27.騒動再び
私たちが、いかにしてアーヴェスタの当主を誘い出すかを思案している最中、スラーニャが喋ることは無かった。
私はその事実に気付き、そっと彼女を伺うとスラーニャはロズ殿の腕の中で半ば眠りかけていた。
「流石に変わろう」
「苦でもないが、父親に返そうかのぉ」
そう告げて笑うロズ殿であったが、流石に疲れの色が見て取れる。
子供は可愛い、だが、子供の世話は大変だ。
慣れぬ者は余計に疲れるだろう。
キケくらいの年齢になれば自分で色々と出来るのだろうが、スラーニャはまだ少し手がかかる。
いずれは独り立ちをして貰わねばならないが、今はまだ私がしっかりと支えねばならない。
「スラーニャ、起きれるか? 背負うゆえ、ちょっと起きてくれ」
「……やだ、抱っこ」
寝ぼけ眼のスラーニャがそんな事を言う。
こういう事もあると笑いながら、私は片腕でスラーニャを抱えると彼女は私の首に手を回して肩辺りに頭を寄せて寝入った。
片腕は自由が効き、剣を振るのに支障がないこの状態が我ら親子の今までの日常だった。
「同道する者が増えてはしゃいでいるのか、最近はよく眠る」
今日は思いがけず知り合いにも出会えたから余計だろうと先ほどまでの様子を思い返す。
こんな幼いスラーニャの前で実の父を殺す算段をしているのは、やはり居心地の悪さを覚えなくもない。
だが、その父がどうしてもスラーニャの命を狙うのであればそれもやむ無し。
私が父に狙われると言う因業から解き放ってやらねばならない。
彼女の母の死に立ち会い、この子を預けられた私が……やるのだ。
とは言え、それでも子の前で親を殺す算段をしているのは自分が外道になったような思いを抱く。
「この子にとっては正に貴公こそが父親だな」
私の思いを知ってか知らずか、ロズ殿がそんな事を言った。
……私に、人の親たる資格があるのか。
誰に問いかける事もない自分だけの疑問に答えを見いだせない私には、重たい言葉に聞こえた。
※ ※
夕刻が迫る中、再びあの街にたどり着くと何やら騒ぎが起きていた。
いや、騒ぎと言うよりはよく見れば荒くれたちが街中をかっ歩して騒いでいるのが見える。
「またか」
「アーヴェスタの当主が野盗どもを雇うってんなら、連中も大手を振って街中を歩くってもんさね」
リマリア殿の言葉にもうんざりとした響きがあった。
できれば関わり合いは避けたいところだが、宿で休めるのならば宿で休みたい。
スラーニャにしっかりと飯も食わせたいし、仕方なく街中に進む。
子供二人に女が三人、老人一人にレベル1が一人。
何とも奇妙な組み合わせに見えたようで、酔った荒くれが何かこちらを指さし告げていたが、直接声を掛けてくる者は無かった。
宿に至れば、宿屋の主が我らを見やって安堵したような笑みを浮かべたが、すぐにすまなそうに眉根を寄せて告げる。
「これはお揃いで……。ただ宿室も空きが少なく、申し訳が無いのですが皆様一緒の部屋になってしまいますが……」
「二部屋は空いて無いと言う事か、致し方ない。繁盛しているな」
道中で寝食を共にしてきたのだから今更部屋が一緒だからと慌てるような事もない。
部屋がほとんど埋まっていると言うのであれば商売としてはありがたいだろうと話を向けると、宿屋の主は軽く頭を左右に振った。
騒ぎが絶えず、気疲れの方が大きいとの事だった。
世の中上手く行かないなと言い添えて、二階の宿室に上がろうとするとけたたましい音を立てて宿屋の扉が開かれた。
「
剣士風の男を中心とした一団が入って来て、取り巻きらしい一人がそう叫んだ。
二階に上がりかけていたバルトロメ殿の足がピタリと止まった。
私もある言葉に反応して剣士を見やる。
水面、それは天流七派の一つ聖ロジェ流の奥義。
聖ロジェは護りの技を得意とした剣士であり、要人を連れて二百の敵がひしめく戦場を要人に怪我無く突破したと言う逸話がある。
なにより、ルード神殿の守護騎士たちは皆、剣を使わぬ者も聖ロジェ流を習い親しんでいる。
その奥義を使えると荒くれが吹聴しているとなれば、バルトロメ殿も面白くはないだろう。
私自身、面白くはない。
水面の使い手を見たのはただ一人。
ルード神殿大主教の守護騎士であるラカ殿ただ一人だからだ。
一度だけ相対させて貰た事があるが、バルトロメ殿よりも高齢でありながら打ち込む隙が何一つ見いだせなかったお方だ。
どんな技を用いようと、必ず打ち返された。
当然レベルも90に近い強者で、それほどの方でなければ会得できない奥義をあの剣士は会得したのか?
とてもではないが信じられない。
立ち振る舞いを見ても、足運びを見てもまだまだ未熟。
確かに聖ロジェ流を学んだ様子は見て取れるが……。
私とバルトロメ殿の視線に気づいたのか、ワイズと呼ばれている剣士が此方を見て口を開いた。
「何か?」
「お若いのに水面を使えると聞き感服していた所でございますよ」
私が答える前にバルトロメ殿が騒動が起きぬように相手を立てた。
彼がその道を選んだのならば、私も従うさ。
結局ワイズと名乗った剣士は私達から興味を無くしたように視線を外した。
参りましょうかとバルトロメ殿が告げ、怪談を皆で上がりかけるとまた扉が大きな音を立てて開いた。
そして、大きな影が転がり込んできた。
「い、いてぇ、いてぇよぉっ!」
大きな体だったが身に着けているのはズボンだけ、傷だらけの上半身を晒していたのはオークの青年だった。
オークは緑色の皮膚を持つ大柄な亜人であり、戦士階級が力を持つ部族的社会を形成している者達だ。
強き事が貴ばれ、弱みを人に見せない事が彼らの美学であるが、転がり込んできたオークは外面もなく痛みを訴えて転がっている。
「オメェは奴隷だ、やれって言う事はしっかりやれ!」
「で、出来ねぇよ、子供殺すなんてできるわけっ!」
オークの後から入ってきた壮年の男が鞭でオークを叩き怒号をあげると、オークは痛がりながらも抗い、抗弁の最中に鞭で打たれた。
その抗議の声を聞いた瞬間、同道する者達の視線が私を見ていた。
……大丈夫、まだスラーニャの事とは確定していない。
精々半殺しで留めるから。
<続く>
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