2.宿の騒動

 無頼に絡まれたが何とか夕刻前には街道沿いの街にたどり着いた。


 余計な時間を食っては子に飯を食わせる事もままならぬ。


 ともあれ、宿代は先方が既に支払ってくれている筈だから指定の宿へと向かった。


 だが、困った事に宿屋の受付がそんな予約は無いと言う。


「無いのか?」

「ありませんね、セイシロウ様と言う名前での予約は。そもそも貴方のような低レベルの方の為に予約を入れるような奇特な方はおらんでしょう」


 小馬鹿にしたような物言いにこちらも恥じ入るより他は無かった。


 我が身の不甲斐なさよ。されども、少しばかり引っ掛かりを覚える。


「彼の御仁は然程その点は気にしていなかったが……。無い物は仕方ない、泊まれる部屋はあるのかな?」

「金さえ貰えれば、ありますがねぇ」


 訝しむ様子には慣れている。


 レベルが低い者は仕事にありつける機会が少ない、若ければそれでもあるのだろうが私のような三十過ぎの男ではな。


 それ故に金が無いと思われるのは日常的な話だった。


「宿代はどのくらいだ? ああ、食事付きで」

「子連れでは銀貨二枚はいただかないとねぇ」

「良かろう」


 私は革袋から銀貨二枚取り出してカウンターの上に置くと宿の者がギョッとしたように目を剥いた。


「お、お部屋はこちら……です」


 そう告げて案内しようとした矢先だ、宿の外が不意に騒がしくなった。


「子連れはどこだっ! レベルが1の子連れだ! 黒髪に赤土色の瞳の親父に金髪の娘の二人組だ!」


 ……騒々しいが私たちを探しているようだ。


「あ、あんたまさかグロー兄弟の金をかっぱらったんじゃ……」


 宿の者の言葉に眉根を潜めて答える。


「その兄弟は誰かは知らんがこの金は正当な労役の成果だ」

「どっちにしろ、うちには関わりがない話だ、出ていってくれ!」


 カウンターの銀貨をさっと奪い取り、宿の受付はまくし立てた。


 そして大きな声で外の連中に呼び掛けた。


「子連れならここだっ!!」


 またぞろ騒動が湧き起こったか。


「おやじ様?」


 背で眠っていた娘が騒動に目を覚ます。


「スラーニャ、ちと騒がしくなるが直に大人しくなる。しっかり掴んでおれ」

「合意≪あい≫」


 娘とそのように話をしていると宿屋の扉を蹴破らん勢いで荒くれ男たちが入ってきた。


「……黒髪の親父に金髪の娘……。レベルは? レベルはどうだ!」

「1だ、1だぜ兄貴!! こいつだ! フェロウたち3人を殺した奴は!」

「あの追い剥ぎの仲間か?」


 巨躯の男が隣の痩せた男に声を掛けると、痩せた男は水晶玉をこちらにかざして、吠えた。


 ふむ、ただの無頼がわざわざ街まで来て仲間を殺した私たちを探し出そうとは恐れ入る。


「あの馬鹿野郎ども、こんなレベル1に殺されやがって……。捨て置いたらグロー兄弟の名折れってもんよ! 死んでもらうぜ!」


 中々の巨体を誇示しつつ迫るのは兄貴と呼ばれた男。


 どうやら仲間の敵討ちと言うよりは自分たちの声望が下がることを恐れての事か。


 悪党ながらと感心して損をした気分だ。


「あいつらにどんな手を使ったかは知らねぇが、俺には通じねぇぜ! 死ねや!」


 宿屋が狭く感じるほどの巨体が手斧を振り上げて迫るのは中々に圧巻ではある。


 だが、恐ろしさはさほど無い。


 私は一歩前に出て振り下ろされる前のその手首を掴み取る。


 これを後の先と言えるのかどうか、ともあれ掴んだ指先に力を籠めるとぎしりと骨が軋む音が響く。


「はっ?」


 巨躯の男が間抜けた声を出す。


「離すでないぞ、スラーニャ!」

「合意≪あい≫!」


 目をむくグロー兄弟の兄を尻目に私は背中の娘に声を掛けて、がら空きとなっている脇腹に膝蹴りを叩きこんだ。


 こいつ、さほど鍛えていないな? 腹回りの手応えが少々柔い。


「ぐおっ!」

「屋内で吐くでないぞ」


 そう告げながら体を九の字にしながら私に掴まれ悶える巨躯の腕から手を放してに今一度蹴りをくれてやる。


 勢いのままに宿屋の扉から転がり出たグロー兄弟の兄は何が起きたのか、理解できない様に道端に座り込んでいるのが開き閉めする扉の向こうから垣間見えた。


「え? え?」

「……え?」


 呆けている連中に肩を竦めながら告げる。


「屋内を血で汚す訳にもいかん。表に出ろ。この程度の出来事には慣れている」

「ふざ――っ!」


 さて、何と言いたかったのかは分からないが、荒くれの一人が激高して武器を振るってきたのでその顎を拳で打ち抜く。


 緩慢な動き、感情に流された動きでは反撃も容易い。


 膝から崩れ落ちる荒くれを無視して私は残った連中に告げる。


「表に出るが良い」


 こいつらが出ないと言うのならばそれはそれで結構だ、まずは頭目だと思われるグロー兄弟の兄の方を片付けるだけだ。


 何が起きているのか理解できない様子の連中を尻目に外に出れば、漸く立ち上がったグロー兄弟の兄に対して私も剣を抜いて構える。


 トンボの構えを。


「お、お前、本当に……レベル1なのかよ」


 グロー兄弟の兄は恐ろしい化け物でも見るかのような目で私を見た。


「そうらしいな。情けなきことだ、我が修練が足らぬからであろう。立木にどれほど打ち込もうが、悪党をどれほど切ろうがさして変わらぬ」


 私の言葉に何を感じたかグロー兄弟の兄は歯を打ち鳴らしながら吼える。


「ば、化け物がっ!」


 それが最後の言葉となった。


<続く>

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