6.狼の旗は燃えて

 我が意は、咆哮はあまねく戦場を迸り、敵を飲む。


 斬り合いは相手を精神的に飲んだ方が優位、飲まれた相手は絶好機に打ち込みも出来なくなる。


 本当の隙を誘いかと疑心暗鬼に陥るからだ。


「……」


 三方を敵に囲まれたとしても、飲み込んでいる相手であれば恐ろしさは半減。


 一歩出れば一歩退き、二歩出れば二歩下がるようでは話になるまい。


 レードウルフ外遊隊は誤った。


 頭数を揃えるために野盗など手駒にしなければ良かったのだ。


 それは頭数を揃えなくては不安だと言う外遊隊自身のもろさも露呈させている。


「っ!」


 眼前の敵に半歩だけ踏み込み剣を振り下ろす。


 返す刃で右隣の敵へ斬り上げて袈裟懸けに斬り、そのまま左手側の敵の喉を狙い薙いだ。


 飲まれた敵が相手ではこのくらいの雑さでも相手の命を奪う致命の一撃になる。


 前、右、そして左と敵が崩れ落ちると絶叫をあげて逃げ出す者が数名。


 野盗であろうか。しかし、おいそれと逃がす訳にはいかない。


 信頼も出来ない輩が私の技を見た以上は、黄泉路に渡って貰わねばならない。


 逃げる者の頭部目がけて印地を打つと、そいつは大地に転がった。


 だが石はそれで打ち止めとなってしまった、流石に地面の石を探すだけの時間があれば逃げ切ってしまう。


「……」


 致し方ない、レードウルフの残党はまだ戦意を失ってはいないが、こちらに向かうには少し距離がある。


 投げ太刀の術を使うより他にはない。


 私はトンボの構えから大きく腕を振り、剣を投げ放った。


 くるくると回転して飛んだ剣は狙い違わず、逃げていた男の背中を貫く。


 さて、これで何人だ? そして、残り何人だ?


 そんな目算をしている余裕はすぐに消えた。


「おおおぉぉぉっ!!!」


 吼えて迫るレードウルフの残党の一人。


 武器を投げた私を見て好機と思ったか、手に持った大剣を振り回して迫る。


 この戦場で感じる初めての危機的感覚に、脳内が著しく活性化するのが分かった。


 あの粘着質なスライムの普段の動きのように周囲が緩慢に見える。


 正当な剣術をたしなんでいるな、この太刀筋はアルカニアに伝わる天流七派の一派、聖アージェス流か。


 聖アージェス流の極意は大胆さと精密さの共存、すなわちこの大振りの一撃は撒き餌。


 狙うは横凪ぎを避けた敵を刺し貫く止め突きと呼ばれる技であろう。

 

 そこまで瞬時に判断した私は、迫る相手を迎え撃つべく無手のまま前へと踏み込む。


 途中で止めるための横凪ぎはどうしても振り抜こうとするソレに比べて一段劣る。


 その僅かな隙をつき、大剣を握る敵の腕を籠手の上から掴む。


 大剣はハタと止まり敵が浮かべる驚愕の相。


 そいつを尻目に、顔目がけて拳を叩きこむ。


 頬骨が砕けるような鈍い音と手応え。


 即座に掴んでいた腕を離せば、頬を撃ち抜かれた敵は倒れた。


「スラーニャっ!」

合意あい!」


 娘の名を呼ばわると剣がポンと山なりに飛んでくる。


「させるかっ!」


 横合いから私を斬り付けようと新たな敵が現れ上段からの斬撃を叩きこむも、それを半歩避けてかわせば、既に剣は私の手中にある。


 振り下ろした体勢から慌てて体を戻そうとする隙をつき、剣を抜きざまに水平に首筋を斬り裂く。


「まだだ、まだ終わらん!」


 その屍を乗り越えるかのように、更なる敵。


 細身の剣を腰だめに構え、刃物を上向に突進してくる、確実に殺すための、技ともいえないやり口。


 これはどの流派にも当てはまらないがごろつきなどが良く用いる戦法、案外理にかなっている。


 全身を使ってのタックルを受け止めるのは至難の技だ。


 が、私も剣を持っている。


 避けつつ斬り捨てようと足を動かしたその時。


「今だ、やれっ!!」


 私が殴り倒した敵が右足を掴んで叫ぶ。


 そこで私は悟った、これがレードウルフの残党が私を殺すために編み出した戦法であると。


 殴られたのは偶然であれ、命生きながらえながらも倒れた者が出た際は、次々に迫りとどめを刺させず、その倒れた者が私の足を掴み移動を封じる。


 私を殺すために何人か死んでみようと言う発想はなかなか出て来ない。


 見事と思う間もなく腰だめに剣を構えた敵は間近に迫っていた。


「おやじ様っ!」


 スラーニャの叫びが響く。


 全身を衝撃が駆け抜けるが、掴まれていない左足を一歩下げれば耐えきれない程ではない。


「な……なに?」


 右足を掴んでいる敵が呻いた。

 

 私は迫った剣の腹を払いのけるように左の掌打を叩きこみ軌道を体の中心から右側へと変えたのだ。


 そして脇と右の上腕で剣を挟み込み、それでも止まらぬ敵の腹に突き出した形の右手に持った剣が刺し貫く。


 危うい所ではあったが、窮地を凌いだ。


 虚ろな瞳で私を見ている眼前の敵を払いのけ腹から剣を抜けば、足首を掴んでいる敵の首へと切っ先を落した。


「最早、これまでか……」


 残党を纏めていたらしい男がゆっくりとこちらに迫る。


 その手には槍と松明が握られていた。


 槍の穂先には狼を形どった紋章を描いた旗が靡いていた。


「レベル1、されど貴様は紛れもなき剣の鬼、戦場の死神よ。我らに勝った以上は勝ち進んで貰わねば困る」

「参るか? 勝負はつき、最早お一人と見受けるが?」

「挑まぬ道理はないっ! この五年で骨身にしみた、そう申したはずだ」


 レードウルフ最後の一人が松明を投げ捨てると、家屋に火が付いた。


※  ※


 激しく燃え盛る家屋の炎が別の家屋を焼くころには決着はついていた。


 最後の一人も黄泉路に渡り、レードウルフの隊旗は炎に包まれる。


 その様を見届けてから我ら親子は燃える村を後にした。


 我らが生きて行く以上は戦いの終わりは次の戦いの始まりに過ぎないのだ。


<続く>

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