レベル1の子連れ剣鬼 ~レベルのある世界を生き抜く剣鬼と忌み子~

キロール

一部 呪炎剣の覚醒、或いはある親子の旅路

ある剣鬼の日常

1.レベル1の男

 目的地に向かうまでの時間、私は娘を背負いながらつらつらと物思いにふける。


 剣術など戦場では何の役にも立たぬと言われていた時代があった。


 甲冑を着こんで力任せに大業物おおわざものを振るう者が勝者となる、故に斬り合いなど戦場で覚えればよいと言うのである。


 その様な時代であれば、私など大して武勲を上げる事も叶わなかっただろう。


 だが、時代が降り鉄砲が姿を現すと話は次第に変わる。


 重武装の騎馬武者同士が争う時代から、より小回りの利く足軽による歩兵戦が主となる時代に移り変わり、槍などの長柄が重宝された。


 その時代ですら私が武勲を上げられたとは思えない。何故ならば私が剣士であるからだ。


 結局、数千、数万の歩兵が入り乱れて争う乱戦が起こるのは、百年は続いた戦国時代も終わりの頃だ。


 戦国国司たちがしのぎを削り、最終的には東西に帝が立ち、東西朝が始まる直前の時代。


 その時代で漸く剣術が意味を成すようになった。


 膂力りょりょく著しい豪傑すら、何れは息が切れて動きが鈍り、小兵に討たれる。


 が、剣術の修練に励んだ者のみ持久力に優れて、息も乱れず、最後まで迅速に刀を振るい続けた。


 東西朝の国を二分する内戦時代に突入しても、剣術は名人たちの手で進化を続けて今に至ったのである。


「今か、今とはどの時代の事であろうな」 


 私は物思いを止めて天を見上げる。


 空には一つだけの恒星、太陽と呼ばれる恒星が輝いている。


 長年慣れ親しんだ二つ陽はここにはない。


「なぁに、おやじ様?」

「何でもない、眠っておれ」

合意あい……」


 己の呟きに起きてしまった娘をあやすと、程なくして娘の寝息が聞こえる。


 ……人を斬るしか能がなく、ましてやレベルなる指標が常に一である私が、子を育てるのは無理ではないかと思われた。


 が、赤子の時に預けられてから既に五年、こうして育てることができている。


 多くの者の力を借りてここまで来たが、この子に無理を強いていないだろうかと思うと、胸が痛む。


 母の手が恋しかろうに、無骨な私の手ではなぁ。


 だが、それを理由に女性と付き合う気にはなれない。


 私はただでさえ剣に傾倒しているのに、他に女性と付き合い始めては子育てに注力できるのかが不安だ。


 それに女性と娘の相性と言うのもある、女性の手であれば誰でもと言う訳でもないし、そもそも子育ての為に付き合おうと言うのは双方に対して礼を逸する考えではないか、そのように思うのだ。


 ……乳を貰うのに赤子を抱くご婦人方に頭を下げ続けた日々が思い出される。


 あの頃からすれば、大きくなったものだ。我が娘よ。


 血の繋がりこそはないが、この子は我が子と胸を張って言える。


 それでも、やはり、時には思う。


 私が育てて良かったのであろうかと。


 彼女の母の死出の旅路に立ち会っただけの私が。


 或いは私がレベルが一以上に上がるのならばもう少し楽をさせられたのではないか。


 悩みは尽きぬがそんな事をつらつらと考えていると前方より複数人の気配が感じられた。


 それは殺気にも似た剣呑な物であった。


 先を急ぐ身としては少々面倒な事態。


 速くせねば夕刻が迫り、娘の夕食に間に合わなくなる。


 育ちざかりが一食抜くなど在ってはならない。


「おい、おっさん。有り金寄越しな」

「無駄に命を捨てることは無いやな」


 無頼が三人、行く手を遮るように現れた。


 彼らの手には長剣や斧が握られており、その内の一人がレベルを見定める事の出来る水晶球を持っている。


 その男が私を水晶玉を通して見やり、あざ笑う。


「……おいおい、こいつレベル1だぜ? その年まで1で生きてこれたんだ、どうすりゃ良いか知ってるよな?」


 まこと情けない限りだ、レベルが一であり続ける我が身の不甲斐なさよ。


 とは言え、有り金を渡してはこの子に飯を食わせる事もままならない。


「返す言葉もない。ただ、この子に飯を食わせねばならない。どうか勘弁してもらえないだろうか?」

「そんな泣き落としが通用するわけないだろう! 早く寄越しな! さもなきゃガキもろとも二度と飯が食えない身体に――」


 無頼の一人が苛立たしげに前に出て恫喝する。


 が、貴様は余計な事を言ったな。


 私は娘を背負ったまま抜刀し、恫喝する無頼の喉笛を斬り裂いた。


 居合は然程得意でもないんだが……。


 喉を斬られた無頼は何が起きたか理解できないと言いたげな目を私に向けた後、血を吹き出しながらあおむけに倒れる。


「てっ、てめぇ!」

「やっちまえ!」


 慌てふためき、怒りをあらわに迫る二人の無頼に対して、私はトンボに構え、大きく踏み込む。


 八双に似た構えだが左手は添えるだけ、左肱ひだりひじは決して動かさず、神速の斬撃を心掛け打ち込む。


 斧を振り回そうとした無頼は真っ向からたたき割られ、続く無頼に対して私は剣を振り上げた。


 全ての技は剣速のみを第一とする我が流派、真道自顕流しんどうじけんりゅうの教え通りに。


 三人目の無頼も腰から脇にかけて袈裟懸けに鮮血を噴き出て転がった。


「な……なんだよ、テメェ……」


 人を恨めしげに睨みつけながら息を引き取る三人目の無頼に私は緩く頭を振って告げる。


「我が娘に手出しはさせん」


 ……それにしても困ったものだ。


 レベルが一であり続けるから、かような災難も迷い込む。


 我が身の不甲斐なさよ……まだまだ修練が足らぬ。


<続く>

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