来るべき未来の為に

40.大難、来る

 芦屋あしや卿は部屋に入って来るなり。


「そう言えばお前たちの祝言はいつなのだ? 祝いの品を考えておかねばならぬ」


 等と言い放った。


 その言葉にロズ殿と私は絶句してしまったが、スラーニャが臆面もなく言い返す。


「まだ未定」

「なんだ、人生は短いぞ? とっとと決めてしまえ」


 そう一つ笑ってから芦屋卿は表情を改める。


「こういう楽しい話題ばかりできれば良いんだがな。神土かんど中尉……いや、今更身分に縛られる意味もないか。神土よ、この世界に大難が来る」


 不意に振られたその話題に私は何ら答えることができなかった。


 その前の段階から考えることができたからだ。


 つまりは祝言と言う言葉に。


 いや、祝言と言う事は私とロズ殿はそう言う間柄と思われているのだろうか? 嫌ではないけれども、それは人の親としてどうなのだろうか? いやいや、そもそもロズ殿がそう言う風に見られて迷惑を――。


「おい、聞いているのか?」

 

 呆れたように問いかけられると漸く私は思考が現実に立ち戻った。


「申し訳ありません、聞いておりませんでした」

「お前なぁ……。この世界に大難が来る。屍神の計画が遂行されるのだ」

「大難、とは?」

「数千名ほどの、レベルという概念に慣れ親しんだ異界の者達がやって来る。屍神が曰くにはプレイヤーと呼ばれる連中が大半だそうだ」


 良く分からない。いや、数千名もの異界の人間がやって来ると言うのは理解できるが、それが世界にとって大難であるのだろうか?


 私の表情から疑問を読み取ったのか芦屋卿は肩を竦めて。


「アルカニヤの総人口は精々が百万ほど。そこに異界の常識で動く数千名がやって来てみろ? ましてや、レベルが百を超えるような連中が半数近くいるそうだ。大きな変革になろうよ」

「それが、屍神とやらの計画なのですか?」

「――お前はジュダイアの最後の言葉を覚えているか?」


 話が飛び飛びで良く分からないな。


 ジュダイアの最後の言葉……確か、彼の地で我が研究の全てを……妄執と消えゆく神の融合を見よ、だったか。


「研究だとか、妄執と消えゆく神の融合だとか」

「その融合した存在こそが屍神よ。アレは異界の……そうだな、物書きの妄執と勇者クレヴィに打倒された邪神官が崇めていたものが融合した存在」

「物書き?」

「シナリオライターとか言うらしい、そいつの肥大化した自意識が消えゆく神を食らって屍神となった」


 ますます話が良く分からなくなってきた。


 物書きの意識が神を食らった? 何のために? いや、待てよ? 我らが此方に来たのは高々九年前かそこらだ。


 屍神教団は百何十年前に生まれた筈、ジュダイアの研究など何の意味もない筈ではないか。


「ジュダイアが死んだのは九年かそこら前の出来事ですよ?」

「死んだのが、であろう? アレは齢数百歳の妖術師であったと言ったではないか。異界に干渉し、自意識が肥大化した人間と消えゆく神を掛け合わせて遊んでおったのよ」


 異界の神を弄ぶとは何たる傲慢な振る舞い、まさに妖術師か……よく倒せたものだ。


 ともかく、屍神とやらの正体は分かったが……。


「世界に変革をもたらすのが屍神とやらの?」

「違う。自分の思い描く世界でプレイヤーに一生過ごさせるのが奴の望みだ。他の世界ではない、自分が作り上げた世界で」

「そうは言いますが、この地を作った神は少なくとも屍神では……」

「だから作り変えるのよ。これより我らの知る建物が突如消え、見知らぬ建物が代わりに立つようになる。見知らぬ怪物が野生動物に取って代わり蠢き、見知らぬ迷宮が不意に口を開くのだ。奴はこれをダウンロードと呼んでいた」


 何と言う理不尽。


 世界の変革と言われてもピンとこなかったが、具体的に言われると何とも恐ろしい出来事が起きるのだとようやく理解できた。


「それが、屍神の望み?」

「そうだ。奴は魂をこの世界に降ろす術は確立したが肉体を降ろす術は確立できなかった。肉体をこの世界に呼び出すと必ず欠損が生じた。俺やお前のように内臓が使いもにならなくなったりな」


 或いはそれがこの世界の防衛機能だったのかもしれないと芦屋卿は一度天を仰ぎ。


「だが、奴は遂には既存の肉体に魂を降ろす事を思いついた。何度か実験を行った結果、殆ど成功したようだ」


 私は何故か背筋がぞくりとした。


 そしてロズ殿をそっと伺う。


 彼女は顔を青くして、微かに震えながらこの話を聞いている。


「魂と呼べるものが少ない存在を降ろしたそうだ。奴はその存在をエヌピーシーとか呼んでいた。一部、肉体の元からある魂を上書きしきれず行方が分からなくなったものもいるそうだが」


 ロズ殿の震えが一層強くなった。


 スラーニャはそれに気づいて、その手をぎゅっと握りしめるとロズ殿は少し笑みを浮かべてスラーニャを見た。


「その次に来るのがプレイヤーと呼ばれる者達ですか?」

「いや、まず多くのエヌピーシーが降りてくる。既存の誰かの肉体を上書きしてな。魂が上書きされると肉体もそれに伴い変容する。もっとも降ろすのに時間がかかるのがプレイヤー。元々は異界の人間だそうだ」

「その者達はあちらでの肉体は捨て去るのですか?」


 何だろうか、志願制の開拓民みたいな話なのか? そう思った私の考えを斜め上に上回る返答が返ってきた。


「捨てさせるのだよ、勝手に」


 どうやら、プレイヤー達は息抜きに遊んでいるだけの一般人らしい。


 彼らが遊ぶ場の物語を作ったのが屍神と融合した物書きだそうだが、遊びには流行り廃りが出てくる。


 自分の物語から人が離れだしたことに憤った物書きは、何をやらかしたのかジュダイアに目を付けられ、その魂を信仰なくただ消えていくだけの神と融合したと言う話らしい。


「俺は二重の意味でケリを付けねばならん。俺に巣食ったジュダイアの行いと、ギアスを掛けられ仕方なく行た俺自身の行動の後始末を。一方でお前も教団には大きくかかわっている。お前自身ではなく、お前の家族がだ、神土」


 大司教とやらの言動から分かっていた、スラーニャを真に忌み子と思っているのは屍神教団の連中だと言う事も。


 そして、今の話からロズ殿が屍神の実験とやらの結果、生まれた存在であることも。


 共に私が守るべき者。


 私は屍神教団と事を構える決意を固めた。


<続く>

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