17.同道

 怯えた声をあげていたのはグロー兄弟に弟の方であった。


 顔には殴られたような痣を作り、必死の形相で訴えている様は周囲の怒りすら鼻白ませているようだった。


 そのグロー兄弟の片割れは私の姿を見つけると、まずは押し黙り、続いて発作でも起こしたかのように大きく震えだした。


「た、た、助けて……」


 がくがくと歯を鳴らしながら私を見上げる様子に、私もまた毒気が抜かれる。


 だが、今ならば簡単に情報を引き出せると思い至った。


「存命したくば答えよ。一体お前たちはイナゴを呼び寄せ何をしようとしていた?」

「き、貴族のアーヴェスタが、へ、兵を集めているからよぉ」

「兵?」

「そ、そうさ。なんでもガキを一人殺せば大枚はたいてくれるってよ。それに、それが上手く行った暁には……反ら……ん」


 奴は私の中に何を見たのか、言葉を途切れさせてまた震えだした。


 だが、ここで黙られるとスラーニャに疑いの目が向くかもしれない……。


 待て、この男は今はんらんと言ったな? 反乱の事か?


「や、やんねぇ。やんねぇよぉ! 知ってるのはこのくらいだ! た、頼むよ、助けてくれ!」

「アーヴェスタ家はロニャフ王に対して反乱の意思があるのか?」

「わ、分からねぇけど、そんな事言ってたんだよぉ」


 周囲が俄かにざわめきだした。


 当然だ、王に対する反乱のために兵を集めるのと、子供を殺すために兵を集めるのでは周囲の者にとっては意味合いが違ってくる。


 前者の方が自分たちの身に危険をより感じるのだ。 


「た、確かに最近、領主は野盗に甘いと思っていたんだ」

「まさか、王様に対して反乱を?」

「そ、そんなこと知っちまったら俺たち殺されちまう」


 思いも掛けない状況を知りえてしまった街の者達は慌てふためいたが、亜人の女……ロズ殿が小さく笑って告げた。

 

「黙ておれば良かろう。そこの野盗の生き残りもそんな事喋ったと知れれば何とかという貴族に殺されよう? だから、皆で黙れば良いのじゃ。どうせ、本当か嘘かも分からない言葉なのじゃから」

「そ、そんな簡単な事で……」


 ロズ殿の言葉に動揺が弱まった住人たちだったが、それでも迷いが強いのが見て取れた。


 そのためか黙って事の成り行きを見守っていた旅の老人が……閉じ込められた家屋の中でも一人瞑目していたあの老人が息を吐き出しながら告げる。


「誰かが得をすると言うのならば許せず喋るかもしれん、自身が得をするならば利に眩んで喋るかもしれん。しかし、自身の命が掛かっている状況で吹聴すると思うか? 或いは旅の者が、つまり我らが話すにせよ、ロニャフ国を離れた異国で話すわい」


 ロニャフ国で話すにはあまりに危険が大きすぎると肩を竦めて、さらに続ける。


「王にご注進でもするかね? ロニャフ王はまだ若く、それだけに貴族たちに強く出れないが、反乱騒ぎとなれば話は別。早めに情報をもたらした者を優遇するかもしれんからな」

「逆にアーヴェスタ家には言わない方が良いよ。それこそ秘密を知る者として街が滅ぼされちゃう」


 老人の後を継いで子供の口調で恐ろし気な事を言う薄汚れてはいるが身なりの良い少年は、更に旅人の僕らも危ういからねと肩を竦めた。


 その達観の様子から少年がどのような世界で生きてきたのかが伺い知れる。


 ともあれ、三者の意見を聞き街の住人たちは落ち着きを取り戻していた。


「領主の税が重くなってきている、王様に治めて貰えばマシになるかも」

「どっちが勝つかも分からないんだ、知らぬ振りをしておくべきだ」

「少なくとも領主に知られちゃならねぇ……」


 そう話し合う街の住人を眺め、未だに怯え震えている野盗の生き残りに一瞥くれてからスラーニャを伴って踵を返した。


 口を割った野盗に用はない、街の住人の怒りを受けるか、後に情報を漏らしたとしてアーヴェスタ家に殺されるかは定かではないが、やってきた事の報いは自ずと受ける。


「ああ、待て待て」

 

 ロズ殿が我々に気付いて声を掛け、なおかつ後をついてきた。


「……何故に貴殿までついてくる?」

「釣れない事を言わないで欲しいものじゃ。せっかく知り合えたのに、ハイさよならではあまりに寂しい」


 正直に言えば、何とも子供のような事を言うものだと思った。


 我らの道行きが危険な物であることは察しが良い者ならばわかる筈だ。


 先ほどのグロー兄弟の弟の言葉を受けて、私の態度から連中が殺そうとしているのがスラーニャなのでは無いかと察する者がいたとしてもおかしくない。


 最も、今は反乱と言うより大きな秘密を知ってしまった衝撃の方が大きいようだが。


 だが、ロズ殿くらいに冷静に周囲を見れる者がそこに行き当たらない筈はない。


「件の貴族が狙うのはこの子じゃろう? 子連れの剣士は目立つぞ? そこに一人加わるだけで周囲の目も変わるとは思わぬか?」


 私の予想を裏付けるようなことを彼女は告げた。


「そこまでして何故同道したがるのか?」

「このように可愛らしい子を殺させはせぬ」


 亜人でありながら、或いは亜人だからこそ人間らしい言の葉を紡ぐロズ殿に頭を下げて謝意を示しながら、私は言う。


「その心の在り様は素晴らしき物。さりとて、我ら親子は守りに徹する気はありません。事、ここに至れば打って出るつもりです。危険が過ぎましょう」

「ならば、頭数は多い方が良い。余とて無力ではない」


 中々に頑固だな。


「危険多きことゆえ、命の保証は」

「命の保証など、何処に行こうがある訳なかろう。……人と異なる余が同道するのは気に食わぬか?」


 最後の問いかける言葉は、声音は変わらなかったが陰りが見えた気がした。


「私とて人とは異なっている。されど我らは」

「おやじ様、ロズさんも一緒がいい」


 スラーニャが私の言葉を遮るように声を出した。


 それが珍しい事でもあったので、私は思わず黙った。


「おお! 小さな貴公は一緒が良いか?」

「アタシね、スラーニャって言うの」

「うむうむ、スラーニャじゃな、覚えたぞ」


 スラーニャとロズ殿は楽しそうに話しを始めた。


 その様子を尻目に私は小さく息を吐き出して思う。


 我ら親子の道行きは死出の旅路と変わらぬ道行。されど、これは私がこの子に、スラーニャに押し付けているだけなのではないか、と。


 もう何年も抱えている悩みだが、こいつは消えることは無いばかりか、年々その思いは大きくなっている。

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