episode 44『思春期の森』

 怪物に食べられたのは、隣りのクラスの生徒らしい。誰も彼も校舎にライオンが入ってきたみたいな大騒ぎで、授業もストップしてしまった。

 最近、屋上の扉が異次元に繋がっているらしいという話は聞いていた。私はあまり気にしていなかった。どうせ大した話じゃないだろうと思っていた。怪物はその扉から現れたらしい。

 私が落ち着いていられるのは、誰にも話していない秘密があるからだ。

 私のまぶたの奥には森が眠っているのだ。いざとなったら、そこに逃げ込めばいい。……クラス全員を招き入れる程のキャパはないのだけれど。

 青ざめた表情をして、生徒指導部の先生が教室に現れた。怪物が運動場に移動したらしい。先生の制止も聞かず、クラスメイトたちは悲鳴を上げながら廊下の窓に殺到した。

 ――怖いなら見なきゃいいのに。

 怪物の姿を見たらしい生徒の悲鳴が伝染し、クラスはパニックに包まれた。こっちに来てる! という声が上がったのを引き金に、多くの生徒が子どものように泣き始めた。

「あ」思わず声が漏れた。

 私一人の声が聞こえる状況ではすでになかった。この機に乗じて私は教室の外に出た。

 簡単なことだ。みんなを避難させられないなら、怪物を隔離すればいい。私のまぶたの奥の森の中へ。

 私の思春期の産物とも言える文学的な意味での森の中に、怪物を閉じ込めることができるかなんてわからないけれど。それでも。

 決意を固め、私は怪物が待つ運動場に向けて階段を下りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る