10.託された赤子

 馬車の駅を出る際には、風雨に紛れて背後からやはり無茶だと言う声がしていたようだが、今更な話。


 雨風に濡れながら屈強な男たちが整列し、狼を形どった紋章を描いた旗が靡く様はどこか懐かしさすら感じられた。


 そのうちの一人が私に向けて水晶玉を翳し、驚きの声を上げた。


 レベルが一でしかないと。


「駅内でそんな声が上がったが、よもや本当に我らレードウルフ外遊隊にレベル1が立ち塞がるとはな」


 厳めしい男が肩を竦めて告げると、男たちは一瞬だけ笑った。


 嘲笑と呼ぶには戸惑いが多いそれを無視して、私は腰の剣を抜きトンボに構える。


 右拳は耳のあたりまで持ち上げ、握る剣は天に向かって立っている。


 左手はそっとそえるだけ。


 剣を振る際には決して左肱ひだりひじを動かさない事が肝要。


 私はこちらに来てからは然程多くなかった斬り合いの場に挑む為、真道自顕流しんどうじけんりゅうの基本中の基本を何度となく頭の中で反すうした。


 己の真の道は自ずと剣に顕れる、これぞ流派の名に込められた意味であるとした剣の師の言葉と共に。


 赤子を守るために剣を振るう、私にしては上出来な道ではないか。


 さて、私の構えに相対する連中、レードウルフと名乗った傭兵たちは訝しげであった。


「こいつ、本当にレベル1か?」

「間違いありません、水晶玉がおかしくないのならば」

「どちらにせよ、多勢に無勢。仕事を遂行する」


 だが、結局は私を排除して赤子を殺す事に決めた様だ。


 それぞれが武器を抜き、まずは一人、肩に剣を担いだような構えを取った。


 その構えから天流七派の一つにして最も新しい流派、聖サレス流の使い手であろうとあたりを付ける。


 未だ存命だと言う剣聖サレスが興した流派は速度重視の攻撃の為の流派。


 大剣と言えどもかなりの速さで剣を振るうらしい。


 我が流派もまた剣速を第一とする。


 聖サレス流に付いて聞いた時は、やはり似たようなことを考える人はどこにでもいるものだと感心していたものだ。


 そのサレス流の使い手と私は互いに対峙しながらじりじりと間合いを詰めていた。


 びゅうびゅうと吹き荒れる風の音は下手すると相手の踏み込む音をかき消して反応が遅れてしまうかもしれないと言う不安を募らせる。


 だが、その不安に囚われては勝てない、剣が鈍る。


 雨粒が顔を打ち、目を開けているのもやっとの状態。


 それでも、間合いを違えたりはしなかった。


 私は踏み込むと同時に相手も踏み込み剣を振り下ろす。


 私の一撃は微かに遅れ、そして先に切っ先は地面を打った。


 手応え、あり。


 この風雨に負けない程に相手から鮮血が吹き上がり、それが混戦の狼煙となった。


 その後は泥にまみれながらも立ち向かってきた傭兵たちを斬った。


 十から先は数えていないが、ともかく斬った。


 あの母子に迫った厳めしい男も私に斬られ手傷を負ったが、その後すぐに奴は走り出した。


 逃げたか? いや違う! 駅に向かって走っていく。


 奴は死んでも仕事をやり遂げるつもりだ。


 私は腕を斬り飛ばされながらも、迫ってきた傭兵を斬り捨て、駅に向かって駆ける。


 奴が扉を開けるのが見え、このままでは間に合わないと悟れば、手に持っていた剣を投げた。


 くるくる回転する剣は扉が閉まる前に駅の中に吸い込まれた。


 どうなった? 不安を覚えながら駅になだれ込むとあの男は背を剣で刺し貫かれ、倒れていた。


「ば、馬鹿な……」

「いかなる理由ありやとて何も知らぬで赤子を目の前で殺させる訳にはいかぬ、許されよ」


 男の無念そうな声にそう言葉を返した。


 仕事の内容はともかく、殆どの者が自分の命すら顧みず事を成そうとした事実が私には響いていた。


「……ただの一人で……レードウルフの外遊隊を滅ぼした貴殿の名を……」

「姓は神土かんど、名は征四郎せいしろう。呪術師ラギュワン師の従者」


 それだけ告げると死に逝く男は目を見開き、それから力なく笑った。


「さ、流石は名うての大呪術師よ、その従者も……一流か……レベルなど、あてにもならん」

「不名誉な仕事も全力で全うしようとしたレードウルフの名は覚えおこう」


 名を覚えて置く、それに意味があるのかは分からないが私の言葉を聞き男は唇の端を微かに釣り上げて、死んだ。


 外の敵も殆どが死んだ、安心されよと声を掛けると、安堵したのか母親は床に膝をついてしまった。


 そして赤子を私に掲げて言うのだ。


「……どうか……どうかこの子をお守りください、強きお方」

「母親が子を手放され……まさか、既に!」


 母親の言葉に難色を示そうとしたが、赤子を掲げた母親の腹から赤い染みが広がていたことに気付く。


 まさか、ここに来た時には既に……。


 母親の命の火が消えかけていることに気付いた私は、逡巡のした。


「貴方様は、レベルが1だとか。しかし、貴方様は彼奴等に打ち勝ちました……。この子を守れるのは常道より外れた方だけ……どうか、どうか……」

「……委細承知つかまつった」


 母親の言葉に私は折れた。


 私のような男が子を守れるのか不安はあったが、その言葉を聞いて安堵したのか母親はその場に倒れ、そして黄泉路に旅立たれた。

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