52.情報の共有

 私たちは何とも言えない空気感の中でとりあえず休戦し、情報の共有を始めた。


「シ、シナリオライラ―? なんであいつが……」


 私の言葉にタコマルと名乗ったエルフは驚きをあらわにして、声を振り絞る。


「話せば長いがな。ジュダイアなる妖術師が消えゆく神とその物書きの妄執を掛け合わせたそうだ。出来上がったのが屍神と呼ばれる神だと言う」

「あの胡散臭い連中か。……確かにアビスワールドっぽさは感じてたんだよな、連中に」


 タコマルの言うアビスワールドが何か分からず、眉根を寄せる。


 すると背後からロズ殿が告げた。


「アビスワールドはPCたちが遊興の場としていた世界の事じゃ。貴公の言う物書きの造り上げた世界と言うべきか」

「廃られつつある世界か」

「物悲しき事じゃがな」


 私たちのやり取りをタコマルは興味深そうに眺めて。


「そっちの人はPCじゃないのか?」

「エヌピーシーと言うらしい」

「……随分と様相が違う感じだが……新キャラか?」


 私が疑問に思うよりも早くロズ殿が答える。


「NPCでは情報量が不足していてな。元の住人と混ざり合った」

「待って? 混ざりあった?」

「――肉体なき身でどうしてこの地に受肉できたのか考えなかったのか?」


 ロズ殿の言葉に訳が分からないと言った表情で問いかけるタコマルに、彼女は沈痛な面持ちで問いかけを返した。


 その言葉を聞き、タコマルは一歩後ずさった。


 馬鹿なと笑い飛ばそうとしてか、微かに笑いながらも彼は事の重大さに気付いてか後ずさったのだ。


「どういう意味だ?」


 隊長と呼ばれているエルフの女が意味が分からないと憮然と問いかけると、ロズ殿は一拍置いて口を開く。


「余はカムラ国の追放されし姫、ロズワグンの肉体に情報を……魂を降ろされた。アビスワールドからの来訪者は皆同じ。それが屍神のやり口じゃからな」

「馬鹿な! そんな馬鹿な! それじゃ俺は……」


 どこかの誰かを殺してなり替わったような物だって言うのかと悲痛な声をタコマルはあげた。


 ロズ殿の告白、タコマルの悲痛な叫びにエルフの女は呆然自失としていたが、不意に頭を左右に振って。


「お、お前たちはあの建物を、いや都市を知っているのか? あそこはかつて亡国の……忘れられし民が住まう岩山があったと聞く……まさか、大地そのものも屍神は降ろしたとでも言うのか!」


 徐々に口調が強さを増したのは、ある種の強迫観念からであろうか。


 岩山のような物が天変地異も前触れもなく消え、見知らぬ建物群がそびえたつ今の状況を思えばそれもやむ得まい。


 ありえない筈の出来事が起きているのだ。


「どういう事なんだ、タコ! お前たちは……お前は侵略者なのか……?」


 女エルフの声は震えている。


「違う! 俺は少なくとも侵略の意思はない!」

「余にもない。余は家族と共に静かに生きて行きたいだけじゃ」


 最も、そうは言っておれんだろうがとロズ殿は肩を竦めた。


「家族?」

「そこの娘と良人おっとじゃ」


 タコマルの怪訝そうな問いかけにロズ殿は照れるでもなくはっきりと言い切った。


 そんなロズ殿を眺めていたタコマルは私とスラーニャを見て、それから再びロズ殿を見て、そして小さく呟いた。


「ああ……。あんたはここで居場所を勝ち得たんだな」

「運が良かった、そう思っておるよ。それだけに、屍神なぞと言う阿呆に暴れられても困る」


 お主はどうじゃとロズ殿はタコマルを見据える。


 タコマルはロズ殿の視線を受けて、微かに眉間にしわを寄せた。


「俺は、知らずに誰かを殺した。そいつが事実だってんなら、そいつをさせた奴を許せるものじゃない」


 そこまで告げてからタコマルは何かに気付いたように顔をハッと上げて。


「ま、待てよ。なあ、まさか、俺たちは全員呼ばれたのか? あいつに……カザキに!」


 カザキ? 誰の事だ?


「カザキ・テル、貴公の言う物書きの名前だ」


 ロズ殿がそっと囁いてくれた。


 ああ、考えてみれば物書きでも名前があるのは当然か。


「そいつが屍神の半身の名前ですかい」


 不意にカイサが口を挟んできた。


 その口調はいつも通りの軽さはあったが、何処か不穏な空気を感じる。


 まるで主敵の名前を知った兵士の様だ。


「……旦那、凄まじい目つきをしていますよ。ぶった切りたくてたまらないんじゃないですかい? カザキ」


 そう言うカイサは人の事を見てそんな事を言う。


 実際どうであろうか? 多分、斬り捨てたい。


 ただ、借りにも神。中々上手くは行くまいと考えた矢先のことだ。


 ロズ殿が不意に振り返ってエランと呼ばれた建物群を見据えた。


 そして、緊張したような声で告げた。


「来るぞ……」


 その言葉が終わるか否かという段階で、エランより数名の人影がやって来るのが見受けられた。


「スラーニャ」


 私はそっと娘の名を呼ばわる。


 彼女は私の声音の意味に気付き、私の傍に来て印字打ちの準備を始めた。


 いつ、戦いになっても良い様に。


<続く>

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