47.強襲

 ルーグ砦跡を包囲しているエルフの射手の総数はおおよそ二百、あるかないか。


 二百程度では早々に砦跡を攻めることは出来ないようで、周囲に兵を散開させ内部からの動きを見張っていたようだ。


 通常であれば他にも補助の兵が数部隊ついている筈だが、それらも見えないと言う事はこの作戦は急遽はじめられた物であろうと推測できた。


「ここは仮にもロニャフ国領、だからここまで逃げ込めば安全とジェスト家のご子息一行もそう考えたのでしょうが……」

「だが、シャーランの追手は国境を越えても彼らを討つよう命じられていた、か」


 エスローの推論に私が言葉を返す。


 と、ロズ殿が眉根を顰めて告げる。


「下手をすれば戦じゃぞ? 何故そこまでする? ただの潔癖症にしては度が過ぎている」

「取り逃す事の方が恥とでも考えているのか。その辺は理解できんが……」

「ロニャフの領内で兵を展開しているのを見てしまったら、対処せざる得ませんね」


 エスローはそう告げてブレサに振り向いて。


「行けるか?」

「もちろん!」


 ブレサはそう意気込んで瞬時に鎧を纏った。


 何度見ても不思議な光景だが、今回、彼らは味方だ。


「どれ、それでは陽動でも……っ!」


 ロズ殿がそう告げて、意識を集中させた途端に額を抑えて膝から崩れ落ちた。


「ロズママっ!」

「だ、大丈夫じゃ……。なるほど、勇者とやらも邪神官とやらも半端なかったようじゃのぉ。この砦跡周辺には陽動などで手軽に扱えるような魂はおらん。……余が全身全霊を挙げて抑え込まねばならぬ決戦兵器級の連中しかおらん」


 駆け寄ったスラーニャの髪を撫でやりながら、ロズ殿は小さくため息をつく。


 勇者と戦ったと言う魔獣だか何だかは相当な強者だった様だ。


 死して数百年経ってなお、それほどの力を有しているのだから。


「そう言う訳で、この地では余は役に立たぬと思った方が良い」

「なれば、スラーニャ。ロズ殿をしっかり守るのだぞ」

合意あいっ!」


 元気な返事は良いが、流石に気づかれるのではないかな。


 エルフは耳が良いとも聞く。


「アゾン、君も残って二人を頼む」

「では、お三方だけで斬り込むのですか?」

「騒ぎに気付けばイゴー辺りは打って出るだろう」

「彼はシャーラン王家に仕えていた騎士と聞いています、その程度の動きはするでしょう」


 やはり瞬時に全身鎧を纏ったエスローがある意味辛辣な事を言う。


 肩を竦めると私も愛刀を抜いて、小さく告げる。


「では、始めようか」


 その言葉が合図となってエルフの射手たちへ攻勢を開始した。


※  ※


 突然の奇襲に慌てふためいたエルフの射手たちだったが、散開していた為、仲間と距離がある事が幸いしたようで恐慌状態に陥る前に指揮系統は回復したようだ。


 複数の方角から矢が飛来するのを叩き落しながら、一人、また一人と切り捨てていく。


 次第に砦跡の方角からエルフたちの声が響くようになった。


「少数相手に挟み撃ちを食らうとはっ!」

「ロニャフの騎士だっ! やはり国境越えは……」


 どうやら砦跡に立て籠っている連中も上手く呼応したようだな。


 そう思いながらまた一人切り捨てると一際戸惑ったようなエルフの声が響く。


「おい! おいおい! なんだよあいつはっ! レベル1じゃねぇかっ!」

「おい、タコ! そんな奴が今この場にいる訳ないだろう」

「居るじゃないすか! あの黒髪の奴! 後タコって略すな、俺はタコマルだ!」


 緊張感の欠片もない様な男女の声が響いた。


 しかし……タコマル? どうしても海産物を思い浮かべてしまうような名前だな……。


 それにしてもエルフにも騒がしい奴がいるもんだと微かに呆れた私だったが、その騒がしい言葉はエルフたちに衝撃をもたらしたようだ。


「レベル1の黒い髪の剣士?」

「それって、あのレオナールの部隊を全滅させたとか言う……あの剣鬼か!?」

「もはや我が国はあの剣鬼に目を付けられているのか!」


 少しばかり大げさに伝わっている様だ。


 だが、その大げさな噂と言う奴は厭戦感に転じやすい、特に歴戦でもなければ。


 そして今戦っている連中は精兵ではないようで厭戦気分が一気に広がっていく。


「エルフの部隊が森の中でただ一人の剣士に敗れた、よほどのトラウマのようですね」


 いつの間にか脇に立ったエスローが自身の剣を振り血のりを払う。


「弓使いと剣士が戦えば概ね勝つのは弓使いだからな。だが、森の中と言う立地は逆に間合いを狭める結果になった、それだけだ」

「それだけ、ですか。そう言い切れるのは貴方くらいでしょうね。……しかし、森の民が森で敗れる、よほどの屈辱でしょうに彼らは報復より恐れが先立った。……精兵ではないのでしょう」


 言葉こそ丁寧だがエスローと言う青年は中々に辛辣な評価をくだすものだ。


 が、その言葉通りエルフの射手部隊は精兵には程遠い。


 少なくとも以前、森の中でで戦った連中より数段劣る。


「ならば、有効かもしれんな……。エルフ部隊に告ぐ! 退けば見逃す! 退かぬならば……覚悟を決めろっ!」


 今ならばもしかしたら兵を退くかもしれないととりあえず逃げる事を促す。


 すると驚いたことに数に勝る筈のエルフの一部が我先にと逃げだしたのだ。


「き、貴様ら! 戻れ! 私の初陣がっ!」

「いや、この流れで戻れは無理でしょう」

「タコ! お前が余計な事を言うからっ!」

「情報の扱いを見誤ったら出世もできませんぜ! ほら、先方も逃げて良いって言ってるんですから隊長も逃げましょう! 後、俺はタコマル! タコじゃない!」


 ほう。


 名前はふざけた響きだが、お目付け役は中々に戦を知っている様だ。


 一度崩れた士気を立て直すのは至難の技、それよりも一度素直に退いて仕切り直しをした方が良い。


 戦慣れした部隊長ならば食い止められたかもしれないが、初陣とか言う言葉も聞こえた。


 退くのが良かろうさ。


 そんな事を考えながらも、ぼんやり立っていた訳もなく、迫る矢を叩き落しながら、逃げぬ敵を斬る。


 それも三人ばかり繰り返したころには、エルフの射手部隊は結構な数が逃げ出していた。


<続く>

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