12.刺客、来る
旅立つと決めたのには幾つか訳があったが、何よりも我ら親子に付いて見知らぬものがやたらと聞いてくると洗い場でよく会う母親の一人に言われたことだ。
子育ての傍らに私もアーヴェスタ家について調べたが、逆のそのせいであちらにも感づかれたのかと思った。
アーヴェスタ家の当主は妻との間に一人娘をもうけているが、側室にも娘が生まれたらしい。
噂でしかないが、その側室は行方知れずになり二度と姿を現すことは無かったと言う。
その側室の名をラスメリア、ロニャフ国の貧乏貴族の娘だと言う。
その名に聞き覚えがあった、レードウルフを率いていた男が口にした名前もその様な名だった。
なれば、敵の刺客は間近であると判断して、私たちは旅に出たのだ。
背には荷物を背負い、スラーニャを抱きながら街道を進んだ。
スラーニャも大体二歳前後、この頃にはおむつきとして何十と揃えていた布地を持ち運ぶ必要も、そのおむつきを洗う時間も必要ではなくなっていた。
スラーニャもこのくらいの年齢になると、似た年頃の子供らも旅をしているので目立ちづらくはあったが、互いの髪の色、瞳の色が違う我ら親子はやはり目立ったようだ。
国境の検問所において何度か足止めを食らう事もあったが、これにはレベルが1である私が子を連れている状況に対する懸念や疑いが少なからずあったようだ。
この歳までレベルが1であり続けている者となると、生活は誰かに頼り切ってきたのでは無いか、そんな奴が子供を育てられるのかという疑いがある、と言うのだ。
また、私が子供を浚う一団の使い走りで国内の子を国外に売り払う為に親子の振りをしているのではないかと言う事件すら疑われた。
疑われるのは我が身の不徳ではあるが、引き離されている間にスラーニャには食事をしっかり与えてもらいたいものだ。
ともあれ、いずれの場合も我ら親子を引き離すことは出来なかった。
スラーニャは私を父と慕い、私が離れると大層泣いたためだ。
また、検問する兵士の中には女もおり、どのように育てているのか問われて素直に語ると大抵驚かれ、本当に育てているのだと分かって貰えた。
そして、多少の悶着はあっても血の繋がりは不明ながら親子であろうという結論に至るようである。
※ ※
その様に旅を続けていたある夜、その日は月明りの眩しい夜だった。
既にスラーニャは私の腕の中で寝息を立てて眠っている。
普段ならば野宿の準備を始めている時刻だが、今少し進めば街があり宿にも辿り着けるだろう。
スラーニャの為にもできれば野宿は避けたいところ。
そう思いながら足早に進んでいく。
緩やかな上り坂を登りながら頭上の月を見上げる。
大きな満月が明るく輝きを放ちながら私たちの行く末を照らし出す様に大地を照らしていた。
その時だ、背後から迫る気配に気づいたのは。
気配に気づき振り返ると、遠くから馬のひづめの音が響く。
それほど多くはないが、決して一頭だけではない。
……しかし、この気配は異なる気配。
通常の通常の早馬とは思えないし、月明りの夜とは言え明かりをつけている様子もない。
私が意識しすぎているだけならば良いが、そうでないならば備えねばならない。
私は街道を外れて身を伏せた。
さほど間を置かずに馬に乗った黒づくめの一団が三騎通り過ぎていく。
……尋常ならざる姿と気配だった。
大鎌を持ちドクロの仮面をつけた姿は絵画の中でしか見た事のない死神のよう。
だが、通り過ぎてしまえば用は我らにあった訳ではないのかもしれない。
さてと立ち上がり、街へ急ごうと歩き出した所で、過ぎ去った筈の異様な連中が戻って来るのが見えた。
三騎のうちの一騎が水晶玉を掲げ、そして叫ぶ。
「あのガキだ!」
「ようやく見つけたか、殺せ!」
殺意が我が子を貫かんと迫れば、致し方なし。
いかなる異形も斬って捨てるより他にはない。
「はっ、確かに男の方はレベル1だ」
「諸共殺せ」
スラーニャに対するよりは幾分低い殺意が私に向けられた。
レベル1であると言う事は軽んじられるばかりではあるのだが、侮りを誘発してくれることも多い。
殺し合いにおいて片方が勝手に侮ってくれる状況は……我が有利。
兵法にはいかに油断を誘うか記されているが、私の場合はかってに油断してくれるのだ。
こいつは結構なアドバンテージと言う訳だ。
私はスラーニャを左手で抱えたまま、左の腰に吊り下げた剣を引き抜く。
「死ね」
親子共々両断せんとすれ違いざまに一騎、大鎌を振るう。
私はその一撃が来ることを見越して跳躍し、馬上のドクロの仮面目がけて水平に剣を薙ぎ払った。
鎌の一撃は避けたが跳躍僅かに足らず肩の付け根から腕一本奪うだけに終わってしまう。
「ぎゃっ!」
「馬鹿な!」
それでも斬られたドクロの仮面は悲鳴を上げて落馬し、動かなくなった。
それで済まないのが残った二騎だ。
一騎で十分と高を括っていたが自体が急変し狼狽えたようだった。
好機。
私はいかに攻撃するべきか考えあぐねている様子の一騎にトンボに構えたまま迫り、一騎に斬り裂いた。
鮮血吹き上がる一騎を無視し、続いて最後の一騎に刃を振おうとするもスラーニャが重く僅かによろめく。
「くそっ! なんだこいつは!」
その隙に体勢を立て直した最後の一騎は踵を返して逃げに転じた。
我らの事が喧伝されてもまずい。
私はためらうことなくその背に剣を投げ放った。
その背に剣が突き立てられ、異様な連中はみな街道に転がる。
一方の馬は主が落馬した後も走り続けていく。
その姿を月明りがずっと照らしていた。
<続く>
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