうなるんだ!」
「……明朝まで大人しくしてな。色々事情が変わったんでな、早々に立ち去ることになった」
旅人の一人が叫ぶと荒くれは面倒そうに答えた。
事情が変わった? 何のことだ?
そのまま出ていくかと思われた荒くれは、何かを思いついたかのように動きを止めて、薄ら笑いを浮かべながら振り向いて語り出す。
「本当は西の街を荒らすつもりだったんだがな、ルードの聖女が来てるとかでな、警備が強化されるわ、グロー兄弟の兄貴の方が死んじまうわで計画がおじゃんだ」
「な、何で、そんな事を……俺たちに」
「そりゃ、オメェ。お前らは明日までの命だからよ」
そう告げてゲラゲラと笑い、荒くれは次の言葉で締めくくって扉を閉めた。
「今宵一晩、楽しんでおけよ。女が何人かいるだろう?」
下種な煽りをするものだ。
扉が閉まり、沈黙が落ちる。
スラーニャは何を感じたか私に身を寄せて、傍らのフードを被った亜人の女は肩を竦めた。
元からいた旅の連中は妙に淀んだ視線で女たちを見ている。
身なりは良いが薄汚れた少年が視線からメイドを守るように前に出る。
その様子を困ったようにメイドは見ていた。
微かに流れるのは一触即発の空気。
不意に、その中の一人が水晶玉を取り出して周囲を見渡す。
「へっ、へへ……一番レベルが高いのがメイドか。それも三人くらいで抑え込めば」
「それ以上は止めて置け、犬畜生に劣るぞ」
聞くに堪えない言葉が口にされる前に私は一言だけ告げた。
「う、うるせぇ! お前なんかレベル1じゃねぇか! 大して努力もしねぇ人生だからそうやって諦めが付くんだ!」
「努力をかなぐり捨てて獣になろうとしたのはお主であろう。努力を生かしたいならば刹那の欲望に身を任せずに生き延びる事を考えるべきだ」
一人、瞑目して座っていた旅の老人が正論で諭すも水晶玉を持った男はうるせぇと叫ぶ。
そして反撃が来ないと思ったのか私目がけて水晶玉を投げた。
私はそれを空中でつかみ取れば、元の持ち主に軽く投げて返してやる。
一連の動きに目を白黒させている旅人連中を尻目に、小さく息を吐き出して私は告げた。
「致し方なし、グロー兄弟の片割れを殺したのは私だ、落とし前を付けてくるか」
呟き立ち上がると、スラーニャも革袋から布製の簡易な投石機を取り出した。
「……ほぅ?」
老人が目を開いて私とスラーニャを見た。
スラーニャはやる気を見せ、早速手首に投石機の紐を結わえ始めていた。
「街の者は一か所に集められているのか、否か」
「僕見たよ、街の人たちは大きな家の中にいた」
呟くと身なりの良い少年が良い情報を教えてくれた。
思案しながら顎をさすると、亜人の女が薄く笑いながら続ける。
「実はのぉ、街のど真ん中で死んでおる老人と娘の魂が余に語り掛けてきておるのじゃ。仇を取ってくれと。あれらが起きれば騒ぎになるかのぉ?」
「貴殿は
口元に薄く笑みを浮かべたまま亜人の女が告げると、私は逡巡した後に無言で頷きを返した。
<続く>
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