同郷の男と陰謀と
31.穏やかな日々
アーヴェスタ家の当主が変わったことで周囲の治安は良くなり、人々の生活にも活気が満ちて来た。
ロニャフ王とアーヴェスタ家でどのような話し合いがもたれたのかは不明だが、ロニャフ王はアーヴェスタ家の騒動を野盗をおびき出すための作戦だったが手違いがあった事を叱り、処罰はそれだけにとどめた。
イナゴの被害にあった温泉街には新領主カーリーン自ら赴き、前領主の不明を詫び、復興に尽力する事を約束した。
これらはエルフの騎士イゴーより直接聞いた事であり、彼はロニャフ王の元で暫く世話になるのだそうだ。
キケとテクラの処遇についても、アーヴェスタ家がシャーランに働きかけてくれているとの事で、囚われの父君との面会も許され、彼らはシャーランに一度戻る事になった。
リマリア殿とバルトロメ殿は神殿を長く空けていた為、一度戻るようにと通達があり仕方なさそうに王都ロニャフ近郊の神殿へと去っていった。
今、私たち親子と同道しているのはロズ殿とオークのアゾンだけだ。
一時に比べれば減ったように感じるが、それでも普段の我々の旅路には十分に多い。
「良いか、アゾン。左手は添えるだけだ、決して動かすな。それは剣速が遅くなる。遅きは我が流派が第一に嫌う所だ。数ミリの遅れは剣先では数センチの遅れに通じる、己と似たような腕前の者が相手の時、その遅れは致命てきになる」
「はい」
街道脇でアゾンに剣を教えながら私も素振りをしているとスラーニャとロズ殿が包みをもってやって来る。
どうやら昼飯のようだ。
空を見上げれば太陽は真上で輝いていた、もうそんな時間か。
「指導に熱が入りすぎたな、少し休もう」
「まだいけます、先生!」
「身体を壊しては意味がない。しかし、君がまだ十五だとは思わなかった」
そう言うとアゾンは照れたように頭を掻いた。
私より頭一つ高いアゾンはこの身体でまだ十五歳なのだと言う。
オークの身体はどうなのか知らないが、人であれば十五はまだ育ちざかり。
下手な指導をしては体に変調をきたす恐れがある。
しかし、幾ら十四、五になれば独り立ちを考える年齢とは言え、家族を一気に失うのは独り立ちとは意味が違う。
その年齢ならばいかにオークと言えども奴隷商の鞭だって恐ろしいのは当然である。
これほど若くとも、正しい力を求めたアゾンの精神は正に玉の如き尊い物だ。
私の指導でそれを曇らせたり、ひび割らせる訳にはいかない。
剣を教えると言うのも中々に大変な事だ。
「ほれ、そろそろ日差しも強うなる。一休みするのじゃ」
「そうだー、休みなよー」
女性陣もそう言っているしと笑って告げて、その場で昼飯を食うことにした。
あの後、アーヴェスタは本当に私に謝礼を持って来た。
結構な額であった事も有り、街の住人からも暫く逗留してはと勧められたため、すっかりあの街で世話になっている。
だから、こうして真昼間から剣の稽古など出来る訳だ。
「今日はね、サンドイッチ作ったんだよ」
「……うむ」
スラーニャが胸を張ると何故にかロズ殿が視線を彷徨わせている。
包みを開けると……パンとパンの間に干し肉が挟んであった。
なるほど、これもサンドイッチの形態と言う訳か。
私もアゾンも特にこのサンドイッチに異存はなく、かぶりつく様に食べる。
と、喉に引っかかって思わずせき込んだ。
「ほれ、そんなにがっつくでないわ」
ロズ殿が呆れたように告げながら水の入った革袋を私に差し出してくれた。
ありがたく水を飲んで一息つくも、この味わい、喉を焼く感じにこれは水ではないと気付いた。
「ワイン、か」
「む、ワインの方を渡してしまったか?」
酒が入っては剣の指導など出来ないなと肩を竦めてから、日が傾いてから続きをしようとアゾンに告げた。
……何と言うか、平穏な日々だ。
つい先日までのきな臭さが嘘のように消え失せている。
誤って酒を飲んでも
飯を食い終われば、アゾンがスラーニャを肩車して遊んでくれた。
心根が優しい男だ。
そんな男の村が焼かれてしまうと言う理不尽な目に合うのだから世の中と言う奴は不公平だ。
そんな事を思いながらアゾンとスラーニャを眺めているとロズ殿が声を掛けて来た。
「平和、じゃな」
「ああ」
「あまりに平和な時間じゃからか、余も目的を忘れそうになる」
「自身が何者か見極めたいのでは?」
思いがけない言葉にロズ殿を見やると、彼女は肩を竦めて告げた。
「余が誰であろうとも生きてはいける。……貴公らと共に居るとそんな風に思ってしまう」
「――行くのか?」
「出会えば別れも始まっておろうよ」
己を見極めようとするならば、一人進まねばならないと考えているのだろう。
私はその考えに否を告げたかったが、どう言うべきか言いあぐねた。
元より、ロズ殿とはたまたま同道しただけの間柄。
だが、このままで良いのだろうかという思いはある。
あれども、私が第一に考えなくてはならないのはスラーニャについて。
「貴殿には甘えてしまったようだ。娘の事を見てくれてありがたかった」
「貴公自身は、どう思っておるのかのぉ? 要らぬ旅の連れが減って清々しておるのか? 或いは子守が居なくなって――」
「一緒に旅ができて楽しかった。そして、嬉しかった。貴殿のような女性に巡り合えた事は正に僥倖である」
何故にか感情を高ぶらせかけたロズ殿の言葉を遮り、私は本心を告げる。
と、彼女は少しだけ口をパクパクと動かしてから、困ったような笑みを浮かべ。
「因業な男じゃな」
「人を斬るより能が無いからな」
「いや、そうではのうて」
……人斬り以上に因業な事があろうか? そう首を傾ぐとロズ殿は肩を竦めた。
そして……。
「先ほどの話だが、今すぐと言う訳ではない。もうしばらくは同道する」
「……それは良かった。寂しくなるかと覚悟していたが」
「貴公はそう言う事をもうちっと早く言え」
そんなやり取りの最後に怒られた。
解せぬ……。
ともあれ、かように穏やかな日々を過ごしていた我らの宿の一室に文が投げ込まれたのはそれから三日後の事。
そこに書かれた文字を見て、私以外の誰もが首をかしげていた。
だが、私はその文字を知っている。
故国の言葉だったからだ、決して戻れぬであろう故国の。
その戻れぬ国の言葉で綴られた文が伝えている、スラーニャの実父は
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