レベル１の子連れ剣鬼 ～レベルのある世界を生き抜く剣鬼と忌み子～

３．新たな死闘へ

　グロー兄弟の兄は私の斬撃を受けて鮮血を迸らせ、死んだ。

　慌てて飛び出してきた二人の荒くれ者を撫で切りにしてしまえば、弟の方は脱兎のごとく逃げ出した。

　倒れた荒くれの一人の衣服の端で刃にこびり付く血を拭き取って、私は宿屋へと戻った。

「宿代は取ったな、部屋に案内してもらおうか」

「あんた……あんた、何なんだ……」

　宿の受付はガタガタと震え怯えたように私たち親子を見ている。

「ただの旅の剣士だ。食事は部屋に運んでくれ」

　代価を取った以上は当然の要求をすると、受付は恐る恐ると我らを部屋に案内した。

　宿の一室は何のことは無い普通の宿の一室であったが、屋根のある部屋で休めるのはありがたかった。

「お腹すいたよ」

「今に食事が来るが、少しかかるか。これでも食べておれ」

　保存食を入れた革袋から硬く焼き固めたビスケットを取り出してスラーニャに与えると、彼女はその一部を口に含んでふやかしながら食べ始めた。

「さっきの人は何？」

「物取りの頭目であろう。面倒な話ではあるが、これも父のレベルが上がらぬ所為か」

「おやじ様は強いのにね」

「なんの、私など所詮は凡夫よ。上がらぬレベルはきっと戒めであろう」

　そんな事無いと思うけどとスラーニャは言い添えて、黙々とビスケットを食べた。

　程なくして扉を叩く音がすると、受付の男ではなく年輩の男がやって来た。

「お客様。受付の者が粗相をいたしまして申し訳ありません。女神ルードの聖女様よりお部屋代を頂いておりますので、ご返金に上がりました」

「ああ、そうでしたか。彼の御仁に手抜かりは無いと思いましたが、手違いは誰にもありますゆえお気になさらず」

　そう告げて返された銀貨二枚を受け取る。

「お食事は今作らせておりますので」

「よろしくお願いする」

　それで用事は終わりの筈だが、年配の男は何かを迷うように立ち尽くしていた。

「どうなされた？」

「不躾ながら……グロー兄弟を難なく倒された貴方様にお願いしたい事がございます」

　言って良いものか悪いものかと迷うような空気を感じる。

　レベルが一である者に頼みごとをするのに気後れしている、という風ではない。

　この男から感じるのは良心の呵責。

　なれば……我ら親子を罠にはめようと言う勢力が動き出したか。

　考えてみればこの街は彼の領地とさほど離れていない、事前に網にかかるのを待っていたのかも知れない。

「……申されてみるが宜しかろう」

「はっ、はい。街の北に先程暴れたグロー兄弟の仲間が根城にしている廃村がございます。その数は八人、貴方様の腕前ならば打ち倒せるのではないかと思い、討伐を依頼したく」

「ふむ？　兵士は動かぬのかな？」

「兵士ではどうしようも……荒くれが街中であのように暴れるほどですから」

　確かに普通はもめ事が起きれば国より派遣されている兵士がやって来て場を治めようとする。

　だが、先ほどから今の今まで兵士がやって来て事情を聴こうともしていない。

　余程あのグロー兄弟なるものの力が強かったのか。

　弟の方は逃げだしている訳だし、先ほどの連中の仲間が復讐を誓ってこの宿屋を脅している可能性もあるか。

　断ればこの宿に迷惑が掛かろう。

　不用意に斬って捨てたのは私の過ち、とも言えるのだから。

「明日、そちらに出向く。それで宜しいか？」

「は、はい。お子はどうされますか？」

「アタシは一緒に行く」

　私が返答を返す前にビスケットを食べ終えたスラーニャが答える。

「そ、そうですか」

「この子も訳アリでな。戦い方は知っておかねばならぬ」

　その言葉に何を思ったのか頭を下げて年輩の男は去っていった。

　程なくして食事が届くと、スラーニャと二人で暖かな食事と言う喜びを分かち合う。

　寝る前には木の枝の先を煮て木づちで叩いて房状に広げた物で歯の汚れを取り、指先に塩を付けて歯を磨いた。

　何でも虫歯にならぬようにするには食った後が良いとのことだが、なるほど、実際にやっていると確かに虫歯にはならぬ。

　塩は少々高くつくが、物が食えぬ人生はつまらぬから、これが親子の日課になっている。

　明日死ぬかもしれぬ身とは言え、歯は重要だ。

　食うのにも、力を入れて断ち切るにも。

　外は少し騒がしいが夜も更ければ、後は寝るだけ。

　スラーニャをベッドに寝かしつけてから、私はベッド傍に座り込み眠る。

　何時でも抜刀できるように己の身に刀を立てかけ、抱きながら。

　いつもと変わらぬいつもの光景。

　いつ何時、この子が狙われても対処できるように……。

「……だが、果たしてこれで良かったのか」

「……良いんだよ」

　私が一人呟くとスラーニャが答えた。

　……寝入ったと思っていたが聞かれていたとは不覚だ。

　精進が足りんと思いながらも、そうだなと声を掛けてその頭を撫ぜる。

　こうして、その日は終わりを迎える。

　無事に一日を生き延びられたが、翌日には新たな死闘が始まる。

　この螺旋より抜け出さねば、この子に先がないのではないか？　そんな不安を抱きながら私も双眸を閉じた。

＜続く＞