26.当主の実権

 結局、立ち話もなんだからと街まで皆で歩く事になった。


 道すがらリマリア殿が自分たちがアーヴェスタの動きを知った状況を教えてくれた。


「アタシらは例の温泉街に行ったのさ。バルトロメが勧めた所が野盗に襲われたらしいなんて聞いちまったらねぇ、行かない訳にもね」

「気を揉んだ物ですよ。セイシロウ殿はまず無事であろうが、お嬢が怪我をしていないか、不安でした」


 まったく無事な様子で安堵しましたよとバルトロメ殿は口元に穏やかな笑みを浮かべて告げる。


 一方のリマリア殿は私をちらりと見やって。


「その温泉街で放浪するエルフに会ったのさ。つい最近主を失ったばかりの騎士だと嘯いていた妙な奴……。子連れの剣士に戦いを挑んだが、死ぬ前に退散したわと笑い飛ばしていたよ」

「僕たちを討つように命じられた騎士イゴーです。カンドさんが戦ってくれなかったらどうなっていたか」


 どことなくリマリア殿の言葉が私を責めるような口調に思えた。


 それをキケも感じ取ったのか、幾分慌てたようにそんな事を告げる。


「まったく、厄介事ばかり抱え込んじまってさ」

「ふむ、貴公はその場に居なかったことが面白くないだけでは?」


 リマリア殿のボヤキに、止せば良いのにロズ殿がからかうような言葉を告げた。


「近くで目を光らせてないと死体を操る魔女なんぞ付いてきちまうし?」

「ほう、言ってくれるのぉ」


 軽く言葉の応酬をしてから、リマリア殿は嘆息交じりに告げた。


「それでも、屍神教団ししんきょうだんの連中よりはマシさね。連中は手あたり次第らしいからね」

「なんじゃ、そいつらは。余の術は確かに褒められた物ではないかも知れぬが、そこまで無体な事をしたことは無いぞ」


 何と言うか、アンタも中途半端に良識派だねぇとリマリア殿は微かに笑い。


「ま、スラーニャちゃんが懐いているんじゃ仕方ないさね」

「なんか上から目線の言葉じゃが、まあ良いか」


 ……何故か少しだけ居た堪れない気持ちになって来ていたが、二人の言葉の応酬が終わるようで何よりだ。


 すっかり話が脱線した為、本題に戻す様にバルトロメ殿が口を開く。


「どうやら温泉街の者は、その騎士に願ったようなのです。ロニャフ王の元に向かうのならば、野盗の生き残りがアーヴェスタ家に雇われようとしていた、或いは反乱に加担させようとしている、と伝えてくれと」

「何じゃ、喋りおったのか」

「抱え込んでいるには大きすぎる秘密ではありましょうからな、王の庇護を求めるのはおかしな話でもありません」


 そう言うものかとロズ殿は肩を竦める。


「野盗を斬った男も、何とも怪しげな旅人たちも去ってしまえばそう言う動きになるやもしれぬ」

「そうですね。問題があるとすれば、おびき出す算段が取れなくなっただけ」


 私の呟きを受けてキケが固有名詞を出さぬように気を使いながら続けた。


 若いながらに気の利く子だと感心する。


「おびき出す算段……なるほど、それがアーヴェスタの当主を討つための策だった、と」


 キケの言葉からバルトロメ殿は私たちの思惑を察したようだった。


「ロニャフ王の耳に今回の件が入るのは、奴としても避けたい所。少なくともまだ知られる訳にはいかない筈と踏んだが……」


 まさか、イゴーが伝令として既に旅立ってしまったとは。


 今更追いかけた所で間に合うはずもないし、そもそもあの馬に追いつけるのだろうか?


 ……待てよ。


 イゴーの愛馬が縮地を使いながらロニャフの王都に向かったならば、通常の騎兵よりもなお速いのではないだろうか。


 そうなれば、アーヴェスタ家を出し抜けるのではないだろうか。


 ……いや、アーヴェスタ家を出し抜く必要はなく、アーヴェスタの当主一人を出し抜ければ良いのだ。


 そこに思い至りリマリア殿に聞くべきことを思い出した。


「リマリア殿に問いたいことがある。アーヴェスタの当主は実権を持っているのだろうか? お飾りと言う話は無いか?」

「藪から棒だねぇ……。ほとんどの実権は奴さん持っているはずさ。ただ、婿養子ゆえに一部は――」

「婿養子?」


 私は思わず声を上げた。婿養子とは思い至らなかった。


 まさか、婿養子でありながら側室をもって子をなしたのか?


 いや、それが貴族の義務なれば当然の事なのだろうか?


 私には分からない。


 分からないが婿養子だと言う事実が、騎士を動かせない理由なのではないだろうか。


 つまりはスラーニャを討つのに騎士たちを納得させるだけの理由をアーヴェスタの当主自身も持っていないのだ。


「その状況であれば、奥方と交渉できれば……」

「病で倒れているのさ、そうでなければ直接交渉しているよ。ただ……その状況こそがあの男を追い詰めちまったのかも知れないね」


 そう語るリマリア殿の言葉は憐れみを多分に含んでいたけれど、私としてはそんな物はクソ食らえだ。


 それが実の娘を殺すための理由になどなって堪るものか!


「セイさん、怒っているねぇ。セイさんの怒りは正しいとアタシは思う。思う存分ぶつけてやりゃ良い」

「とは言えども、おひい様。エルフの騎士は既に王都に向かって出立済み。ロニャフ王の動き次第ではアーヴェスタの当主は館に閉じこもってしまいますぞ?」


 リマリア殿は私の怒りを察して、それは正しい怒りだと太鼓判を押してくれたが続くバルトロメ殿の指摘も最もだ。


 イゴーは既に出立済み、並みの馬より早く着くだろうと意見を述べると今まで黙って聞いていたテクラが口を開いた。


「なれば、我らこそがロニャフ王への報告を携えた本隊であると風聞を流せば良いのではないでしょうか? 聞けばアーヴェスタ当主は領内においても肩身は狭い様子。野盗を揃えようと足掻いている辺りからもそれが伺えます」


 ……確かにイゴーの事は伏せて風聞を流せるかもしれない。


 或いは追手の眼をくらませるための囮であると。


<続く>

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