54.誰何
グゼと呼ばれる黒蛇頭の蛇人の手当てをクアルと呼ばれる蛇人が行う。
左右の腕を根元から断たれおびただしく出血をしているにも関わらず、蛇人は死ななずに生き永らえている。
この種は心臓を潰すか頭を潰さねばならないのかも知れない。
私がそんな事を考えながら手当の様子を見ていると、スラーニャが私の傍にやって来て声を掛けた。
「おやじ様」
「何だ?」
「エルフのタコさんがお話あるって」
その言葉にエルフの二人を見やると、彼らは少しばかり引きつったような笑みを浮かべている。
「話とは?」
「ああ、そのだな……あんた、何者なんだ?」
タコマルと名乗った無精ひげを生やしたエルフの男は伺うように声を掛けてきた。
その声は、どこか恐れを含んだ声色だった。
「ただの子を連れた剣士だが?」
「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ……。例えばその拵えの剣はこの地にはない形だそうじゃないか。俺は見覚えはあるが、アンタが俺と同じところで生まれたとは思えない。もし同じ生まれであるならば、どこか欠けた人間だ」
私の返答に堰を切ったようにタコマルは言葉を連ねる。
なるほど、私の愛刀の如き造りの剣をアルカニアでは見たことは無い。
在れば
だが、タコマルは知っていると言う。
「見覚えがあるのか?」
「刀と呼ばれる俺の国で作られた武器だ。もう扱える奴なんて殆どいやしない」
「我が故国でも似たような物だ、道場に通うか、軍属にでもならねば使う者など……何だ?」
タコマルが私の言葉の最中に顔色を変えたので首を傾げて問う。
するとタコマルは首を左右に振りながら告げる。
「……俺の生まれた国にはもう軍人はいない。擬きはいるが、そいつらだって刀を振るうことは無いだろうさ」
「なんだ、その妙な国家形態は」
軍は無いが擬きはいる? 意味の分からない話だ。
擬きだろうが何だろうが、武装していれば軍であろうに。
「色々あったのさ。だが、少しは腑に落ちた。あんたは少なくとも俺たちと同じ時代の人間じゃないって事は分かった」
この世界の人間じゃなくてもそうであるならば、すぐさま敵を切ろうとするのも分からなくは無いとタコマルはそう告げるのだ。
どう言う事かと考えていると背後からロズ殿が声を掛けて来た。
「お話し中悪いがちと、良いかのぉ?」
「何かね?」
そちらを見やると黒衣の女とロズ殿が並び立ってこちらを見ていた。
「状況が状況ゆえに手を結ぼうと言う話になったのじゃ。元より感情的な理由で敵対していた訳でもないからのぉ」
「不明瞭な状況、先の見えない現状、その最中に設定の為だけに争う意味はありません」
そう交互に語る彼女らを見やりながら、私は話に飽きてきた風のスラーニャを抱え上げながら話を促す。
「ただ、そこのグゼと同じくこれから訪れるNPCや場合によってはPCたちが襲ってこないとも限らん」
「自分たちでも自衛は心がけますが、出来ますればセイシロウ様のお力添えを願いたいのです」
心のより所を求めての戦いなど無益であろうとロズ殿は言う。
さて、思いもしなかった申し出ではあったが、断るほどの道理はない。
元よりロズ殿は守り通す気ではあったし、仲間が増えるのであればそれに越したことは無い。
「否は無いがどの程度で留めろと言うのかね? 腕一本、足一本も斬れぬとなると私は不利な立場になる。守るどころの話ではなくなるかもしれん」
「貴殿がか?」
「勝負は常に紙一重だ。それに、スラーニャに手を出そうとするのならば有象無象の区別をせず全て撫で切りとするが、宜しいか?」
我が子スラーニャを狙うと言うのであれば、最早何を容赦する必要があろうか。
ピーシーであろうとエヌピーシーであろうと幼子を手に掛けようとする腹積もりならば、例え己が死しても悔いは無かろう。
覚悟のうえで行動しているのだろうから。
そう伝えると、ロズ殿は頷きを一つ返して躊躇なく告げる。
「それは止めぬ。と言うより、余が手打ちにしてくれる」
「……致し方ないでしょう」
レギーナは少しばかり逡巡したようだが、その点は承知したと頷いた。
「貴方様の娘御に手を出そうとしたものについて命の保証はいりません。ですが、そうでない場合は戦意を挫く方向でお願いします。ただ、もしセイシロウ様の娘御が過ちを犯せば叱り飛ばしますが?」
「それは無論です。過ちを正さねば間違って覚える」
私は首肯を返すとレギーナは安堵したように息を吐き出した。
ロズ殿とレギーナ、そして私の会話が終わるのを見計らってか、クアルと言う名の蛇人が声を掛けた。
「同胞が失礼を」
「気になさるな。しかし、蛇人は体力がありますな、腕を斬られても臥す事もないとは……」
「それだけが取り柄。最も、尊公には通用しますまいが」
そう告げるクアルの言葉には感嘆が含まれているように感じて私は軽く頭を掻いた。
「なあ、セイシロウさんよ。あんたどの程度の時代の人間なんだ?」
ふいにタコマルがそう問いかけて来た。
どの程度の時代と言われても私自身困りはするのだが、視線を彷徨わせながら言葉を探す。
そして、私は自身の国の状況や文化がどのような物であったのかを皆に伝えることになった。
<続く>
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