ある出会い
13.流れイナゴ
刺客を返り討ちにした時に私はスラーニャの重さに隙を作りかけた事を恥じた。
そして時折、娘を腕に抱きながら剣を振るうようにした。
娘をしっかりと、しかし、力を入れ過ぎないように左手で抱き、右手はトンボに構えた剣を振るう。
多少変則的ではあったが、これは左肱を動かさぬように切り落としたと思えと言う左肱切断の教えを徹底できるのではないかと思い至った。
その時に私は何か天啓を得たような心地になり、剣の修練に励み今に至る。
それから幾人もの刺客を斬り、人に仇なす者を斬ったがついぞレベルが上がることは無かった……。
「おやじ様!」
「っ! ……スラーニャか」
突然の声に慌てて周囲を見渡すと頬を膨らませたスラ―ニャが視界に飛び込んだ。
「もうっ! 何度も起こしたのに!」
「……ああ、そうか、夢……か」
私が思わず呟くとスラーニャは小首をかしげて問いかける。
「だいじょうぶ? 疲れてる?」
「いや、久しぶりに安全に眠れたのでな、熟睡してしまった」
いかにバルトロメ殿が同じ宿に逗留しているからとて、油断しすぎだ。
不覚である。
心配はいらぬとスラーニャの頭を撫でてから立ち上がり、支度を整える。
リマリア殿の依頼をこなすべく今日にもこの街を発たねばならないのだから。
支度を終えれば女神ルードの使徒二人に声を掛ける。
「大事は無いと思うけれど、無理はしないでおくれよ?」
「少しお疲れならば、その村に行く途中に
リマリア殿とバルトロメ殿はそれぞれそう声を掛けて見送ってくれた。
宿の店主たちは皆我ら親子に頭を下げて見送ってくれ、街行く人も奇異な者を見る目ではなくなっていた。
「お気をつけて」
街の出入り口では昨夜出会った年配の兵士がそう声を掛けてくれた。
「お勤めご苦労様です」
「お疲れです」
我らもそう声を掛けると彼は少しはにかんだように笑った。
この街は良い街だな、全てが終わったら今少し滞在しても良いかもしれないと考えながら、我らは山間の村を目指して東に向かった。
※ ※
東へと向かい歩いていく。
見晴らしの良い場所であるため、スラーニャは先頭を楽しげに歩いていく。
そうは言っても子供の足、疲れがたまり足取りが重くなれば背負ってやる必要は出てくるが、最近は体力が付いたか大分歩く。
昼飯を食うために休憩を挟んで日が傾きかけるまで、スラーニャは歩いた。
その後、背負ってやるとすぐに寝入ってしまった。
「……疲れておらぬと申したであろうに」
私が珍しく寝入っていたので、疲れていると思い必死に歩いたのであろう。
……優しい子だ。
この子の未来を潰えさせてなるものか。
決意新たに歩いていくと立て看板と分かれ道が目に入った。
「温泉、か」
遠回りになるかもしれないが山間の怪物は人を襲わぬと言う。
確かに最近、疲れていたので湯治で有名だと言う温泉街に足を運んでも良いか。
水で身を清めるのも嫌いではないが、時には湯に浸かってゆっくりしたい。
どうにも元の世界の風呂事情が忘れられずに、思い出されると無性に風呂に入りたくなる。
「温泉、寄っていくか」
そう思い、温泉街へと足を向けた私であったが、その地にまさかイナゴ共がいるとは思いもしなかった。
※ ※
その日は野宿して次に日の夕刻には温泉街にたどり着いた。
温泉が近くを流れる川にも流れているのか、川から湯気が立ち上る様子をスラーニャは珍しげに見ている。
一方、私は道中、妙なことに気付いていた。
同じ方向に進む旅人はいるが、戻ってくる者が誰一人としていないと言う事実に。
妙と思えどもそう言う事もあるかと、結局は温泉街に足を踏み入れた。
門番どもはいささか柄が悪そうだったが、レベルを判別する水晶玉で入る者を確認するだけで何も言わずに門から中へと通した。
……妙だな。
スラーニャと手を繋ぎ温泉街を進み、どこの宿にするかと思っていると前を歩いていた旅人が驚いたように立ち止まった。
「リリっ! リリっ! よくも、よくも!」
「うるせぇぞ、爺っ!!」
旅人の視線の先を見れば、温泉街のど真ん中で倒れた娘に必死に語りかける老人の姿が目に入る。
そして荒くれ男がその老人を背後からバッサリと切り捨てる場面を。
「ひぃっ!」
前を歩いていた旅人は踵を返して、私たちを突き飛ばしかねない勢いで門へと戻る。
だが、既に門は閉められていた。
「死にたくなければ言う事聞きな!」
門番が斧や剣を片手に旅人を脅す。
……私は小さく息を吐き出して、現状を把握する事にした。
まさか、これがこの温泉街の日常ではあるまい。
倒れた老人の骸は娘に折り重なるように倒れていたが、私は見てしまった。
白目を剥き死んでいると思われた娘の股と口にこびり付いた赤と白の体液を。
或いは現状把握などこれだけで十分だったかもしれない、ここは地獄と化している。
スラーニャを抱え上げて、顔を伏せるように伝えると老人を殺した男が近づいてきて言った。
「ガキを連れて俺たちが居るこんな所に来ちまうとはな。まあ良いさ、こっちに来な」
そうして案内された場所には幾人かの旅人の姿があった。
皆一様に怯え切っており、疲弊していた。
どうやら短期的に街を力で支配して全てを奪っていく流れイナゴ共にかち合ってしまったようだ。
<続く>
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