episode 48『ラブレター』

 地下街の噴水を眺めているのが好きだった。

 ただ水が噴き上がるだけではなく、噴き上がった水が生き物のように宙を舞うものだ。近くを通りがかったときは、水が躍り上がり輪をくぐったりする様子をずっと眺めていた。

 ある日、噴水の近くのカフェで古い絵葉書を拾った。

 表面を見ると切手と消印があった。実際に投函されたもののようだ。長い間、何かと重ねて窓際に置かれていたのか、四角く陽に焼けていた。かなり古いもののように思われる。

 インクは色褪せ、なんとも形容しがたい色になっていた。小さな丸い文字で綴られているのは外国語のようで、見たこともない形をしていた。なんとなく筆跡からいって、味気ない文面ではなく詩の類だという気がした。

 未知の言語で書かれた詩のようなものを手に、わたしはカフェを出た。

 そしてそのまま川に入っていった。

 背後で驚きの声が上がっている。ここいらは水が深い。あっという間に首まで浸かってしまう。

 川のなかに入ってしまえば、言葉の壁はずっと縁遠いものになる。

 絵葉書に書かれていたのは恋文だった。

 手紙は消印を押され、相手の元に届けられたようだ。その上できれいな状態で長年残っている。ということは恋は実ったのだろうか。

 わたしは川から上がり、絵葉書をカフェの席に戻しておく。案外、店主夫婦が持ち主かもしれないと考えると微笑ましくもあった。まぁ、どんな事情があるかは分からないから、すぐ目に付くところには置かないでおいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る