11.子を育てる
子を育てる、一言で言えるその行為は恐ろしく難しい。
私は使いの途中であったが赤子を抱えてラギュワン師の元に戻った。
道中、赤子の世話をして気付いたのはどうやら女の子であると言う事。
ますます私が育てて良いものかと不安を強めていた。
師の邸宅に戻り、師が籠っている部屋の扉を叩きノックしてから声を掛けた。
「申し訳ありません、師よ。ご相談したき事があり、戻りました」
「使いをこなさず戻るとは初めてだな、何かあったのか?」
「困りましたことに赤子を託されまして……」
少しの沈黙の後に入れと声を掛けられ、扉を開ければ老いた男が難しい顔でこちらを見ている。
齢二百を数えると言う大呪術師ラギュワン師だ。
「確かに赤子、ロニャフ国に多い人種のようだな。生まれ落ちてから……半年は経っている」
一目見て赤子が何処に多く住まう者達の一族か師は見抜かれたようだ。
「何が在ったか、説明してみよ」
「はい」
私は事のあらましを伝える。
母子ともに殺そうとした雇われ兵を打ち倒すも、母親は既に傷を負っておりその母に赤子を託されたと話し終えると、師は薄灰色の双眸を閉じて。
「地の底に住まう魔性どもが囁きおる。ロニャフ国の貴族アーヴェスタ家に忌み子ではなき忌み子が生まれたとな。その子がそうであると」
「忌み子とは?」
「災いをもたらす子を示す、国が荒廃し不作だったおりに流行った言葉だ。つまりは口減らしの方便。誰しも……神ですらも生まれたばかりの子が何者になるのかなど分かる筈もない。方便以外に使い道はない言葉」
憤りを感じさせる声音で師はそう説明した後に、子の行く末を決めるのは環境と教育だけであろうと落ち着いた声で言い添えた。
そして目を開ければ私をじっと見据えて言う。
「随分な責任を背負った物よな」
「そう、ですね。不安しかありません」
「だが、託されたのはお主だ、セイシロウ」
その言葉が重く響く。
ともあれ、赤子に名を付けなければならないと言う話になりロニャフ国の女性名を幾つか師に聞いた。
その中の一つにスラーニャの名があった。
その意は天より降り来たる光の柱、つまりは雷だ。
「スラーニャと名付けたいと思います」
「使いの件は気にするな、子育てに専念せよ。ただ、アーヴェスタ家がその子を真に忌み子と信じているのならば、必ず刺客が来る」
その言葉を聞き、私は師の邸宅からも離れる決意をした。
一か所に留まってはいられない、それは刺客を多数招き入れる結果になる。
常に流転し、子を育て続けねばならない。
なるほど、常道の子育てとはだいぶ異なる。
師よりは幾ばくかの金銭と保存食、呪術を用いた病除けの布地を数枚を頂き、私の子育ての旅は始まった。
……子を育てる。
一言で言えるその行為は恐ろしく難しく厳しい。
赤子の食事には苦労した。
男である私には乳を与える事など出来ないし、そも女であれ子を産んだわけでもないのならば乳は出るまい。
その為にまずはスラーニャの食事を確保する事を重要視した為、人の多い大国の町を転々とした。
転々とする先で出会った子を抱く母親に、お礼は致しますのでこの子にも乳を飲ませていただきたいと頼み込んだ。
母親と一言で言っても色々な性格の者がいる、大したお礼を求めず乳を与えてくれた者もいれば、取り付く島もないほどに断られることもあった。
断られるこを恨みに思うのは愚かな事だ、誰しも我が子の為に必死なのだから。
ゆえに、乳を与えてくれた母親が住まう地域や一団の為に、剣を振るう事で恩を返した事もある。
問題はスラーニャを置いて荒事は出来なかった事だ、捨てていくと間違われることがあったからだ。
スラーニャに歯が生え始めるととある母親の勧めで野菜を煮詰めてドロドロにした物も与えていくようにした。
最初こそ嫌がっていたが、そのうち食べてくれるようになった。
大いに嬉しく思い、また安堵した物だ。
私の生活は女たちに混じり、スラーニャの衣服を洗い、水でその体を清め、食事を与え、寝かしつけると言うサイクルに追われた。
ある時期より、黄昏時になるとどうしてもぐずって泣き出してしまう事が続くようになった。
それも不思議な事に決まった時間だけ泣くのである。
私はその時間はずっとスラーニャを抱っこしながらあやして道を歩いていた。
その日々の間だけは剣の鍛錬は鈍ったが、元の世界の父母や年の離れた姉に感謝をささげる日々でもあった。
子を育てる、それはまさに難事である。
それだけに我が子が育っていくのを見るのは何物にも代えがたい喜びである。
そして時が一年過ぎ、さらに半年過ぎた頃に我ら親子は都市部を離れた。
不穏な影が近くまで近づいていることに気付いたからだ。
<続く>
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